第八話 偽物の金魚(一)
そして翌日曜日。
約束した通り依都は神威を連れて金魚屋にやって来た。やはり二人とも黒尽くめで、いかにもな服装だった。
ライブでは俯いていた神威も今日は顔を上げていた。チラシに使われていた写真の通り端正な顔立ちをしている。秋葉はじいっと神威を観察した。
「なんだよ」
「あ、ごめん。ライブの時とは印象違うなと思って」
「……本当にあんたも見えるのか」
「うん。神威君も?」
「ああ……」
「本当に? 本当に見えてるの?」
「ああ。だから襲われ」
「それ! それだあよ! 襲ってきたのはどんな金魚なんだい!?」
「あァ!? なんだお前!」
「あ、こういう人なんで気にしないでね」
えへ、と可愛く笑ったが言っていることはなかなかだ。
お茶請けどうぞ~、とお煎餅を出して誤魔化している。
「ほらほら。襲ってきたのはどんなんだい?」
「黒いやつだ。他のは光球にひらひらしたのがくっついてて、金魚っぽいから金魚って呼んでるだけ。あんたは魚に見えるのか」
「うん。はっきり金魚」
「そうか。それで金魚屋ってわけか」
「ううん。ここは店長の水族館で俺は無関係」
「僕はしがない金魚屋のオッサンさ。それで、君は金魚に触れるのかい?」
「触れねえよ! なのにあっちからは襲って来やがる!」
「神威君。落ち着いて」
どうみても年下の依都によしよしと宥められながら、神威はくそっと吐き捨てた。相当ストレスが溜まっているようだ。
「しっかし、出くわすたびに襲われてたら歩けないんじゃあないかい?」
「赤いのは襲ってこない。黒いのだけだ」
「黒いのはいっぱいいるのかい?」
「いいや。月に一度見るかどうかだ。アキは何で襲われないんだ? どうしたらいいんだ」
「さあ。俺は生まれてから一度も襲われたことないから」
「消し方は知らないのか」
「俺も知りたい」
「そっか……」
神威と依都はがっかりしたようで、しゅん、と俯いた。秋葉に会えば何か手がかりがあると思っていたのならさぞ残念だろう。
気を落とさないでと紫音は気遣ったが、しかし秋葉にはどうしようもないし叶冬に至っては見えてすらいない。相談されてもできるのは「お互い頑張りましょう」と励まし合うくらいだ。
「アクアリウムに行ったのは手がかりがあるかもと思ったから?」
「ああ。アクアリウムの開催者に金魚好きの妙なオッサンがいるって聞いて」
「あ、かなちゃんだ」
「僕はまだ三十五歳だあ! というか僕は開催者じゃない!」
「待って。店長のこと知ってたの?」
「そりゃ知ってんだろう。この界隈で知らない奴いねえわ」
ん、と秋葉は首を傾げた。神威の言うことに違和感を感じたからだ。
そしてふと気付いて、ぽんっと秋葉は手を叩いた。
「そっか。分かった」
「何がだい!?」
「神威君、金魚が見えるって嘘だよね」
神威と依都、紫音はきょとんと目を丸くした。なんだってぇ、と大袈裟に騒いでくれたのは叶冬だけだ。
「何だ、急に」
「だって言ってることおかしいから。まず神威君は金魚が怖くて家に籠ってるんだよね。金魚が出てきたら怖い」
「ああ。そういってるじゃねえか」
「それがおかしい。だってずっと神威君の右肩にいるんだよ、金魚」
秋葉は神威の右肩の少し上を指差した。
昨日のライブハウスは他にも金魚がいたからあまり気にしなかったが、ここに来た時から秋葉の視界には金魚がいた。神威の傍を常に泳いでいる金魚が一匹いるのだ。
「金魚が見えるって妙な一致だから信じちゃったけど、それって店長が言ってるのをやってみただけじゃないの?」
「ああ、そうね。かなちゃんを見にお祭り来る人もいるしね」
「二人は店長に用があるんじゃないの? 僕はその掴みにされただけじゃないかな。金魚って言えば店長は来るし」
しいんと全員が黙った。
さすがにこんな全員の前で言うことじゃなかったかなと焦り出すが、あははっと依都が声を上げて笑い出した。
「あーあ。速攻でバレちゃった」
「ほら見ろ。だから言ったじゃねーか」
「なんだいなんだい! 何なんだい!」
「やっぱり。嘘だよね」
「そうだよ。単なるパフォーマンス」
「え~!? じゃあ見えるってえのも襲われたのも嘘かい!?」
「そう。嘘。あはは」
「でもあの怪我は? 噛みつかれたみたいな痕の」
「あー、あれは真面目な怪我。俺の衣装に肩当付いてるんだけど、内側の金具が刺さったんだよ。安物は駄目だな」
「こ、この野郎……」
確かに、ライブでの彼らの衣装はゲームのようなテイストだった。そんなものを身に付けたことのない秋葉には思いつきもしない怪我だ。
大した怪我ではないのは喜ばしいが、そのせいで悪夢まで見た秋葉にしてみればいい迷惑でしかない。
「なんだよ! なんでそんな期待持たせる嘘吐いたんだい! 信じたじゃないか!」
「それそれ。信じてほしかったんだよ。リアリティあるか実験。今日は頼みがあって来たんだ」
神威はスマートフォンを取り出し音楽を流し始めた。
和楽器を使っているのだろうか。和風の楽曲でお祭りで流れてきそうな曲だ。
「俺らの新曲。和をテーマにしてんだ」
「まあそんな感じだね。とてもありきたりでつまらん」
「店長黙って」
「ばーか。これにうちのボーカルが歌付けたら最高なんだよ。でな、今回はPVにも凝りたいんだ」
「……ああ、なんか読めてきた」
「なにがだい?」
はあ、と秋葉はため息を吐いた。
PVということは動画だ。凝りたいということは本物志向、もしくは見栄えの良さを追求したいということだろう。
そこにきて叶冬に目を付けたとなると、その目的は一つだ。
「店長にPV出て欲しいんでしょう。顔良いし神社だし金魚だし、着物羽織ってていわくつきなイメージもあるし」
「話分かるじゃん」
「俺が分かっても。そもそも関係無いし」
「何だよ。保護者なんだろ?」
「店長が言ってるだけだよ。血縁じゃないし付き合いが長いわけでもないし」
「血縁であってもかなちゃんは人の言うことなんて聞かないわよ」
全員がちらりと叶冬を見た。
叶冬は整った顔をぐしゃぐしゃに潰して、んえ~と汚い声で唸った。
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