第十一話 金魚の居場所(三)

 秋葉の仕事は週一回の掃除と、食事を作る時は二人分を作ることとなった。

 他の家事もやると言ったのだが、それ以上は秋葉の生活時間に食い込みすぎるから駄目だと言ってくれた。

 まるで親のように気遣いをしてくれるのが嬉しくて、申し訳ないと思いながらも叶冬の良しとする範囲で家事をすることにした。

 せめて掃除は徹底しようと思ったが、ハウスキーパーが入っていたので綺麗なものだった。

 散らかっているものと言えば着物だけだ。大事にしているのかと思いきや、意外にもその辺に置き捨てられている。それも一つではない。全ての部屋に一着は置いてあるのだ。片付けた方が良いかと聞いたら、畳んでも良いが場所は動かさないで欲しいという。理由を聞いてもにやにやとした笑みが返って来るだけで、まるでいつでも使えるように用意しているようにも見えた。

 触らぬ神に祟りなし。着物には触れずに埃が積もらないように叩いて回ることにした。

 歩いていると、部屋の隅にゴミ箱が置いてあるのが目に入った。


「店長。ゴミは捨てちゃっていいですか?」

「うむ! たのもう!」


 生活ごみは定常的に必ず発生する。これはルーティンにしようと少し嬉しくなったが、捨ててあるのは大量の小さな紙だった。


「名刺いっぱい捨ててあるけどいいんですか? 仕事で連絡したりするでしょう」

「いいよ。何か良く分からんのがいっぱいくれるんだ。二度と連絡しない奴らがよくよく配るもんだね」


 まだ大学生で名刺を持ったことのない秋葉にはよく分からなかった。

 自分ならとりあえず取って置いてしまいそうだが、しかしこうもどっさりあるのでは捨てたくもなるのだろう。

 金魚屋の店長が一体何故こんな多くの人との交流があるのかはしらないが、ふいにその中の一枚に目がいった。


「佐伯会長の名刺だ」

「後から送って来たんだよ。取引させてくれとさ。あの図太さはいっそ尊敬するよ」

「はは……」


 佐伯の名刺はとても立派なものだった。手触りの良い質感の紙に、プロがデザインしたであろう美しい金魚の模様。

 連絡先は役所の住所と電話番号、区のドメインを使った専用のメールアドレス。そこに会長と書いてあるだけでとても立派な人物を想像してしまう。


「フリーアドレス使ったくせに。表面だけ取り繕っても空しいだけですね、こういうの」


 秋葉は佐伯の名刺を筆頭に、まとめてシュレッダーにかけることにした。

 そのまま室内を歩き回っていると、一つの大きな戸棚が目についた。


「店長。ここ開けていいですか?」

「どんぞ」

「見てから答えて下さいよ」

「見られて困るモンなんてないよ~。困る物は金庫の中さっ!」

「結構まともな大人ですよね、店長って」


 着物を羽織っていたり喋り方が妙だったりはするが、意外と常識人なところもある。

 洗濯物は全てクリーニングでそれ以外は捨てるくらいのことをしそうなイメージがあったが、意外と洗濯は自分でやっているのだ。

 棚を開けて回ればおかしなものが出て来るのじゃないかと期待をしたが、基本的に物がない。あるとしたら購入時に付属していた思われる余分なビスと説明書の入った小さな透明のビニール袋くらいだ。

 ここにも同じくビス入りのビニール袋があるだけだ。

 見るだけ無駄な気はしてきたが、とにかく把握をしようとあちこちを開けて回ると、リビングの片隅にやけに大きな戸棚があった。それもガラステーブルの真上という危なっかしい位置だ。

 何の気なしに中を覗いたが、秋葉はびくりと震えた。


「これ……」


 そこにあったのは金魚鉢だった。それも両手で抱えても余りあるほどの大きさだ。

 ――一体何だこれは。


「そうだよ。それが僕の秘密さ」

「うわっ」


 そっと金魚鉢に手を伸ばしたが、その手を後ろから握られた。

 振り返り見上げると、叶冬は怪しく微笑んでいる。


「約束だったね。うちに来たら僕の秘密を教えてあげると」

「……いいんですか?」

「いいともさ。僕ばかりアキちゃんの秘密を知ってるんじゃフェアじゃないだろう?」


 叶冬は秋葉の手を握ったまま、まるで金魚鉢を見る専用とでも言うかのように真向かいに置いてあるソファへ腰かけた。


「金魚鉢の前に僕の昔話をしよう。少し長くなるけど聞いてくれるかい?」

「……はい」

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