第9話『スラム街の悪ガキ、無双の後新手と出会う』②


『ニャグオオオオオオオ!!』

「アレは戦闘タイプの」

「キャスパリーグですね」


 現在、イヴのゲートの開放率は5%。ユーリのゲートの開放率は10%。

 そしてキャスパリーグを倒すために推奨されるゲートの開放率は20%である。

 単純計算で二人の開放率を合わせても届いていない……が。


【またあの猫か】

「猫……?」

「魔王。今回は俺に指示は要らない。ユーリのサポートをしてくれ」


 イヴの言葉にユーリがギョッとする。

 彼がキャスパリーグに勝てたのは魔王の指示と響門レゾナンスによる底上げありきだと聞いていたからだ。

 故に今の申し出は無謀としか思えずユーリが抗議をするも……。


【貴様に言われるまでもない】

「え!?」

「じゃあ、先に行く」


 そう言ってイヴは身体強化の魔法を使いキャスパリーグに挑んでいく。

 ユーリはすぐに駆け出し、念話で繋がっている魔王にイヴを殺す気かと問い詰めた。


「何を考えているのですか!?」

【特に考えていないな】

「ふざけているのですか!?」


 魔王のあんまりな答えに思わず叫ぶユーリ。

 戦闘中の為、魔王は手短に彼女の疑問に答える事にした。


【小僧は今回で三度目の魔法戦闘だ】

「知っています」

【──小僧の戦いぶりを見てみろ】

「……え?」


 魔王に言われてよく見てみると──イヴの動きは先日の戦闘よりも洗練されていた。

 キャスパリーグとの戦闘が二度目とは思えない程に動きが慣れていた。


「あれは一体」

【小僧の持つ術式の副次効果か、もしくは才能か、はたまた別の理由かは知らんが──既に我の助言を必要としない程度には、奴はあの猫との戦いに順応している】

「……!」


 イヴは異常である。魔法に目覚めてすぐに魔力探知を覚え、魔力強化もあっという間に己の物にしてみせた。そして何よりも驚くべきはゲートの開放率と戦闘能力が比例していない事だ。

 本来魔鍵師ウォーロックスミスの戦闘能力は開放率によって決まる。それがこの世界の常識であり指針であった。しかしイヴはその常識に囚われず、低い開放率で本来格上である筈の使徒を倒している。


【尤も、あの猫は今の小僧ではちと手に余る。故に力を貸してやれ】

「……分かりました。が、今後はぜひとも相談して欲しいものです」


 ユーリは魔王の言葉を受けて理解をしつつも納得せず、しかししっかりと自分の仕事をこなすべく剣を携えてキャスパリーグへと斬り掛かった。


【回避されたら右に跳べ】


 ユーリは言われた通りに攻撃を回避された後右に跳ぶ。

 するとキャスパリーグは回避したその先でイヴに殴り飛ばされて、そのまま彼女の元へと吹き飛ばされていく。


【斬り上げろ】


 圧し潰されてしまうのではないか? その恐怖に一瞬指示に遅れて剣を振り上げ……いつの間にかキャスパリーグの隣に移動していたイヴが殴りつける事により、彼女の剣はキャスパリーグを斬り裂き、己はその巨体に潰される事は無かった。


【五回、キャスパリーグの右側の空間を好きなように斬りつけろ】


 ここまで来ればユーリは魔王の指示に疑いを持たなかった。自分が臆してワンテンポ動きが遅れるのを見越して指示を出す規格外だ。いや、それだけではない。

 恐らく好き勝手に動いているイヴの動きも計算に入れていると考えればどれだけ常識外れの事をしているのかを窺い知れる。


 ユーリは魔王の指示の通りに剣を五回振った。


 一度目は、イヴがキャスパリーグの尻尾を掴んで投げる際に剣が右前脚を斬り裂いた。


 二度目は、イヴが蹴りを入れた為に左脚を斬り落とした。


 三度目は右脚を、四度目は左前脚を、そして五度目は尾を斬り落とした。


『ギ、ギニャァ……』

「ふんっ」


 達磨状態になったキャスパリーグは斬り落とされた脚を再生しようとするも、その前にイヴに蹴り飛ばされて痛みに悶えた。

 ユールは初めてだった。使徒が可哀そうだと思ったのは。

 しかしそこはGUARDの魔鍵師ウォーロックスミス。使徒がこれまで人類に成してきた非道を思い出して、毅然とした態度でトドメを刺すべく剣に魔力を込めて……。


【む、いかん。戻れ小僧!】

「──っ」


 魔王の警告と蓋門がいもんからのは同時だった。

 黒い雷が堕ち大地を焦がす。ギリギリ回避したイヴは無事だったが問題はキャスパリーグの方だった。

 雷に打たれたキャスパリーグは、尋常ではない様子で苦しみ悶えて泣き叫んでいた。先ほどイヴが殲滅した使徒たちもあそこまでの悲鳴を上げていなかった。

 ただ一人魔王だけはあの雷の異質さを理解していた。


 アレは──命を冒涜する力だ。


「……何だ!?」


 空間が震える。使徒が送られてくる反応と同じだ。

 しかし空間の震える大きさが違う。まるで世界に歪みを与えるかのような。


『──』

「あれは……ミノタウロス?」


 蓋門がいもんから現れた使徒を見てユーリが呟くが、すぐに違うと思い直す。

 ミノタウロスにしては魔力の質が禍々しい。そして何より全身が真っ赤に変色しており、その異質さに冷や汗が垂れる。

 現れた異質なミノタウロスは、イヴ達に意識を向ける事無く雷で悶え苦しむキャスパリーグの傍まで来ると──口を大きく開けて喰らい付いた。


「共食いしてやがる……」

「うっ」


 ぶち、ぐちゃりと不快な音を立ててミノタウロスはキャスパリーグを食った。その間キャスパリーグはやめてくれ、と。助けてくれ、と泣き叫びながら逃げようとするがミノタウロスに掴まれてそれも敵わず、生きたまま喰われ尽くした。

 最後の肉片をゴクリと飲み込んだミノタウロスだが──変化はすぐに起きた。


 肉体はより赤く、より筋肉質に。

 顔は獣から人の物へ、しかし途轍もなく凶悪なものへ。

 頭に生えていた角はより禍々しく変化し。

 手に持っていた棍棒は鉄の棍棒へと変わり、地面に叩きつけるだけで振動が起きる程に強化される。


 もはやミノタウロスではない。


「あんな使徒見たことありませんっ!」

「何だあれは」

『新型の使徒という奴か』


 その使徒の名は、後日こう名付けられる。


 オーガ、と。


『──』

【っ! 飛べぃ! 小僧! 小娘!】

「「っ!」」


 魔王の言葉に二人は限界まで魔力を使ってジャンプした。少ない言葉で魔王の意図を察したのは先ほどの戦闘で彼の指示を理解できる下地ができていた、というのもあるがそれ以上に──本能が喰らったらヤバイと理解していたからだ。

 オーガの振りぬいた拳が空気に打ち付けられると、空間が歪み、まるで大海が波打つかのように揺れた。その振動は魔力を帯びて広がっていき──それに触れた家屋は自壊するかのように爆発した。


「何だあれは!?」

【──術式だ。おそらく爆発するタイプ!】

「術式!? 使徒が!?」


 魔王の言葉にユーリはあり得ないと耳を疑った。

 キャスパリーグの様に術式を付与されているのなら理解できる。

 術式は人間しか持ちえない筈の魔法故に。しかし使徒が、作られた存在である使徒が使などあり得ない。

 あり得ない、筈なのに──。


【──来るぞ!】

「「っ!」」


 魔王の叫び声が響くと同時に、二人の元へ跳んだオーガが鉄の棍棒を振り下ろす。

 二人が後ろに下がって避けて──次の瞬間、地面が爆発した。

 込められた魔力が大きかったのか、イヴ達は爆風に肌を焼かれて吹き飛ばされる。


 強い。


 これまで戦ってきた使徒と一線を画す脅威に、二人の背に冷たい物が走った。


【術式の発動のトリガーが何かはまだ分からん。だが、奴の魔力に触れるな!】

「簡単に言ってくれる!」

【できなければ死だ】


 魔王は内心舌打ちをした。イヴはまだ術式持ちと戦うには時期が早い。ユーリも力不足だ。

 このままだと負ける。すなわち死だ。


【小僧、小娘。全てを出し切るつもりで居ろ──来るぞ!】

「ああ!」

「委細承知!」


 死闘が始まる。

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