第三話 金魚のご相談(二)
富が沼町へ向かうことを決めた翌日日曜日、秋葉は叶冬と共に新幹線に乗っていた。富が沼町は県をまたぐためだ。
金銭に余裕があるわけではない秋葉は夜行バスを希望したが、そんなむさくるしいのは嫌だと言う叶冬が秋葉の分も払うというので新幹線で向かうことになった。
申し訳ない気もしたが、経費で落とすから問題無いと言うし、本音を言えば秋葉も新幹線が良かったので有難く世話になる事にした。
「何もグリーン車じゃなくても」
「僕はグリーン車じゃなきゃ嫌だ!」
グリーンだグリーンだと周りの迷惑を顧みずはしゃぐ叶冬を取り押さえ何とか席に着く。
すると叶冬は何かがぷつりと切れたように大人しくなり、さてと、と切り替えてノートパソコンを取り出した。
こういうのを見ると、やはりいつもの演技じみた騒ぎ方はわざとなのだなと感じる。
「えーっと、富が沼町。人口は千人前後。町おこしをたくさんやってるみたいだね」
「やっぱり単なる町おこしじゃないですか?」
「でもピンポイント『彼』だよ?」
「打ち間違いじゃないですか?」
「だとしても出来すぎじゃあないかい」
「それは俺たちが金魚前提だからそう思うだけで、普通に見れば打ち間違いですよ」
「何でアキちゃんは夢の無いことを言うんだい」
「真実を知るなら夢は見ない方が良いと思いますけど」
「ぐぬう」
もっともなことを言うんじゃないよ、と叶冬は口を尖らせた。
しかし秋葉が気になったのは別のことだ。
「けど、何で店長なんでしょうね」
「何がだい?」
「金魚を借りる相手ですよ。別に広告打ってるわけじゃないですよね」
「そうだねえ。でも祭りを見て声かけてくる人は少なからずいるんだよ」
「だとしても新幹線乗る距離ですよ? 運送費だって馬鹿にならないのに」
「外にアテがなかったんじゃないかい?」
「『金魚』『レンタル』で検索すればいくらでもヒットしますよ。それにもし『彼』が俺を指してるなら、俺がいるからってことになりません? だとしたら引っ越す前から俺を調べてたことになります。俺が店長と会ったのは偶然なんだから」
「ふむう。引っ越し先はどうやって選んだんだい?」
「金魚の少ない場所です。大学もそれで選んで」
「むむう。でもここは地元なんだろう?」
「そうですけど、うちの最寄りは富が沼駅の三つ先です。それに富が沼から駅二つ先に大きい街があるんでそっちにしか行かなかったです」
「うーん。んじゃあ御縁神社の祭りに行こうと思ったのは何でだい? 毎年恒例?」
「友達に誘われたからです。日舞サークルがやってた浴衣レンタルのサクラです」
「ふうん。じゃあ本当に偶然だあね」
もし全てに共通する人間がいたら怪しいとも思うが、秋葉の過去を知る人間は一人も関わっていない。
あるとしたら佐伯という依頼人が秋葉をつけ回してるとしか思えない。
「……アキちゃんは名を明かさないでおこう。危害を加えられたら困るからねえ」
「そんなことあります?」
「あるよ。『彼』がアキちゃんのことならこの人は君の顔を知らない可能性が高い。知ってるなら直接帰省の説得に行けばいいのだものね。それに名指しじゃないあたり、偶然を装って処分したいのかもしれないよ」
「処分!?」
「用心するにこしたことはない。そうだ、偽名にしよう。アキちゃんだからハルちゃんにしようか」
やけにスルスルと対策案が出てくる。
もしや昨日からずっと考えてくれていたのだろうか。自信の興味本位だけでなく心配もしてくれていたのかと思うと、それは少し嬉しかった。
「アキちゃんは秋だから春。どうだい?」
「……ええ、それで」
「よし! じゃあ準備しようかハルちゃん!」
「準備?」
もう着席しているのに何の準備があるのだろう。
叶冬は持って来た自分の鞄を取り出した。いつも羽織っているこの高そうな着物をしまうのだろうか。人目を考えればぜひともしまってほしいが、鞄からは秋葉の予想とは全く違う物が登場した。
取り出されたのはいつの間にか買っていたのか、駅弁だった。しかも一つではない。和食洋食中華などの五種類がそれぞれ二個ずつあった。
二個ということはまさか秋葉の分だろうか。
「お食事の時間だあ!」
「……あの、それ全部食べるんですか?」
「当り前じゃないか。ハルちゃんは何個食べる?」
「もう偽名なんですね。朝は食べてきたんでいいです」
「ではこの中華弁当をあげよう!」
「え!?」
「いただきまあす!」
秋葉の意見など何も聞かず、叶冬はばくばくとすさまじい勢いで弁当をかき込んだ。
あっと言う間に一つ、二つと平らげどんどん食べ進め、味わっているのかどうかが怪しいそのスピードに叶冬に白い目を向けていた乗客も目を奪われている。
朝から中華を食べる気にはなれないが、美味しい美味しいと食べる様子は気持ちが良い。
「ほらほら、ハルちゃんもお食べ。育ち盛りはもりもり食べなきゃいかんよ」
「程度問題ですよ。でも、はい。食べます」
食べながら喋る叶冬につられて一口食べると、弁当は冷めていて白米も柔らかくはない。
自宅でコンビニの弁当を温める方がマシだが、隣に叶冬がいるだけで特別な弁当に感じられた。
「美味しいかい?」
「……はい。すごく」
それは良かった、と叶冬はよしよしと頭を撫でてくれた。まるで子供扱いで恥ずかしい。
けれど親がやってくれなかったそれはほんの少し嬉しかった。
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