第2話『スラム街の悪ガキ、童〇勝手に奪われる』②

『しかし結局我らがこうなった原因が分からず仕舞いだな。可能性があるのは誰かの術式の効果だが……』

「(術式?)でも何だって俺が巻き込まれるんだ? お前は魔王とやらだから良いとして」

『嫌がらせだろうな。そもそもこの我をあの鍵に封印したのだから』

「……そういえば、お前って何であの鍵の中に居たの?」

『さぁな。正直我からすれば飯食って女を抱いて糞して寝たと思ったらこの様だ。起きた瞬間、長い間閉じ込められたと認識があり、自由に動かせる肉体に感謝の念を抱いた』


 結局何も分からないって事じゃないか、とイヴは肩を落とし――。


「……ちょっと待て。お前、俺の体を使ったの?」

『ああ、使ったぞ。貧相で軟弱な肉体だったが、そこそこ楽しませて貰った』

「……裏路地に居たから可笑しいと思ったけど、移動してたのはお前のせいか」


 いや、それは今は良い。良くないがそれよりも聞きたいことが彼にはあった。


「……俺が寝ている間、変なことはしていないよな?」

『特に妙な事はしていないぞ。ただ、そうだな……この三日間少し羽目を外し過ぎたかもな』

「何したの……?」

『特に特別な事はしておらん。ただ――』


 その先の魔王の言葉をイヴは聞く事ができなかった。いや、聞こえてはいるのだが、その余裕がなかったというべきか。

 それでも魔王がイヴの体を乗っ取って何をしていたのかを、彼は理解させられる。


「――見つけたぞ! 俺の飯返しやがれ!」

「てめぇ、俺の女と寝てただで済むと思うなよ!」

「今日こそは殺してやるぞクソガキ!」


『飯食って女抱いて糞して寝た。それだけだ』

「ふざけんなぁあああああ!!」


 襲い掛かるゴロツキ達から逃げながら、イヴは自分の中に居る魔王に向かって叫んだ。

 それと同時に強く思った。魔王コイツの事は嫌いじゃない。大っ嫌いだと。






「最悪だ……」


 何とか振り切ったイヴは、自分の意識が無い間に起きた出来事に対して大いにへこんだ。

 寝ている間に盗みを働き、さらに童貞を卒業してしまった事に。他にも何かしていないか気になるが、それ以上に聞くのが怖かった。

 ヘトヘトになった体を引き摺って帰路に着いていた。


『ふん。言い訳をする訳ではないが、あのゴロツキが持っていたのは不当に手に入れた食料だった。腹を満たしたらその辺の小童にくれてやった。そうしたら「お兄ちゃんいつもありがとう」と礼を述べていたぞ? 貴様にとってはいつも通りではないか』

「うるさい」

『女にしてもそうだ。向こうから迫って来たから受け入れてやったに過ぎん。確か太古の言葉には「据え膳食わぬは男の恥」というのがあるそうだ』

「マジでうるさい」

『にしても貴様の体は酒に弱いな。我が貴様の年の頃は浴びる様に飲んでいたというのに』

「うるさ……お前本当いろいろやってんな!?」


 酒、暴力、S〇X。

 この世の快楽のほとんどを満喫している魔王に、イヴは割と切れていた。特に女と寝たことが気に入らなかった。ちょっとその辺の記憶思い出せない? 先っちょだけでも良いから!

 しかし魔王は笑うだけでイヴに何も語らなかった。イイ性格している。


「明日からどうやって生きていけば……」

『有象無象など放っておけば良いものを』

「俺はお前ほど図太くない」


 そもそも人の体でここまで好き勝手するのは酷いとイヴは思った。

 これまでの言動から他人への思いやりに欠ける人物だとある程度察していたが……少しだけ配慮してくれる処はあるが。

 ともあれ、とんでもない奴と融合してしまったとため息を吐くイヴ。

 そんな彼の様子を煩わしいと思ったのか、魔王はイヴの体で好き勝手した理由を述べた。


『そもそも、我自身貴様が目覚めるとは思わなかったのだ。それに目覚めた所で体の主導権をこうも簡単に奪われると……』

「あん? 何言ってんだ?」


 主導権も何もこの体は自分の物なのだが? と怪訝な顔をするイヴ。

 そんな彼に対して『そうではない』と魔王は語る。


『魔王たる我が貴様みたいなクソガキに簡単に主導権を奪われる事が心外でならんのだ。察するにあの鍵に刻まれた術式が原因なんだろうが……』

「……? そうなのか?」

『ふん。知識のない人間には分からんだろうな。それともう一つ貴様が目覚めんと思った理由だが――』

「……ん?」


 魔王の言葉の途中で、イヴの鼻腔に血の匂いが入る。

 匂いの元は、自分の家。しかし荒らされた様子も争った形跡も見られない。

 ただひたすらに濃い血の匂いがする。

 警戒しながら家に入ると、そこにあったのは……。


「うわ、何だこれ……」


 床や壁、さらにベッドが赤黒く変色していた。

 この異臭と色から察するに、大量の血だとすぐに分かった。

 ……誰かが嫌がらせでここで人を殺したのか? イヴが顔を顰めて推察していると。


『これは全て貴様の血だ』

「……はい?」

『言いたいことは分かる。明らかに致死量の血だとな。だが、確かに我はこの目で……いや、この体で確認している』


 あの鍵に心臓を貫かれて気を失った後、イヴの体は魔王が支配した。

 しかし魔王が目を覚めると同時に、彼の体は大量の血を吐き出した。


『全く酷い目に合った。吐き終わった後は二日酔いの後に嘔吐した後のスッキリとした気分になれたが、すぐに異臭と我でもドン引きする光景で気分を害した』

「……」

『だから貴様が目を覚ました時、ちょっぴりと驚いた。これだけ吐血すれば普通の人間は死ぬからな』


 魔王の話を聞いて、改めて己の体を見るイヴ。

 一体全体自分の身に何が起きたのか……。

 頭を抱えてこれまで起きた出来事にパンクしそうになっているなか、ふと魔王が外の変化に気付いてイヴに問いかけた。


『時に小僧。貴様はこの辺のゴロツキに随分と人気だが、それ以外の存在からもそうなのか?』

「は? 何言っているんだよ」

『いや、何。どうも貴様はそういう星の元で生まれたのでは? と思ってな』


 魔王が何を言っているのか理解できず、問いかけようとして――世界が揺れた。


 馬鹿な、とイヴはあり得ない事態に恐怖する。

 この感覚は三年前に――あの時家族を失った時に味わった感覚だ。


『――小僧、表に出ていつでも逃げられるようにしておけ』


 魔王の忠告を聞くよりも早く家から出たイヴは空を見上げて、に見たその光景に言葉を失う。


 空に黒い穴が空き、そこから落ちるのは異形の怪物――使徒。

 本来なら白亜の壁の向こう側にしか現れない筈の使徒が、イヴの居るスラム街に堕ちて来た。


 ――運命が動き出す。


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