第36話 マスター


 自宅にできたダンジョンの中に足を踏み入れると、そこは何の変哲もない、普通のダンジョンだった。

 土色の壁が続いている一本道に、何体か雑魚モンスターが並んでいる。

 スライムにゴブリン、どれももはや僕の敵ではない。


「おいしそうだ……」


 僕はおもわず舌なめずりしてしまう。

 目の前に突然ステーキハウスが現れたような気分だ。

 僕はたまらずに、目の前のスライムにかぶりついた。


「ぴきー!?」

「いただきます!」


 僕は一心不乱にスライムやゴブリンを食べていく。

 もぐもぐ、がぶり。

 ごくん。


 モンスターを食べると、また僕の脳内にあの音声が流れた。


【スライムが1匹討伐されました。5DPダンジョンポイントを会得】



「ダンジョンポイント……?」


 それがいったいなんなのかはわからない。

 けど、おそらくはダンジョンに関係するなにかなのだろうけど。

 今はそんなものについて考えている暇はない。

 とにかく今はお腹がすいて、目の前の獲物にかぶりつくのに夢中だった。

 僕は見渡す限り、ダンジョン内にいるモンスターを食べつくしてしまった。


「ふぅ……とりあえずなんとかさすがに、食欲は収まった……かな」


 正直まだまだ食べれるし、腹八分目って感じだけど。

 どうせまたすぐにお腹がすくだろうけどね……。

 とりあえず腹ごしらえできてよかった。

 けど、次にお腹空いたときのために、もっと大量の食糧確保を真剣に考えないといけないなぁ……。

 お腹空いて、前みたいに意識を失って倒れたら、こんどこそ死んでしまうかもしれないんだから。

 ダンジョンのモンスターを全部食べてしまったので、そこには見渡す限り奥まで続く長い廊下だけが残った。

 誰もいない無機質な土壁に僕の足音だけが反響する。


「そういえば、モンスターってどうやって生まれるんだろうか……? このダンジョンを食べつくしたら、もしかしてもう終わり? おかわりはなし?」


 モンスターの研究については、危険性もともなうため、まだあまり進んでいない。

 だからモンスターがどうやって繁殖するのか、そもそも繫殖によって増えるのか、なにもわかっていないのだ。

 ダンジョンからモンスターを無理やり出して研究しようにも、モンスターはダンジョンから出るとある程度の時間で弱って死んでしまうのだ。

 あれ? でもちょむちゃんはずっとダンジョンの外にいても平気だったし、普通の猫みたいに暮らしていたよな……。

 もしかしたらちょむちゃんは突然変異的に、ダンジョンの外でも暮らせる個体なのかもしれない。


「モンスターってどうやったら増えるんだろう……? そういえば、ダンジョンポイントとかってのがあったな」


 ポイントというなら、なにかに使うのだろう。

 もしかしたらダンジョンポイントを使えばモンスターを生み出せるのかも……?

 あの謎のシステム音声的な声によると、どうやら僕はダンジョンマスターらしいし。

 漫画やゲームのダンジョンマスターのイメージだと、ダンジョンポイントを使ってモンスターを生み出せる仕組みなのかもしれない。

 詳しくはまだわからないけど、やってみる価値はありそうだ。

 僕はスキル一覧を開いた。


 そして【ダンジョンマスター】というスキルを使ってみる。


 すると、僕の目の前に、まるでゲームのメニュー画面のようなものが開いた。

 それは文字が宙に浮いていて、タッチパネルのように触って操作できる仕組みになている。ホログラムってやつなのかな……?

 VRやARのような感じだ。

 これが、ダンジョンマスターのメニュー画面……。

 ほんとにゲームみたいだ。

 僕は遊びに使えるようなお金も時間もなくて、あまりゲームはやったことないけど、こういうのは無料のweb小説でも読んだことがある。

 ダンジョンマスターはダンジョンを経営したりすることのできる能力、で間違いないようだな。

 だけど、そのやり方がよくわからないな。

 こういうのって、せめて説明書やチュートリアルみたいなのがあってよさそうだけど。

 現実はゲームとは違うから、そういうのはないか……。


「ん……? 待てよ、これは……?」


 ダンジョンメニュー画面には、いくつかの項目が並んでいた。


【ダンジョン拡張】

【モンスター追加】

【ダンジョン移動】

【モンスター配合】

【冒険者呼び込み】

【ボス指定】

【コンシェルジュ】


「コンシェルジュ……?」


 ダンジョンメニューにコンシェルジュって……。

 もしかして、これを押せばなにかチュートリアル的な説明が受けられるのか……?

 まさかコンシェルジュが現れて全部説明してくれたり?

 そんな都合のいいことってあるか?

 でもとりあえず、他の項目はよくわからないし、これを押してみることにしよう。

 僕はコンシェルジュの項目をタップした。

 すると、またあの無機質な音声が流れる。


【ダンジョンコンシェルジュを生成しますか? これには5000DPが必要となります】


 モンスターを食べたことで、ちょうど僕のダンジョンポイント――DPは5000ほど溜まっていた。

 全部のDPを使ってしまうのは不安だけど、僕は同意をタップした。


「OK」


【かしこまりました。ダンジョンコンシェルジュを生成します】


 すると、次の瞬間、ダンジョンメニューからレーザーのような光が発射されて、そこからホログラムのようなものが現れた。

 やがて光のホログラムは、人間の姿形に変わっていく。

 女性の形になった光の塊は、そのまま鮮明になっていき、やがて実体化した。

 気付いたときには、僕の目の前に、一人のかわいらしいピンクの髪の女の子が立っていた。


 女の子はまるでメイド喫茶のメイドさんのようなフリルのついたかわいらしいドレスを着ていて、長いピンクの髪に、長いまつげ、顔ほどもある大きな胸、そのような見た目をしていた。

 コンシェルジュというよりはメイドさんだった。

 とてもかわいらしい、浮世離れするほどの美しさ。

 だけど、彼女の表情や目つきは、どこか無機質で、まるでロボットのような冷たい印象を感じさせる。


「起動シークエンス完了。これより人格形成シークエンスに入ります」


  その無機質な声はどこか聞き覚えがあって、そうか、ずっと僕の脳内に語り掛けてきていた、あのシステムメッセージと同じ声だ。

 そして彼女は、深々とていねいにお辞儀をすると、スカートをひらりとつまみあげて、無機質な声でこう言った。


「この度はダンジョンコンシェルジュAI『D.vaディーバ』をご利用いただきありがとうございます。このわたくし、誠心誠意、ダンジョン経営についてのお世話をさせていただきます。なにかあればなんでもお申し付けくださいませ。


――マスター」


 彼女は僕のことを、マスター、と、そう呼んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る