第十二話 誰かの金魚鉢(三)
突如ここまでの話に関係の無い人物の名が出て来て秋葉は首を傾げた。
「彼のお父さんは金魚を見ていたらしいじゃないか。僕はそれが怪しいと思う」
「でもアクアリウムに着想を得たって」
「それが嘘だと思う。神威君の父親なら四十代後半かそれ以上だろう。アクアリウムが流行しだしたのはここ数年じゃないか。それにアクアリウムが空飛ぶ金魚になるかい? アクアリウムの魅力はライトアップであって、それ自体はデカい水槽にすぎないんだ。魚が空を飛ぶなら水族館の天井が水槽だったという方がまだ分かる」
「……そうですね。確かに」
「仮にそれが真実だったとしても、彼はどうも嘘が多い。僕を探しに来たようなことを言ったけど、それにしては僕の喋り方やリアクションにかなり驚いていた。事前に知っていたなら驚くはずがないだろう」
「あー……」
神威と依都は叶冬にPV出演を依頼する目的だと言っていた。
ならば当然叶冬の人となりは知っているはずだが、言われて思い返してみれば神威は確かに叶冬の挙動に驚いていた。
「そうですね。知らなかったみたいだ」
「もう一つおかしいのは、僕を知ったのはアクアリウムの開催者としてだと言っていた。そもそも僕は開催者じゃないし顔を出したことも無い。アクアリウムには無関係なんだ。なら僕を知るきっかけは絶対にお祭りだ。僕だってところかまわず着物を着てるわけじゃない」
「そうですよね。そう言われると確かに変ですね」
「それでも彼の言ってることを僕もアキちゃんも信じてしまった。それは『金魚じゃなくて光球に見える』という妙に具体的で、アキちゃんですら知らない新情報を持っていたからだ」
「金魚みたいだから金魚って呼んだとか言ってませんでした?」
「それもおかしくないかい? だって『光球』って単語が思いついてるんだから素直に光球と呼べばいい。それでも何かに例えるなら心霊特番お馴染み人魂とか火の玉だよ」
「そっか。そうですね」
「だろう? 大体金魚に例えるなんて随分と冷静で情緒があるね。怖がって引きこもるくせに」
「引きこもるタイプにもみえないわよね」
「確かに……」
「それに彼らにとって『金魚が見える』というのはパフォーマンスだ。でもアキちゃんが神威君の傍に金魚がいると言った時、あの二人はそれを信じた。信じたから『金魚が見えるという嘘がバレた』と認めたんだ。けど嘘を吐く必要性が分からない。出演交渉なんて普通にすりゃあいいじゃないか」
「そうなんですよね。それは俺も思いました。嘘が安っぽい」
「きっとアキちゃんと接触したのは彼らにとって予定外だったんだよ。言ってることもやってることも中途半端でごちゃごちゃしてる。騙すにしては手ぬるい」
あの時は何を馬鹿なことをと思って終わってしまったが、こうして考えてみると彼らの行動はおかしく思えてくる。
「空飛ぶ金魚がいると知っていながら『嘘だ』とこじつけた理由を聞く必要がある。金魚にまつわる何かを知ってるはずだ」
「確か近い日程でライブがあります。行ってみましょうか」
「おや。仲良くしてるのかい?」
「ライブのお知らせが届くだけですけど。こうなるとこれも罠に思えてきます」
「なら罠にはまってやろうじゃないか。行ってみよう」
何かが分かるだろうか。空を飛ぶ金魚に金魚屋を名乗る女、空飛ぶ金魚を見ていた真野雪人。
真相を知るであろう神威の父親にそれを隠して近付いてきた神威と依都。
情報過多で頭がこんがらがって苦笑いが出たが、叶冬は妙に真剣な顔をしていた。
「アキちゃん。ここへの引っ越しを真剣に考えて欲しいんだ。これは生活援助ではなく君の身を守るために」
「守る? 何からですか」
「落ち着いて聞いておくれよ。ゆきはよく倒れてたんだ。貧血でもなく、突然ばたりと倒れるんだ」
「……え?」
「ひどい悪夢にうなされて不眠にもなって、半年もすればひどくやつれていった。記憶も飛び飛びになって周囲と会話がかみ合わないことも増えていた」
「それって……」
「アキちゃんとゆきは同じ症状にみえる。このまま放っておけばアキちゃんはゆきのようになってしまうかもしれない」
すうっと体が冷たくなったような気がした。どくんどくんと心臓が音を立てる。
「でも解決方法はある。それが金魚鉢だ」
「金魚、鉢……?」
「そう。あれは金魚を消す道具だ。これは間違いなくそうなんだ。さっき気分が良くなったというのはこいつの何かが作用したんじゃないかな」
「俺は金魚に何かをされてるということですか?」
「じゃないかと僕は思うね」
――何かされている。
そう口に出してから、以前に叶冬が言っていたことを思い出した。
『人には見えない金魚が見える。それは君が金魚と同族にカテゴライズされてるからじゃないかな。なら君は物心つく前から金魚に取り憑かれていた可能性がある――かなと思ってね』
『金魚は幽霊のようなものだと?』
『そう。おそらく執着しているものに憑りつくんだよ。それは人であったり場所であったり』
死して憑りつくほど秋葉に執着していた人間。
生まれた瞬間から秋葉といた人間。
それに当てはまる人間は一人だけだった。
「……春陽?」
「それは分からない。でも金魚は存在する。そして金魚を扱う金魚屋がある。金魚屋の女が全てを知っている」
叶冬は秋葉の頬を軽く撫でると、ぎゅっと強く抱きしめてきた。
「ここにおいで。ご家族に説明が必要なら僕がご挨拶に伺うよ」
「……はい」
赤ん坊をあやすようにトントンと背を叩いてくれていた。
その日は夢も見ず、ぐっすりと眠れた。気持ちよく眠りすぎて目を覚ましたのは大学の講義が全て終わった後だった。隆志から心配する連絡が大量に届いているのが嬉しかった。
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