第1話『スラム街の悪ガキ、鍵を拾う』②
「――んあ?」
ふと目が覚めたイヴは、フラフラと立ち上がる。
妙に体が痛い。虚脱感が強く、頭の中がボーっとする。
「此処は……」
どうやら裏路地で寝ていた様だと周りを見て状況把握をし――それはおかしい、とすぐに違和感に気付く。
何で自分はこんな所で寝ていたのか? という疑問の次に、思い出されるのは意識を失う前の出来事。
自分の家の床に落ちていた矢を拾おうとして、それが自分の突き刺さりそのまま胸まで到達して激しい痛みによって気を失った。いや、死んだと思った。
しかし、どういう訳か自分は生きており、そして何故か裏路地……それもスラム街ではなく都の裏路地で気を失っていた。
「何なんだ一体……」
死んだと思っていたら生きていた、ラッキーと考えるほどイヴは楽観的ではなかった。
かと言ってここでうんうんと考えても答えには辿り着けそうにないので、彼はとりあえず自分の家に帰ることにした。
「ああ、ったく気分が悪い」
『同感だな。久方ぶりに肉体を手に入れたと思ったら、すぐにこれだ』
「肉体? 一体何を言って……ん?」
聞こえて来た言葉に返事を返して、すぐにおかしいと気付くイヴ。
周りを見渡しても彼に話しかけた人などいない。表通りには疎らに人が歩いているが、こちらに意識を向ける人間は皆無だ。
そもそも今聞こえた声には妙な違和感があった。まるで頭の中に直接聞こえたかの様な……。
「……そうとう疲れているな俺」
『漸く目を覚ましたかと思えば、この魔王の声を幻聴と切って捨てるか』
「……んん???」
再び聞こえた声に奇妙に思いながらも、イヴは構えて辺りを警戒する。
自分に意識を向ける気配は全くない。しかしこの頭の中に響く声はしっかりと存在感を示していた。
何処だ……何処にいる?
姿が見えない敵の厄介さに若干恐怖していると、頭に響く声が笑い出した。
『ふふふ……ただの薄汚いクソガキかと思えばなかなかどうして……その小動物の様な警戒心、なかなか愛で甲斐がありそうだ』
イヴは思った。コイツ嫌いだ、と。
しかしそれと同時に自分に対して害を持っていない事は感じ取れた。
警戒は解かずにイヴは話しかける事にする。
「さっさと姿を現せ。てめぇの方がよっぽど小動物並みに臆病じゃねぇか」
『抜かしおるクソガキが。貴様なんぞにこの魔王が怯えるなど世界がひっくり返ってもあり得ん』
「だったら」
『まぁ、なんだ。大方察している通り――
「……」
思い当たる節は大いにある。この様な状況になる前に何が起きたのかを考えれば、原因は何なのかはすぐに思い当たる。
あの鍵だ。独りでに自分の腕に突き刺さり、心臓を貫いた気味の悪い鍵。
アレが全ての元凶だとイヴは理解した。それと同時にこの声の正体は恐らく――。
「じゃあ、てめぇは……」
『そうだな。貴様の思っている通り我はあの鍵に封印されていた様だ』
「様だ……? 随分と他人事の様に言うな。勝手に人の体に入っておきながら」
『誰が好き好んで貴様の様な小便臭いクソガキの体に入りたがるものか。誠に遺憾ながら、この魔王も詳しい事は知らんのだ』
何でコイツこんなに偉そうなんだろ、何も知らないみたいなのに。
そう思いつつもイヴは苦言を零さない。多分口では勝てないと思ったから。それよりもさっきから気になる単語が気になって仕方がないというのが本音だ。
「あのさ、さっきからマオウって言っているけど……」
『ああ言っているとも。それがどうかしたか?』
何処か面白そうに、いやウキウキしているかのように応えるマオウ。
その反応にめんどくささを感じながらもイヴは言った。
「そのマオウってアンタの名前?」
『……ん?』
「いや、スラム街のガキに居るんだよ自分の名前を言いながら喋る奴。俺とか私の代わりに使うように。お前もそういうタイプか? だったら何というか……聞こえる声の年齢と性別的に、意外と幼いというか……」
『我をその辺のガキと同列に扱うなクソガキ!』
「うお、うるさっ……!?」
イヴの勘違いに割と本気で切れる魔王。
それと同時に自分の固定概念にも呆れていた。
自分の事を、魔王という存在を知っていて当たり前という考えを改めなくてはならない、と。
『スラム街のガキだから仕方がないと思うべきか、そこまで我が名声が轟いていない事に嘆くべきか……』
「何なんだよお前……」
『フン、仕方がない。一度しか言わないから、そのスカスカの脳みそにしっかりと刻み込めよ?』
やっぱりコイツ嫌いだな、と思いつつもイヴは黙って自分の中に居る偉そうな声の次の言葉を待った。コイツの正体を知ればさっさと自分の体の中から追い出せるかもしれないと思ったからだ。
魔王は、無駄に溜めてから声に凄みを乗せて――己の正体を明かした。
『
「いや、知らんが」
『……あれぇ?』
魔王から得た情報は全く役に立たなかったとイヴは大きな大きなため息を吐いた。
これがスラム街のクソガキと、魔王と名乗る謎の声とのファーストコンタクトであった。
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