第10話『スラム街の悪ガキ、最強と出会う』


【ひとまず距離を取れ。術式の効果を把握できなければ死ぬだけだ】


 魔王の言葉に二人は後退して油断なく構える。

 初めの一撃による魔力の振動伝達と爆発。それも内側から破壊されており、途轍もなく不気味だった。その後もオーガは拳を振るい、波紋の様に魔力を流しては周囲を爆破させて瓦礫の山へと変えていった。

 一定以上の距離を取るとオーガは攻撃態勢を解き、二人をジッと見つめて待機状態に陥る。狙いを変えて人の居る場所に向かおうとしないのが幸いだった。

 二人はこの時間を使ってオーガに対する見解を口にし、対策を練り始める。


「魔力探知を使えばあの振動は見えるけど……」

「割とスピードがあるので、身体強化無しだと回避が容易ではないですね」

「魔力探知を使いながら身体強化の魔法を使えれば良いんだけど……」


 イヴが苦虫を嚙み潰したように言っている時点で察せるように、原則二つの魔法は併用できない。特にイヴは魔法に触れて日が浅い為それが顕著になって表れており、使用魔法の切り替えに慣れていない。

ユーリは魔錠シリンダーを使うことで身体強化の魔法と同じ効果を発揮する守護装束ガーディアンを発動させながら他の魔法を使用できる。しかし実力不足の為、身体強化の魔法を重ねて使用しないと回避し切れない。


「アイツ自身の速度は大した事ないんだがな」


 スピードはオークやミノタウロスと変わらない。キャスパリーグの足元にも及ばない。


「戦闘スタイルも似ていますが、やはり術式のせいで……」


 近距離だとそのまま爆破され、距離を取ると不可視の魔力振動が襲い掛かり接触すれば内部から爆破される可能性がある。

 尻込みしていては勝てないとイヴは突っ込みたがるが、それをユーリが制止していた。


「このままだと街の被害が」

「……こちらに応援に来る前にGUARDから連絡がありました。避難を優先して行っている、と」


 つまり戦闘が長引いて人的被害が広がる事は無い。

 二人がオーガをこの場に留めておけばの話だが。


【魔力に反応する爆発が奴の術式なのは理解しておるな?】

「流石に分かる」

「問題なのは……」

【ああ。奴の魔力だけなのか、我らの魔力にも反応するのか、だ】


 魔力を振動として空気中に伝達させてふれた物体に爆破させるというのは理解できた。

 ならば対処としてはこちらの魔力を当てて伝達を中断させるのが効果的だと普通なら考えるが――。


【見る限り、魔力量に応じて爆発の威力が上がっておる。そこに魔力をぶつけ、その魔力が加算されるとなると――】

「下手をすれば大爆発、ですか」

【それならまだ良い方だ。魔力が導線となって肉体を爆破される可能性がある】


 無いと言い切れないのが術式の怖い所だ。

 初見の術式を安易な推測で決めつけると手痛いしっぺ返しを喰らう事を魔王は身をもって知っていた。

 やぶれかぶれで賭けをするには手札が足りない。


『ちっ。四天王の誰か一人でも居ればやりようがあったのだがな』


 魔王は思わずかつての部下の存在を思い出し、ないものねだりをする。

 もしくは自分が完全復活していれば、己の術式によるゴリ押しで勝てるのだが――今のイヴの体と融合している状態では、そのゴリ押しは愚策だと魔王は判断する。


 つまり、イヴとユーリの力を使ってあのオーガを倒すための道筋を立てなくてはならない。


 ああ、それは何とも困難な道のりだろうか。

 かつて世界を統一する為に旅をした時を思い出す。

人智を超えた化け物の討伐。野盗の集団との死闘。襲い掛かる刺客の迎撃。

生きるのに必死だった頃に感じた――前に進む感覚。乗り越える実感。


 魔王は、己の力ではなく、このちっぽけな力でそれを成さなければならない。

 しかし――愉しいな、と彼は笑う。


【小僧。小娘。そろそろ攻略するぞ】

「ようやくか」

【なんだ? やはり我が手取り足取り教えてやらんとまともに戦えんか? 先ほどはあんなに見栄を張っておったのにな】

「ああん? 何だテメェ喧嘩売っているのか?」

「お二人とも。今はそこまでにしてください」


 いつものやり取りにユーリは呆れながら制止する。

 魔王はともかく、ユーリとイヴはあのオーガの前で雑談を交わせる程の余裕が無い。

 意識を逸らした瞬間爆殺される、そんな予感があった。


【フン。ひと先ずはあの術式の弱所を見つけるぞ】

「弱所……またか」

【ああ、また、だ。ありとあらゆる現象に弱所は存在する。術式も例外ではない】


 その為には先ず現状分かっている事を整理しないといけない。


①爆発する術式である。

②叩きつける行為により発動する。

③自分の足元を爆発させる近距離型と魔力による振動伝達による遠距離型がある。

④遠距離爆破は他者の魔力と反応するのか不明である。


「……何か分かるか?」

「いえ、とくには」

【二人揃って頭が固いな――現時点ですべきなのは奴の武器を奪う事だ】

「意味あるのか?」

【さぁな。しかし何もせず立ち尽くすよりは良かろう――小僧、お前が突っ込め。小娘は陽動だ】


 どちらも危険だが、二人はその指示に異議を唱える事無く頷いた。

 イヴは魔力強化を用いて回り込むようにして駆け、ユーリは真っ直ぐとオーガに向かって走り出した。

 射程範囲にユーリが入ったからか、それまで沈黙していたオーガはピクリと反応すると緩慢な動作で腕を振り上げて、勢いよく空気を叩きつけた。


【小娘。3つ数えた後に跳べ】


 魔王の指示に従いユーリは3つ数えてから跳び、着地して駆けると同時に背後で爆発が起きる。瓦礫を爆発させたのだろう。魔王の指示で回避したが、ユーリは全く魔力振動を知覚できなかった。

 かといって魔力探知を使っていれば避けれたかと言うと、回避し切れなかっただろうなと彼女は思う。

 特に――。


『グゥオオオオオ!!』


 この連続攻撃は。

 オーガは咆哮を上げて何度も地面を殴り始めた。おそらく魔力振動も複数放たれているだろう。

 それも先ほどのジャンプで回避できない様に角度が変えられている。

 畜生が工夫しおって、と魔王は少しイラっとした。


【2つ数えた後に右前方に転がり、その後は左に跳べ。その後すぐに前にダッシュし5つ数えた後に身を低くして滑り込め】


 ユーリが魔王の指示に従い魔力振動を回避しているなか、イヴはオーガの背後までたどり着いていた。

 ゲートは閉じている。故に気付かれていない。

 イヴは瓦礫の上を走りながら拳を握り締める。狙うのは――響門レゾナンスだ。


(気付かれていない――イケる!)


 最短で、真っすぐで、一直線に駆け抜けるイヴの足は止まらない。その速度は一般魔鍵師ウォーロックスミスが強化魔法を用いた際の動きと遜色のないスピードであった。故にオーガが接近に気付いた時には既に彼の拳が届く距離だった。


「――喰らえ!」


 ゲートを開くと同時に拳がオーガの持つ鉄の棍棒に激突する。

 しっかりと彼の魔力が全く同じタイミングで棍棒に衝突したのを感じ取れた――が。


『――いかん! 避けろ小僧!』

「え――」


 魔王が叫ぶが……遅かった。

 オーガの逆の拳がイヴの体に叩き込まれ、彼は空高く舞い、吹き飛ばされていく。


 不味い。


 爆破の術式が……来る。


 三人がイヴの肉体に訪れる悲惨な未来に覚悟を決める……が。


「……あれ?」


 イヴは不思議そうにしながらも身体強化の魔法を発動させて、ユーリの隣に着地した。

 痛みはある。しかしそれは殴られた時の物だけでそれ以外の痛みは、爆発四散したとかそういう痛みは無かった。


「……何とも、ないな」

「不発……?」


 イヴとユーリが揃って首を傾げつつも、しっかりとオーガの射程圏内から退避する中、魔王は相手の術式を分析していた。


 イヴの響門レゾナンスの不発の理由。

 爆破が起きなかった原因。

 術式の発動条件。

 これまでに起きた爆発の法則。


【なるほどな】


 思考を加速させた魔王の頭脳は、まるで初めから答えを知っているかのように正解に辿り着く。

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