第31話 飢餓(下)


 沙宵は上尾の腕を食いちぎる。

 上尾にはこれまで味わったことのないほどの痛みが走る。


「ぎやああああああああああ!!!!」


 コメント欄も大盛り上がりを見せる。


『よっしゃあああああああ!!!!』

『ついに上尾を処刑するときがきた!』

『待ってました』

『このときを待ち望んでいたぞ!』

『ざまぁwwwww』


 上尾の肩から血がドバっと噴き出す。

 沙宵はそのまま上尾の上半身にもかぶりついた。

 肩からがばっと筋肉を豪快に食いちぎる。

 

「ぎやああああああ!!!! 助けて! 助けてええええええ!!!!」


 上尾の脳内は恐怖と痛みに支配されていた。

 

「もうやめてくれ! 俺が全部悪かったから! 謝るから! なあ! お願いだよ霧夜!!!!」


 しかし、上尾の言葉はまったく沙宵には届かない。

 獣と化した沙宵には、上尾の言葉は叫び以上のものにはきこえなかった。


「うぎゃああああ俺の腕があああああ! お母さん!!!! 死ぬ死ぬ死ぬううううう!!!! やめてええええええ!!!! いたいよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 上尾は何度も命乞いをする。

 上尾はひどく後悔していた。

 なぜ、自分はあのとき沙宵をいじめてしまったのだろ。

 なぜ沙宵をダンジョンで遭難させたのだろう。

 なぜ自分はあんなことをしてしまったのだろう。

 痛みとともに、数々の自分の罪が走馬灯のように流れる。


「俺が全部悪い! あやまるから! なんでもするから! だから命だけはゆるして……がああああああああああああ!!!!」


 命乞いをする上尾を無視して、沙宵はさらに上尾の肉をほおばる。

 上尾は全身の皮を剥がれ、むしゃむしゃ食べられる。

 まるで沙宵は上尾の苦痛を楽しんでいるようだった。

 沙宵は上尾がすぐに死なないように、じわじわと食べていっている。

 これは無意識に、沙宵の中の憎しみが上尾をすぐには殺さないと行動しているのだろうか。

 上尾の全身に激痛が走る。


「があああああ!!!! なんで……! なんで……! 痛い痛い! もうやめてくれ! もう殺してくれ! さっさと殺して! もう痛いのは嫌だ!」


 次は足、そしてもう一方の腕、それから耳、鼻。

 上尾の部位はどんどん食われていく。

 だが上尾は、ダンジョン探索者としてもそこそこのステータス。

 上尾の肉体や精神はダンジョンでそれなりに鍛えられているから、なかなか気を失うことにならない。

 上尾は生きたまま、苦しみながら食われていく。


「ぎゃああああああああああ!!!!」


『ざまぁすぎるwwwwwww』

『自業自得』

『おい誰かさすがに助けてやれよw』

『まあ、こいつもう人権ないからなー』

『上尾に人権ないから、殺しても罪にならない』

『上尾も霧夜を殺そうとしたんだから、自業自得でしょ』

『いいぞ、もっと苦しめ』

『まだ殺すな』

『めちゃくちゃおもろいwwwww』

『上尾はいい声でなくなあ』

『沙宵くん優しいから復讐しないと思ってたけど、これは草』

『ないす飢餓状態』

『やっぱ暴食スキル最強やね』

『でもこれ今後どうするんやろ?』

『日常生活できなさそう』

『霧夜くん街では暴れないでね?』


 上尾は後悔し、なんども泣き叫んだ。

 しかし誰も助けにはこない。

 上尾や沙宵の状況は全国に配信されていて、みんなこの状況を理解している。みんな上尾が死ねばいいと思っていたし、上尾に人権はないのだから、助ける理由がなかった。

 ダンジョン刑になって、人権を失った上尾を助ける義理は、警察にも病院にもない。

 

 他の探索者や、街の一般人も、みな沙宵の味方だった。これまで沙宵の配信を見てきたみんなは、沙宵が上尾に復讐することを今か今かと待ち望んでいたのだ。

 上尾の処刑配信を見ていた野次馬たちも、当然上尾を助けたりなんかしない。

 全世界が上尾の死を望んでいた。

 そして沙宵の味方だった。

 そしてそうなったのは、日ごろの行いのせいである。

 すべて、上尾の行動が招いた種だ。


「ぎゃあああああああああああ!!!!」


 上尾は絶望と痛みと後悔の中で、頭を食われて死んだ。


「ガルルルルル……」


 上尾と来栖を完食した沙宵は、まだ腹が空いているようすだった。

 沙宵はふらふらと、公園を抜け出て、路地へ。

 路地には女子高生が歩いていた。


 沙宵は女子高生を見つけると、再び飢餓衝動に襲われる。


「ガルルルルル……」

「ひ……!? ひい……!? な、なんですか……!?」


 女性はどうやら配信などをみていないようで、状況を理解していないようだ。


『これはまずい……!』

『沙宵くん、それは食べちゃだめえええ!』

『JKさん、逃げてえええええ!』

『JKが食われるところも見てみたいなw』

『やばい誰か止めろ!』


 配信コメントは、沙宵や女子高生の行く末を心配するコメントと、沙宵の暴走を面白がるコメントとに分かれた。


 沙宵は、自分の中で空腹の衝動を抑えようとする……が、爆発してしまう。

 沙宵は牙を剥きだしにして、女性に襲い掛かろうとした――。

 しかしそのときだった。


「ガル…………」


 ――バタ。

 沙宵は急に電池が切れたかのように、意識を完全に失って、その場に倒れた。

 すんでのところで、沙宵は女性を食べずに済んだのである。

 沙宵が倒れてしまった原因は、この72時間ほどにわたって、眠らずにダンジョンで戦い続けたのが理由だろう。

 それと、暴走状態が長く続き、獲物を前にして興奮しすぎてしまったのが原因だ。


『ふぅ……危ない……』

『よかった……』

『沙宵くんが犯罪者になるところだった……』

『放送事故なることろだったな……』


 急に目の前で沙宵が倒れたことで、女性は慌てふためいた。

 女性はその場で救急車を呼んで、沙宵に付き添ってくれた。

 沙宵は女性に付き添われて、病院に運ばれることになった。

 病院側も、沙宵のことを当然、配信で知っており、有名人だということで、手厚く治療してくれた。

 沙宵は極度の栄養失調状態だと判断され、点滴を入れられることになった。

 沙宵は病院に入院することになった。

 彼が次に目覚めるのは、その24時間後である。



 ◇



 なにか、大変なことがあった気がする。

 だけど、記憶が混濁していて、よく思い出せない。

 頭がいたい……苦しい……。

 それに、すごくお腹が空いている。


 僕は目覚める。

 

「知らない天井だ…………」


 

 


――第一部、完。




================

ぜひ♡や☆で応援よろしくお願いします

モチベーションにつながります

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る