第2話『スラム街の悪ガキ、童〇勝手に奪われる』①


『もう一度聞くぞ? この際貴様がこの世界で最も無知で、脳みそスッカスカで、物知らずの恥知らずである可能性が高いのを無視して、だ。本当に我の名を知らんのか』

「現状お前の事で分かるのはこれまで出会ってきた言葉を話す肉袋の中で、最も腹立つ存在である事くらいだよ」


 こめかみに青筋を立てながらイヴは、魔王と名乗る声に食って掛かる。

 しかしそれは意味のない事であり、時間の無駄だとお互いに判断する。

 とりあえず休戦して、今度はイヴが魔王に色々と教える事にした。


『我も情報が必要だと判断した。これまでの不遜な態度諸共、この魔王に恐れ多くも言葉を尽くす事許可してやる』

「お前は偉そうにしていないと死ぬのか???」

『事実偉いのだが?』

「……はぁ。俺の名はイヴ。そして此処は大陸唯一の国ユーリオンの南都だ」

『……ふむ。ユーリオン、か』


 何だそれは知らん、と言われると思っていたイヴは魔王の意外な様子に首を傾げる。

 この短期間でこの魔王の性格は大体理解している。唯我独尊、という言葉がそのまま当てはまる様な性格。だから国の名前を聞いても『なんだその吹けば飛ぶような国の名前は。無知な貴様が必死になって考えたのか?』と言われると思ったのだが……。

 しかし国の名前を聞いた途端、思考に耽る魔王の次の言葉を待つもなかなか答えない。


『小僧。この国の王の名は?』

「王様? そんなのは居ないよ」

『居ない? そんな馬鹿な話があるか』

「そんな事を言われても本当に居ないのだから仕方がないだろ」

『ならばこの国は誰が納める。例え賢王だろうと愚王だろうと、象徴が無ければ瓦解するぞ』

「がかい……?」

『……国が亡ぶ、という事だ』


 スラム街のガキだから学がないか、と魔王が割と失礼な事を考えていると、イヴは魔王の言いたいことを理解して納得し、しかしその心配は不要だと応える。


「とっくにこの国は亡んでいるよ」

『……何だと?』

「アレを見ろよ」


 と言ってもイヴが見上げないと彼の体に入り込んでいる魔王は見る事ができないので、彼は空を見上げる。そこに広がるもう一つの世界を見ながら、この世界に居る誰もが知っている事を伝えた。


「約100年前にあそこから化け物がやってきた。化け物は一日で当時の人類の半分を攫ったって話だ。

 その後もこの国は戦ったが――今では100年前の人口の3分の1になっているって話だ」


 そこまで人口が減っても食うに困る人間がたくさん出ていて、それをどうにかする力がこの国にはない。

 国同士の争いなら降伏して植民地にされるだけだが、相手は怪物。人間ではない。降伏するという事はつまり奴らの餌になるという訳で――人類はとっくの昔に詰んでいるのである。


『なるほど。貴様や表を歩く奴らの顔がイマイチぱっとしないのは既にからか』

「……」


 魔王の言葉にイヴは反論する事ができなかった。何故ならまさしくその言葉の通りだからだ。

 三年前のあの日以来、彼は戦うという意思を失い、ただ惰性に生きているだけの肉袋だ。腹が減ったら飯を食い、眠たくなれば寝て、腹の立つ輩が居ればぶっ飛ばす。そんな無為な生活をずっと続けていた。

 果たして何処に反論する余地があろうか。


『――一つ教えてやるぞ小僧』


 しかし、魔王はそんなイヴに対して軽蔑するでもなく、怒りの感情を抱くでもなく――ただ己のブレない心情を伝えるだけだった。


『戦えとは言わん。抗えとも言わん。だが後悔するくらいなら――選択をしろ』

「……選択?」


 だからだろうか。今までと違って魔王の言葉をスッと受け入れる事ができたのは。


『生きるとは、選択の連続だ。選択の先には未来がある。希望に満ちているか、絶望に満ちているかは知らんがな。だが、何もせず肉袋のままただ生きて、ただ死ぬよりはずっと意義のある生だと……我は思う』

「選択して後悔したらどうする?」

『ならばその後悔を乗り越える選択をすれば良い』


 無茶苦茶だと、ただの詭弁だと思った。

 でも、口から放たれる事は無かった。


『小僧。人間は恐怖を常に抱いている。しかしそれと同時にそれを乗り越える勇気も持っている。己を超え、世界を超え、未来に辿り着くことができる生き物だ――それをする前に腐るのはちと勿体ないぞ?』


 そう言って魔王はケラケラと彼の中で笑った。

 何となくその笑い声は今までの小馬鹿にしてきた笑い声と違って不快には思わなかった。


(恐怖……勇気……そして未来、か)


 ――考えたこともなかったな、と魔王の言葉を胸に刻み込んだイヴ。普段なら到底受け入れる事ができない前向きな言葉。しかしこうして受け入れる事ができたのは、彼の言葉に重みを感じたからだろうか。


「……うん。覚えておくよ」

『今はそれで良い』


 そう言って魔王はまた笑った。

 ――人の上に立つ存在を自称している変な奴かと思っていたイヴだったが、案外それも本当かもしれないと思った。




「そういえば、王様は居ないけどこの国を治めている奴らは居る」

『ふむ。統治者は存在するのか』

「ああ。……ほら、あそこにデカい壁が見えるだろ?」


 そう言ってイヴが視線を向けるのはこの大陸の中央を覆うように建設された白亜の壁。


「アレを作って使徒が出てくる蓋門を――」

『待て、また我の知らん単語が出て来た。一から説明しろ』

「一から……?」

『そうだな。貴様に分かりやすく言えば、赤ん坊に世の中を教える様に、だ』

「何でそんなに偉そうなんだ……」


 魔王の態度に辟易としながらも、イヴは途中魔王の質問に遮られながらもこの世界について説明した。


 約100年前、ただ空に浮かぶだけだったもう一つの世界【蓋界】から人類を滅ぼす侵略者【使徒】が現れた。初めの侵略により人類の半分は連れ去られてしまった。

 そんな使徒に対抗する為に設立されたのが――【地上世界防衛組織GUARD】。

 GUARDは大陸の中央に使徒がこちらに侵略する際に使う次元間移動用のゲート……蓋門を誘導する装置を作り、その範囲内を巨大な白亜の壁で囲い込んだ。

 それと同時に壁外の東西南北に人類の生存拠点を建設し、使徒と戦う魔鍵師ウォーロックスミスの発掘、教育を施し、その他にもインフラの構築をして人類の存続を担い続けている。


「ちなみにウォーロックスミスってのは」

『知っている。ゲートをその身に宿し魔法を扱える人間だろう?』


 聞き慣れた単語の為、当然の様に応える魔王。

 正直異世界にでも生まれ落ちたかと思っていたが、所々に聞き覚えのある言葉からこの世界の正体の考察をしている。

 長い間眠り続けた感覚から察するに――と。

 しかしイヴの反応がいささか妙だった。


「……ん?」

『何だその態度は。我はおかしな事を言ったか?』

「……いや、多分俺の気のせいだ」

『……そうか?』


 釈然としない物を感じながらも、ようやく魔王はこの世界の事を知ることができた。

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