第十三話 金魚屋の少年を知る男(一)
話をしたいからライブへ行くと神威に連絡をしたら、ライブではファン優先だから別日にしてくれと言われてしまった。
だがその方が落ち着いていいだろうと、全員の都合が合う土曜日の昼過ぎに黒猫喫茶で集合となった。
秋葉が黒猫喫茶へ着くと神威は既に来ていて、叶冬はギリギリと睨みつけている。
「なんで怒ってるんです、店長」
「嘘吐きは嫌いだ!」
「喧嘩腰じゃ冷静に話もできませんよ。落ち着いて下さい」
「はいはーい。今日は黒猫シュークリームでーす」
紫音はアイスティーと、黒猫が顔を覗かせているシュークリームを出してくれた。
笑顔できゃっきゃと楽しそうに説明をしているけれど、そのままストンと叶冬の隣に座りぎゅっと兄の腕を抱きしめている。何か思うことがあるのだろう。
それが分かったのか、叶冬は意外にも紫音を追い出さずそのままにした。
「依都君はどうしたの?」
「あー。うちのメインボーカルが帰国したからそのお迎え」
「ボーカルって依都君じゃないの?」
「曲による。いつもは」
「だ~! そんなのどうでもいいよ! さあさあ嘘つき坊主よ話すがいい!」
「何でいちいち偉そうなんだよあんた。話すっつっても俺も当事者じゃないから又聞きだぞ」
「良い! 話せ! なんで君のお父上は金魚が見えるんだ!」
「正確には親父じゃない。親父の友達っぽい奴だ」
「んあぁ!?」
「店長静かに。友達っぽいって何? 友達とは違うの?」
「そこ微妙なんだよ。親父が大学の時に校内でちょっとした事件があったんだけど」
「金魚かい!?」
「違う。暴力沙汰だよ。生徒が他の生徒を殴って全治六か月の怪我をさせた。殴られたのが俺の親父だ」
「何で喧嘩になったの?」
「金魚かい!?」
「それは知らねえ。ただ殴ってきた男が訳ありだったんだ。何でも妹と心中したけど自分だけ生き残っちまったって」
うわ、と秋葉は思わず震えた。紫音も、え、と驚いたようだったが、叶冬は眉一つ動かしていない。
叶冬の過去といい今回といい、秋葉は物語のようにヘビーな話が立て続けに出て来ることには慣れていない。
けれど神威は何でもないことかのようにさらりと流して話を進めた。
「親父が心中について軽口叩いて、それを聞いた相手が怒り爆発で手が出たんだと」
「それがどうして金魚に繋がるの? 関係なさそうだけど」
「焦るなって。俺が妙だと思ったのはそいつが親父の配信スタッフやってるってとこだよ。殴ってきた相手と友達になるか?」
「お父さんが寛容だったんじゃないの?」
「まあそうかもな。でも面白いのがこれだ。親父のバンドがやってた動画配信なんだけど」
神威はスマートフォンを取り出し画像を表示させた。音声のボリュームを上げて秋葉たちにそれを見せてくれる。
映っているのはどこかの部屋だった。ハイチェアが三つ並んでいるがそこには誰も座っていない。画面内を数名の男性が動き回っているが、機材やらスケッチブックやらを持ち歩いているあたり、配信の準備か片付けだろうか。
数秒見ていると、神威がここからよく聞けよ、と音量をさらに大きくする。
『なあ、帰り飯食ってかねえ?』
『俺バイト。今日こそ金魚すくいに行かないと。結構な数飛んでるんだよ、あそこ』
『また金魚屋? マメだね、お前』
『時給が良いんだよ。それよりこれまだ録画してるけどいいの?』
『え? うわ、よくない。止めて止めて』
声の主である二人の青年が画面を覗き込み、そこで神威は動画を止めた。
叶冬はがたんと椅子をひっくり返して立ち上がる。
「どこだ! こいつはどこにいる! こいつは金魚屋だ!」
「うわっ!」
「店長!」
叶冬は神威を締め上げ揺さぶった。苦しいと神威は叶冬の腕を振り払い、紫音は落ち着いてと叶冬を抱きしめている。
「こいつはどこにいる!」
「分かんねえの。親父の遺品漁ったけど連絡先っぽいのは無かった」
「名前は!」
神威は大きくため息を吐き、スマートフォンを操作して別の画像を表示させた。
叶冬はそれを奪い、秋葉と紫音もその手元を覗き込んだ。そこには一件のニュースが表示されている。記事の内容はある兄妹が心中を図り、兄だけが生存したという内容だった。
兄の名前は『
「宮村夏生……」
「当時は結構なニュースになったらしい。このとき大学生だから今は四十五歳くらいか。けど卒業後どうしたのかまでは分からない」
「他に手がかりはないのか!」
「無い。ただこの事件を境に親父の配信に出るようになった男がいる」
神威はもう一度動画を表示させ配信の冒頭に戻した。表示されたのはいかにも優等生といったふうな青年だ。
「誰だこれは」
「
「新しくバンドメンバーになった?」
「違う。でも配信スタッフに名前がある。宮村夏生もだ」
秋葉には何の引っかかりもない話だった。もしかしたら自分の過去に何かしら関わるようなことがあれば金魚が見えることのヒントにもなるかもしれないが、まったく覚えのある内容は出てこない。
それは叶冬も同じのようで、誰だそれ、とぶつぶつと何か呟いている。
名前検索でもすれば何か分かるかと思ったが、その時紫音が、あの、と恐る恐る手を挙げた。
「鹿目浩輔さんて、あの鹿目浩輔さん?」
「え? 紫音ちゃん知ってるの?」
「知り合いじゃないけど、アクアリウムのスポンサーよ。スポンサー自体は団体なんだけど、その責任者が鹿目浩輔さん。私取り次いだもん」
「アクアリウムの?」
――何でだ。
遠いようで近い、近いようで遠い。絶妙に叶冬から離れていて、けれど叶冬の妹ならば手が届くという近い距離に何故そんな人物がいるのだろうか。
情報過多で秋葉は何を考えたらいいか分からなくなっていると、よし、と叶冬はどかどかと外へ出ようと駆けだした。
「店長!? どこ行くんですか!」
「アクアリウムだ! そいつをとっちめる!」
「悪いことしてないですよ!」
「かなちゃん。スポンサーってお金出すだけだからアクアリウムにはいないよ」
「ええ~!?」
「私連絡してみるよ。今日はとりあえずお開き。ね」
ぐぬぬ、と叶冬は悔しそうに唇を噛んだ。
けれどちょうど日も暮れてきて、秋葉は神威と連れ立って黒猫喫茶を後にした。
それから、紫音はすぐに鹿目浩輔へ連絡をし約束を取り付けてくれた。
鹿目浩輔は打ち合わせでアクアリウムへ行く日があるらしく、その日に会うことになった。
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