第十三話 金魚屋の少年を知る男(二)

 神威の父の配信動画を見たが、鹿目浩輔というのはいかにもイケメンといった知的な顔立ちの青年だった。そして今日実際に顔を合わせているのだが、四十五歳とは思えない若さだ。

「すみません、急に」

「いいえ。御縁のお嬢様の頼みなら断れませんよ。それで、宮村の話でしたか」

「はい。その方にお」

「そやつはどこにいる! 用があるのだあ! 居場所を教えたまえ!」

「店長止めて下さい」

 じたばたと暴れる叶冬を秋葉と紫音の二人がかりで押さえつけ、叶冬の奇行に驚く鹿目にぺこぺこと頭を下げた。

 最近真面目な話をする時は普通にしていたから気を抜いていた。こういう人だった、と秋葉は苦笑いで誤魔化した。

「宮村さんに会うことはできますか?」

「どこにいるかは僕も知らないんだ。卒業してすぐに連絡先も変わってしまったようで」

「そう、なんですね。心当たりもないですか?」

「全く。電話番号とメールアドレスくらいしか知らなかったから」

「そうですか……。鹿目さんと宮村さんはどういう知り合いなんですか?」

「吉岡を殴ってる宮村を止めたのが僕なんだよ。それで」

 殴られたのは神威の父だと言っていた。では吉岡というのは神威の父ということだ。

「どうして三人は仲良くなったんですか? 殴られたんですよね」

「仲直りしたんだよ。それだけ。僕は宮村に感情移入もしてたからね」

「感情移入?」

「宮村が心中の生き残りっていうのは知ってるよね。亡くなったのは妹さんで、病気だったんだ。僕も病気で亡くなった妹がいたんだよ」

「同じ境遇だから許したと?」

「僕は最初から怒ってないよ。宮村と話したかっただけなんだ。今思えば馬鹿なことだけど、妹のことで同病相憐れみたかったんだよ。話しかけるタイミングをうかがってたんだけど、何しろ生徒もマスコミも群がってたうえ暴力をふるった加害者だから話しかけにくくてね」

「やっぱり有名だったんですか?」

「そりゃあね。吉岡と宮村が友達になったのも大注目だったよ」

 秋葉は首を傾げた。

 凄まじい話だなとは思うが金魚とどうかかわるのだろうか。この事件は彼らが仲良くなるきっかけではあっただろうが、金魚自体が関係しているのだろうか。

「鹿目さんは金魚と聞いて思いつくことはありますか?」

「金魚? また突然だね。特にないけど、どうして?」

「宮村さんのバイト先が金魚屋だったそうなんです」

「宮村の? 知らないな」

「なんだいなんだい! なんの情報もないじゃあないか!」

「店長お座り」

 無駄足だあ、と叶冬は子供のように地団駄を踏んだ。

 すみませんすみませんと紫音は頭を下げたが、鹿目は何故か真面目な顔をして叶冬を見つめている。

「なんだい! 人をぎょろぎょろと見てからに!」

「ああ、ごめんね。君はもしかして吉岡の知り合いなのかな」

「へぇ? 知らないよ」

「俺たちは吉岡さんの息子さんと知り合いなんです。店長に何か?」

「金魚に思い当たることはないけど君のその喋り方は記憶にあるよ」

「え?」

「吉岡が映像通話してたのをちらっと見たんだ。その相手がそういう演技じみた喋り方で、黒い着物を着ていた」

「……それって」

 叶冬の服装と喋り方は誰かを真似ているのだと紫音は言っていた。

 ――ならそれは。

「それだ! 誰だそれは!」

「さ、さあ。でも確か『八重子さん』と呼んでいた」

「八重子……?」

 秋葉には全く覚えのない名前だった。

 叶冬も覚えが無いようで、誰だそれは、と手がかりになりそうでならないその名前を繰り返し呟いている。

「八重子さんっていうのは宮村さんと関係のある人ですか?」

「それは分からないけど、でも吉岡が僕に『宮村と遊ぼう』と持ち掛けてきた直後のことだよ。だからよく覚えてる。君はどうしてそんな口調と着物なんだい?」

 しいんとその場が静まり返った。

 叶冬は改めて座り直し、羽織っていた着物を脱ぎ棄てる。

「あんた記憶が曖昧じゃないか? 宮村夏生に関わった期間に限って」

「記憶?」

「急に考えが変わったり、周囲と会話がかみ合わなかったり。そういうことがなかったか」

 叶冬は普通の喋り方だった。きっとこれが素だ。

 どうなんだと鹿目を睨みつけていたが、鹿目はくすっと柔らかく微笑んだ。

「そうか。君達が知りたいのはそれなんだね」

「心当たりがあるんだな」

「あるよ。君の望む回答かどうかは分からないけど」

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