第7話『スラム街の悪ガキ、約束をする』①


 ケイムスは内臓を破壊されている疑いがある為、医務室へと運ばれて行った。

 それを見送るイヴの横顔を見て、シャルロットは初めての衝動に襲われていた。かつて自分を助けてくれた少女やイザベラへの憧憬とは違う感情。


 少女はソレをまだ知らない。


「あ……」


 勝利を収めたイヴはシャルロットとユーリの方へと向くと、少年らしい快活な笑顔を浮かべてサムズアップをする。

 そんな彼を見てシャルロットは――赤面した。

 ユーリはそんな彼女の変化に気付かず、満足そうにサムズアップし返す。


「負けちまったぞ?」

「スラム街の劣等生に負けるとかあり得ないな」

「成績最優秀ってのもマグレかもな」


 口々に罵られる決闘を終えた者たちに対する心無き言葉。

 誰もが勝利したイヴへの真実よりも、敗者への疑問に夢中だった。

 いや、目を逸らしたかったのかもしれない。守るべき存在。見下していた存在であるスラム街出身者を認められない故に。

 騒めくギャラリーに対してユーリもシャルロットも不快感を露わにする。


「――で。次は誰が戦ってくれるんだ?」


 その騒めきを止めたのはイヴの一言だった。

 ピタリと静かになったこの部屋で、彼の言葉だけが嫌に響く。


「ああ、居ねぇか。此処に居るのは実力の伴わない雑魚しか居ねぇからな」

「――」


 瞬間、爆発するギャラリーたちの罵詈雑言。


「ふざけるな劣等生!」

「まぐれで勝ったからと言って調子に乗りやがって!」

「お前なんか俺達に適う訳ないだろう!」


 怒り狂った彼らの顔は真っ赤で、しかし反対にイヴはとても良い顔をしていた。

 あの顔は絶対に何か企んでいるな、とユーリは痛む頭を抑える。シャルロットはとんでもない事になったと先ほどとは逆に顔を真っ青にさせる。

 笑みを浮かべたイヴは、自分に敵意を向けるギャラリーに叫ぶ。


「だったらこれから午後の訓練後、俺に決闘を申し込みな! もちろんポイントを賭けてな――最も、俺に負けるのが怖いなら無しでも良いぜ?」

「んな訳あるか!」

「全ポイント賭けてやらぁ!」

「何ならいますぐ戦ってやるよ!」


 彼らの良い反応にイヴは満足気に頷く。

 計画通りだ、と。

 イヴはチマチマと訓練でポイントを稼ぐつもりは毛頭なかった。だから決闘でポイントを荒稼ぎする事は説明を受けた時から考えていた。

 しかしスラム街出身の彼と真面に取り合う訓練生が居る筈もなく、さらに決闘自体行う者が居なかった。

 だからケイムスの申し出は渡りに船で、さらにこの状況も彼にとって追い風となりイヴの望む展開となった。


「決闘の申し込みは前日にしかできないだろ? 続きは明日からだ――ポイント減らされても良い奴だけ掛かってこい」

「「「――!」」」


 こうしてイヴは無事に南支部の嫌われ者となった。




「何か申し開きは?」

「反省も後悔もしません」

「シャル、ブロックを追加してください」

「分かったわ!」

「分かったわじゃなくてシャルさん助け――いだだだだだだ!?」


 現在、イヴは自室にて拷問を受けていた。

 冷たい床に正座させられ、その膝の上に重たいブロックを乗せられている。

 そして床以上に冷たい視線でユーリに見下されていた。ちょっぴりチビッた。

 さらにシャルロットは頑なにイヴを見ようとしないでの、それがさらに彼を追い詰める。童貞は女の子に冷たくされると死んでしまう生き物なのだ。


「貴方の狙いも分かりますが、もう少し穏便にできなかったのですか?」

「痛い……いや、穏便にやったら相手は油断しないだろ?」

「……どういう事?」


 シャルに問いかけにイヴは先ほどのケイムスとの戦いを思い出しながら語る。

 イヴが彼に勝てたのはケイムスに戦闘経験が全くなかった点にある。魔力弾生成の適正があり、銃型魔錠シリンダーという遠距離武器を選びながらも接近を許し、咄嗟に弾丸を放つ判断力。戦い慣れしていないのが目に見えていた。


「それに最後俺がアイツの防御貫けたのも全方位に展開して障壁が薄くなっていたからだ」


 もし攻撃に合わせて魔力障壁を一点集中に展開されていれば、イヴの攻撃は届かなかった。それだけのスペックの差が両者にあった。

 何よりケイムスはイヴを終始見下し、油断し、手加減していたからこそ、こちらのペースに巻き込んで勝つことができた。


「強い奴が油断しなかったら勝てないからな」

「それじゃあ、あの必要以上の挑発は……」

「ん。そういう事。精々見下し、油断し、怒りに我を忘れて俺のポイントを譲渡してくれって訳よ」


 なるほど、とシャルロットはイヴの目的を理解し素直に感心する。自分では思いつかなかった事だ。昨日の食堂で因縁を付けられてそこまで考えていたのかと。

 ……でも童貞って言われて怒り狂っていたような。

 とりあえずその事については今は忘れる事にして、シャルロットはそういえばとユーリを見る。

 彼女はイヴのその狙いを知っている様子だった。

 それで尚、快く思っていないのでとりあえず折檻をしている。


「……その様に策略を巡らせる所、イーヴァルディに似て来ていますね」


 イヴは物凄く嫌そうな顔をした。


『ふん。あの程度策略とも言えんがな。ただのガキの悪知恵よ』


 イヴはさらに嫌そうな顔した。


「イーヴァルディ? 誰?」

「そうですね……イヴの父親みたいな方ですね」

「ユーリ、滅多な事を言うな」

『こやつが倅だと心労で胃に空きそうだな』

「……っ!」


 シャルロットはまたイヴがイラついた顔をしているのを見てとそっとする事にした。合鍵バディになってから時折そういった奇行が見られ、ユーリからは優しく見守ってくださいと頼まれている。だから彼に生暖かい視線を送った。

 ユーリは魔王が念話を使っていない為彼が何を言っているのか分からないが、何となく察した。

 イヴの百面相が面白いのでもうしばらく見ていたいが、とりあえずユーリはブロックを追加した。


「何で!?」

「いえ、反省が見られないので……」

「理由は教えたじゃん!」

「それとこれとは話が別です。私たちを心配させた咎、しっかりとその身にきぞみこんてください」


 イヴが解放されたのはそれから1時間後だった。

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スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と悪乗りする カンさん @kan_san102

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