第41話 優しさ


 冷静に考えたら、そういえば僕、学校に行ってない。

 ダンジョンで遭難してた頃は、まあ物理的に学校なんかいけないわけだし、仕方ない。

 でも、こうやって無事にダンジョンから出られたんだし、そろそろ僕も普通の日常に戻らないとだよな……。

 けど、僕は今や世界的な有名人だ。

 普通に学校に行って、大丈夫なのか?

 でも、きっと先生とかクラスメイトも心配して……ないか……。


 僕は学校では空気みたいな存在だった。

 上尾たちに虐められていたし、まわりは僕のことを腫物のように扱った。

 僕と話して、上尾たちに目をつけられたらたまったものじゃないだろうからね。

 

「はぁ……学校行くの憂鬱だなぁ……。とりあえず、今日はやめておこう……。明日からいけばいいよね、明日から……っていうか、今日は土曜日か。ずっとダンジョンにいたから、曜日感覚もぐちゃぐちゃだよ……」


 僕はその前に、やることが他にある。

 それは、僕を助けて、病院に連れていってくれたという女子高生、彼女にお礼をしたいのだ。

 たしか名前は丸内さんという人だったけど。

 病院の人からきいていた連絡先に、電話してみる。


「あの……もしもし、丸内さんですか? 僕、霧夜沙宵っていいます」

「あ、病院の……」

「あ、そうですそうです。そのせつは、助けてもらってありがとうございました」

「いえいえ、その……もうお身体はよくなったんですか?」

「ええ、おかげさまで」


 僕は丸内さんと何気ない会話をしたあと、このあと喫茶店で会う約束を取り付けた。

 ちょうど丸内さんも今日は暇だったみたいだ。

 そういえば、電話するのって苦手だったけど、なんだか今回はスムーズに話せたな。

 それも、同年代の女の子と話すのなんて、以前の僕には考えらないことだった。

 以前の僕は、女の子の前では緊張して、ろくに話すこともできなかった。


 けど、どうしてかはわからないけど、めちゃくちゃ落ち着いて話せた。

 それはやっぱり、ダンジョンでいろんな経験をして、僕自身の精神がかなり成長したせいなのかな。

 ダンジョンで死にそうになったり、モンスターを喰らってまで生き延びた。

 そんな今の僕にとって、他人とのコミュニケーションくらい、なんてことないことのように思えるようになった。


 ちょむちゃんは家でお留守番だ。

 さすがにシルバータイガーが街を歩いていたら、大騒ぎになる。

 ちょむちゃんの世話はディーバに任せてある。


 電車を乗り継いで、少し街のほうまで出てくる。

 僕は少し変装をして、喫茶店の中に入った。

 しばらく喫茶店の中で待っていると、丸内さんがやってくる。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 丸内さんは、制服のときは眼鏡をかけていて、地味な感じの女子高生だった。

 けど私服はいまどきの女の子という感じで、とてもかわいくてドキッとする。


「えーっと、霧夜さんですよね」

「あ、はい。丸内桜さんですよね」

「桜って、呼んでください」

「じゃあ、僕のことも沙宵で」

「はい、沙宵くん」


 女の子と名前で呼び合うなんて、初めての経験だ。

 話をきくと、丸内さんは隣町の高校に通っている2年生らしい。

 僕より一つ年上ということだ。


「桜さん、そのあらためて、あのときはありがとうございました」

「いえいえ、全然。私は当然のことをしたまでですよ。それよりも、大変じゃなかったですか?」

「え……?」

「沙宵くん、すっかり有名人じゃないですか。マスコミとかいろいろ……。それに、ダンジョンで遭難したり、大変だったんでしょう? 精神面とか肉体面とか、いろいろ大丈夫かなって。心配してたんですよ」

「あ、ありがとうございます……。そっか、そんなに心配してくれていたんですね……」


 たしかに、ここにくるまでに、僕にはいろんなことがありすぎた。

 おかしくなっても無理はないだろう。

 桜さんは、こんなあまり知らないような、僕のことを、こんなにまで心配してくれていたなんて……。

 僕は生まれてこのかた、誰にもそんなふうに心配されたことなんて、なかった。

 こんな言葉をかけてもらったのは、初めてのことだ。

 そう思うと、なんだか胸にぐっときて、涙がでてしまった。


「沙宵くん……!? だ、大丈夫ですか……? まだどこか悪いんですか?」

「う、ううん。いや……ごめん。その……あまりに桜さんが優しいから……僕……これまでこんなに人から優しくされたことなんて、一度もなかったから……」


 すると、桜さんは僕の隣の席にきて、僕の両手をぎゅっと握ってくれた。

 そして僕の頭を胸にやって、よしよしと頭をなでてくれた。


「桜さん……」

「辛かったんですね……。でも、もう大丈夫です。もう沙宵くんを苦しめるものは、なにもありません。だから。安心してください」

「ありがとうございます……。今日は、お礼をするつもりだったのに……。また、借りを作ってしまいましたね……」

「借り、なんて思わないでください。これは私がしたくてしていることなんですから」

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