第4話『スラム街の悪ガキ、婚約者ができる』①
入隊式前日、イヴはユーリから説明を受けていた。
彼女が言うにはGUARDに入っても直ぐに使徒と戦える訳では無く、先ずは訓練生として学んで行かないといけないらしい。
本来なら入隊前に色々と説明を受けるのだが、イヴは特例の為その辺りの事が疎かになっていた。
「何でそんな面倒な事を……」
使徒や裏切り者と戦うだけだと思っていたイヴは嫌そうな顔をする。
しかしレインの一存で正隊員に無理矢理昇格してしまうと他の隊員達から反感を食らってしまうだとか。
『丁度良いでは無いか。スラム街生活で学が無い貴様は思う存分と学ぶと良い』
「他人事だと思って……」
『ふん。無知である事の罪深さを知ったのでは無かったのか?』
「ぐっ……」
正論パンチで殴られたイヴに反論などできる筈もなく、彼は渋々GUARDの規則に従う事にした。
「早ければ7日で正隊員になれます。最もそれは
「
その
「
「はい。明日の入隊式に赴く人物です」
そしてこの二人一組の制度にはとある目的があるのだが、ユーリはイヴの性格を顧みて今は伝えるべきでは無いと判断する。
その他にも入隊式後の訓練の日程やどうすれば正隊員になれるのかについて簡単に説明をし──次の日、イヴは入隊式に参加した。
入隊式は割と直ぐに終わった。支部にある大きな部屋に集められ、隊長であるレインから昨日ユーリに聞かされた内容と同じ事を言われて、最後に彼女の激励の挨拶で締められる。
『あの小娘、割と魔性の女なのか……?』
イヴの中で全てを見ていた魔王は少しだけ戦慄していた。
レインは伝達事項を伝える時は真面目な顔をしていたのだが、それが終わるとびっきりの笑顔を浮かべて。
「この支部を選んでくれてありがとう! 私君達が来てくれて凄く嬉しい! これからよろしね!」
心の底からそう言っているのが伝わったのか、彼女の笑顔と心にノックアウトした異性が多過ぎた。全員顔を赤らめて「かわいい」「すき」「結婚しよ」と一目惚れしていた。初恋キラーかな? と魔王はこの支部の隊長にちょっぴり畏怖した。
「結婚しよ」
『馬鹿な事を言ってないで、さっさと
入隊式時に配られた
魔力を込めると一筋の光が伸びてそちらに視線を向ける。
「きゃっ! 何これ!?」
そこには、自分の
オレンジ色の髪はウェーブが掛かったセミショートに、左側を一房髪留めで纏めており、瞳は光の様に輝いている金色だった。顔立ちも明るく驚いた表情も可愛らしい。ユーリと同年代くらいの少女で、イヴは今からあの女の子に話しかけないといけないのかと軽く絶望した。
「あ、これって確か……つまりこの光の先に──」
そして彼女もまた説明を受けていたのだろう。直ぐに落ち着いた少女は光の先にいるイヴを見つけた。
「あなたね!」
「──」
シュバッとまるで瞬間移動するかの様にイヴの前に立つ女の子。
対してイヴはカチカチに固まっていた。元々異性が苦手な性格である。ユーリは大人しい性格かつ彼の人間性を理解してイヴに合わせてくれた為に、割と直ぐに打ち解けた。
しかし、この少女は違う。イヴの本能が訴えかけていた。
まるで光の様に照らす彼女のオーラは、イヴの捻くれて擦れたスラム街育ちの心を抹消させかね無い程の威力があった。
「初めまして私の名前はシャルロット! 気軽にシャルって呼んでね!」
「あっ、はい。初めまして。俺はイヴと言います。……っす」
「イヴくんって言うのね! ……ふーん」
彼女はイヴの周囲を歩き、彼の体をジロジロと観察する。
え? なになになになに? 何事?
怖くなったイヴらさらにカチカチになり、そしてシャルロットはそんな彼に気づく事なく前に戻るとグッと親指を立てた拳を突き出した。
「ごーっかく! 貴方なら良いわ!」
「……へぁ?」
「あ、でも心に決めた人は既に居るから、その辺りは理解してくれると助かるわ──何はともあれよろしくね!」
言うだけ言ってシャルロットは「バイバーイ」と手を振りながらこの場を走り去って行った。他に用事があるのだろう。忙しない様子だった。
何だったんだろう今のは……と混乱しているイヴに、魔王がさらなる情報という名の爆弾を落とした。
それは、夜間コッソリとユーリに聞いた
『どうやらあの姦しい女子が、貴様の番らしいな』
「……つがい?」
『うむ。正隊員になる為のバディとしての側面以外にも、ゆくゆくは子を成す為の相手としてGUARDが選んだそうだ』
つまり先ほどのシャルロットの言葉は言い換えると「あなた気に入ったわ!将来私をファ◯クして良いわよ!」と言う意味となる。
絶滅一歩手前で
『良かったな小僧。婚約者ができて』
「こん……やくしゃ……? えぇ……」
何処か虚な瞳でイヴは無意識に自分の部屋に向かう為、フラフラと歩きだす。
「イヴ、お疲れ様で……どうかなさいましたか?」
【放っておけ。
「ああ、なるほど……」
ユーリは魔王の言葉を聞いて納得したのか、呆然として危うい歩行所帯のイヴの手を引いて部屋へと連れていく事にした。入隊式が終わった後に他にも此処での暮らしについて色々と教えようと思っていたのだが今日は辞める事にしたらしい。気遣いの出来る女ユーリ。
【そういえば貴様にも将来を誓い合った相手は居るのか?】
「何処か含みのある言い方ですね。ええ、居ますよ。北支部に」
【む? 此処にはおらんのか?】
「はい。私は元々北支部の隊員でしたので」
今は南支部に転属しているだけで、彼女が入隊したのは別の場所との事。
【そうか。小僧が聞いたら卒倒しそうだな】
「……あの、今の発言は聞かなかった事にした方がよろしいでしょうか?」
魔王の今の言葉は、まるでイヴがユーリに気がある様な言い方で……個人の想いを勝手に聞いて良いのだろうかと彼女は困った顔をした。
【少なからず好意を持っているが、まだそこまで行っておらんな。ただコヤツは童貞だからな。仲の良い異性に良い人が居ると知れば……泣く】
「泣くのですか……」
【童貞というのはそういうものだ。ちょっと優しくされただけで惚れた腫れたと騒ぐ単純な生き物よ】
「なるほど。かつての魔王もそうだったと」
【戯言を。我は生まれながらにして超越している存在。ババァから赤子まで魅了しておったわ】
「それはそれで気味が悪いですね……」
本当か嘘か判断の難しい魔王の言葉にため息を吐きながら、彼女はイヴの手を引き続けながら歩みを止めない。
そんな彼女に魔王はニヤニヤしながら尋ねる。
【そういう貴様はどうなのだ?】
「どうとは?」
【いやなに。死線を共に潜り抜けた者同士、通じ合うナニカがあるのでは無いかと思ってな? もし、小僧と婚約者の間で揺れ動いていたらと思うと……フッフッフッ】
「趣味が悪いですね……」
【大人の熟れた果実も良いが、甘酸っぱいガキの果実も偶には良かろうと思って、な】
「訳の分からない事を」
知らないと無視しても良いが、この魔王相手では分が悪い。
ならばさっさと本音を言って黙らせようと彼女は本音を述べる。
「好ましい殿方だと思っております。良くも悪くも純粋で本人は否定すると思いますがお人好し。多くの人が好意を抱くと思います」
【貴様もその一人に過ぎない。そう言いたいのだな?】
「ええ、そうです。上に命じられれば彼の子を孕んでも良い、と思う程度には」
【……つまらん。中身のない木の実を食った気分だ】
生存を優先している為、繁殖行為は推奨されている様だが……どうやら恋愛を楽しむ余裕は与えられていないらしい。それが魔王的には面白く無いみたいで、若干拗ねた様に吐き捨てた。
ユーリからすれば求められたままに本音を語った為、つまらないと言われても困るのだが……。
【まぁ良い。時間が経てばまた変わるだろう】
「そうですか」
【……そういえば貴様は小僧の教育係であったな】
「はい、その様に任命されました」
【つまり小僧の
「……」
【クックック。略奪愛も我は好きだぞ?】
「黙りなさい」
わりと本気でユーリは魔王に対してイラッとした。
というか、雑談するくらいならイヴの体を乗っ取って動いて欲しいと考えて……スラム街にいた頃の所業を思い出してこのままが良いかと考え直した。
【しかしどちらも器量良しときた。小僧にはちと勿体無い花だな】
「何を言っているか分かりませんが口を閉じてくださいセクハラ魔王」
【クックック。普段済ました顔してなかなかどうして。愛い所もあるでは無いか】
魔王のセクハラは彼女がイヴを部屋に届けるまで続いた。
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