スラム街の悪ガキ、天上天下唯我独尊系魔王様と悪乗りする
カンさん
第一章『伝説の目覚め』
第1話『スラム街の悪ガキ、鍵を拾う』①
建物が崩れ、黒煙が街の空を染め上げる。周りを見ると火の手が周り、人々の悲鳴がそこかしこから聞こえる。
「アナタが例のウォーロックね」
そんな
「ここまで隠れ潜んでいたのは素直に褒めてあげる――でも、もう逃げられないよ」
「……っ」
頭から流れ落ちる血が白髪を赤く染め、負傷した右肩を抑えながら少年は歯噛みする。
目の前の少女の言葉に返す言葉が無かったからだ。
(いやーー)
しかし、それ以上に彼の胸中にあるのは疑問の言葉だった。
どうしてこうなってしまったのだろう、と。
その原因を探る為に一考し、しかしすぐに思いつくのはたった一つの答えだった。
少年は思い出す。数日前の事を――己の運命を変えたあの日の事を。
「ほらよ。今日の取り分だ」
「……少なくないか?」
「仕方ねぇだろ。ここ最近は使徒からの襲撃が絶え間なく続いているって話だ。GUARDも食料生産よりも防衛にエネルギー回してんのさ。分かったらさっさと行きな」
シッシッシッと手を払う素振りを見せる男を一睨みして、少年イヴは食料が入った袋を担いでその場を後にする。
イヴはスラム街に住む捨て子である。自分の名前は捨てられた際に入れられた紙に書かれていたらしい。男なのに女の名前を付けられた事から、自分の性別にすら興味を持たず適当な名前を付ける様な人間が親だと判断した。
育ての親も碌な人間ではなく、幼い自分に盗みを強要する人間であり、最後には恨みを買われて背後からナイフで刺されて死んだ。それ以来彼は一人で生きていくしかなく、当然ながら心は荒んでいく一方だった。
しかし彼は、これも自分の運命だと諦めていた。
それと同時に憎んでいた。この運命を押し付けてくる世界に。
「……ちっ」
イヴは
空一面に映る大陸。この星のすぐ隣にいる星。こちらを見続る監視の目。通称『蓋界』。この世界を閉じる様に存在している事からそう呼ばれている。
そして蓋界から落ちる様にして襲い掛かる敵がいた。約100年前に突如侵略して来た最悪の敵の名は『使徒』。
衰退の一途を辿る人類を絶滅させに来た悪魔であり、魔法を扱う人類を虫ケラの様に蹴散らす血も涙もないその姿は人間の恐怖を大いに煽った。
その蓋界との戦いは長く続き、もはや日常の一部となっていた。
イヴは視線を天から横へと向ける。この大陸の中央にはグルリと白亜の壁が建築されており、使徒がこちらへ侵略する際に使用する
その染み一つない壁を見てイヴの胸中に浮かぶのはとある悪感情だ。
魔法さえ使えれば。そうすればもっと良い生活ができるのに。
そう思わずにはいられなかった。いられないが――意味のないことだと頭の中を切り替えて、彼はスラム街にある自分の家へと帰っていく。
「……あ?」
家の前に辿り着くと、中から人の気配を感じ取って歩みを止めるイヴ。
疑問の声を上げると同時に、バンッと目の前の扉が開かれる。そして自分の顔に向かって鈍く光る銀色が迫り――それを顔を逸らして避けると、通り過ぎた相手の腕を掴み背負い投げた。
「お前は」
「……くそ、ヨソ者がデカい顔しやがって!」
握られていたナイフを奪い相手の顔を見てみると、先日因縁掛けて来たチンピラだった。
痛みに顔を歪めながらもこちらを睨んでおり、イヴはため息を吐きながら奪ったナイフを相手の首元に添える。すると途端に恐怖に顔を引きつらせるチンピラ。
「なっ、お前!」
「殺しに来たのなら、殺される覚悟はあるんだよな?」
「っ……」
「次来たら容赦しない」
それだけ告げるとイヴはチンピラから離れて、さっさと去れと睨みつける。チンピラは覚えていろよ、とだけ吐き捨てるとその場を慌てて走り去っていた。
彼は先日イヴの配給された食料をカツアゲしてきたチンピラだ。しかしそれを返り討ちにしたのだが、それが気に食わなかったらしい。
しかしイヴは慣れた様子で対処した。それはつまりこれが彼にとって日常茶飯事である事を示しており、それに伴い彼が今居るスラム街の治安の悪さを物語っている。
それに対して理不尽だとは思わない。使徒のせいで配られる食料が制限されてしまっているからだ。
……それ以上に人類には生まれの差がある。
人類には魔法を扱う力がある。誰もが魔法を使う可能性を持っており、同時に一生使えないままその生を終える事もある。その差はそのまま生活の貧富の格差を生じさせている。
魔法を使える者は使徒との戦いを報酬に豊かな生活を約束され、魔法を使えない者は戦闘に巻き込まれない様に保護区と言う名のスラム街での生活を強要される。
イヴは後者であり、魔法を使えない……たったそれだけでクソみたいな生活をしている。
そしてその集団の中でも幼く弱者だった彼は搾取される側で、生きるためには強くならざるを得なく、今では大の大人を返り討ちできる程には強くなった。
それをイヴは意味のない事だと思っているが。
イヴは壊れた扉を見てため息を吐きながら中に入り、今度会ったらあのチンピラに直させてやると心に決めながら薄汚れたベッドに横になる。
これが彼の日常。くそったれな日常だ。彼はこの生きるだけの日々を何となくで過ごしていた。
――が。
「……ん? 何だこれ? アイツが置いて行ったのか?」
運命は唐突にやって来る。
「鍵? いや剣……? 何でこんな物が――」
鍵にしては大きく、剣にしては歪な形をしていた。刀身の部分が鍵の剣、が一番適した表現だろうか。
床に落ちていたソレを拾おうとしたイヴだったが──手を近づけた瞬間奇妙な事が起きる。ソレはまるで意志を持っているかの様にして彼の腕に突き刺さった。
「な、なに!?」
ブシュッと鮮血が舞い、痛みに顔を歪めるイヴだがさらに奇妙な事が起きる。突き刺さった鍵がそのままグイグイと彼の腕の中に……否、体の中に入っていく。
おかしい。この鍵は……普通じゃない!
そう判断したイヴは鍵を掴んで引き抜こうとし……。
「な……!? つ、掴めねぇ!?」
まるでそこに存在しないかの様にする抜けてしまう。さらに鍵はイヴの体に張り込んでいき、腕の中に入るとそのまま上へと昇っていき、そして――心臓に突き刺さった。
「――かふっ」
口から血を吹き出し、胸に走った激痛により倒れこむ。
痛みは永遠と続き、吐血も止まる気配はない。
(やべ、死ぬ)
痛みに悶えながらイヴは扉の奥を睨みつけ、
(あのチンピラ、次会ったら絶対――)
しかしその先の思考をする暇もなく、彼の意識は闇に堕ちた。
『――ん? 此処は何処だ?』
その場に聞いたことのない低い声を最後に耳にして――。
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