第4話『スラム街の悪ガキ、婚約者ができる』②
「昨日の記憶が曖昧だ」
「しっかりしてください……」
朝食の時間となり、食堂にやって来たユーリとイヴ。
入隊式後に出会ったシャルロットなる者との出会い、そして明かされた己との関係性にキャパを超えてしまったイヴは記憶障害を起こしていた。そんな彼にユーリは呆れたように返す。
色恋沙汰に弱いのは環境のせいだろうか? しかし魔王が言うには娯楽がないので性行為が何処か娯楽として見られている、と聞いてもいないのに話して来たのを彼女は思い出した。どうやらイヴ以外の同年代の少年少女はヤっている事はヤっているらしく、風紀が乱れているスラム街を少し怖いと感じた。
その点で言うとイヴは安心できる。それを聞いたら彼は泣くのだろうが。
「……美味いっ」
「……」
「……ん? どうしたユーリ? 食わないのか?」
「いえ……」
先日までこの食堂で食事をする事に対して気が咎めていた様だが、魔王に。
『享受する立場に居ながらそれを拒むのは愚か者のする事だ。それでも嫌だと言うのなら戦うのを辞めてスラム街に戻れ』
と叱咤されてからは素直に食事を摂る様になった。
その際に本当に美味しそうに食べる姿が、ユーリには何故か年齢不相応に幼い子どもに見えて心が温かくなり、要するに可愛らしく感じた。
昨日言ったようにイヴは純粋だ。だからスラム街の爛れた風習に吞まれたなかった事実に彼女は奇跡だと感じ、それを簡単にぶち壊した魔王に殺意を覚えている。
「そのままのイヴで居てくださいね」
「な、なんだよ……」
ユーリの生暖かい視線に動揺するも、その理由に気付けないイヴ。
まるで姉と弟だなと魔王は笑った。どちらも肉体年齢15歳で同い年だが。
「あっ! イヴくん居た!」
そんな二人の食事風景に一人の少女が乱入する。
イヴは彼女の声を聞いてドキリと心臓を鳴らせて、そちらを見る。そこにはこちらを見て目を爛々と輝かせているシャルロットが居た。
彼女は自分の朝食が乗ったトレイを持っており、これから食事をするつもりだったのだろう。シャルはイヴ達のテーブルまで来ると目の前に座った。
「相席良いかしら? ありがとう!」
「まだ返事していない!」
かなり強引な人だな、と翻弄されているイヴとパンを食べて笑みを浮かべているシャルロットを見てユーリは思った。正直彼女もあまり得意ではないタイプの人間だ。これまでの生活でシャルロットの様な人間とは交流が無かった為に。
ふとシャルロットは、ユーリの存在に気が付いたのか不思議そうに彼女を見る。
「貴女は?」
「初めまして。イヴの教育係を任命されているユーリと申します。以後お見知りおきを」
「ユーリちゃんね? 私はシャルロット! シャルって呼んで欲しいわ」
「ええ、よろしくお願いしますシャル」
ユーリの反応が嬉しかったのか、シャルはさらに笑顔を輝かせる。
「よろしく! それにしてもイヴくんも隅に置けないわね! こんな可愛らしい女の子とお知り合いだなんて!」
「あっ、はい」
「もう硬いわねイヴくん……あまり女の子に慣れていない感じ?」
「その通りです」
「ユーリ!?」
「貴女と出会った後に
「やめてくれ!」
ユーリに己の痴態を赤裸々に語られたイヴが絶叫し、顔を真っ赤にさせた。どうやら本当は覚えていたらしい。
対してシャルロットはその話を聞かされてポカンッと驚きつつ茫然とし、しかしすぐに面白そうに笑った。同時に自分の事を異性として意識しているイヴが可愛いと思った。
「イヴくん。私、貴方が
「ぁぅ……」
「イザベラ副隊長と出会う前だったら、本気で惚れていたかもしれないわねっ」
彼女の言葉にユーリは聞き返した。
「イザベラ副隊長とお知り合いなのですか?」
「いいえ? ただこっちが一方的に知っているだけなの。イザベラ副隊長って凄くカッコいいじゃない? 私昔からファンで入隊した後にすぐにファンクラブに入ったわ!」
「なるほど……つまりあの人に憧れてGUARDに入ったと」
イザベラに憧れて入隊をする者は多い。特にファンクラブに入っている者は彼女に助けられた経歴を持つ者が多く、その事について語り合っている姿は一種の談合である。
ユーリは目の前の少女はその口だろうと予想した。
「……いいえ、違うわ」
しかしシャルロットはそれを否定する。
「3年前の事件の時にね、私死にそうだったの」
彼女の心の奥底に刻まれたのは、名も知らぬ……そして何故か思い出せないひとりのヒーローの姿。
「でもね、その時に私と同じ年くらいの
まるで恋する相手を想う様に語るその姿は、これまで以上に輝いて見えた。
「何処に所属しているのか分からないし、まだ生きているのか分からないけど……いつか会いたいって思っているの。そしてね、その時にあの人の様な立派な
それがシャルロットがGUARDに入隊した一番の理由。
「他の人と比べて不純な理由よね……軽蔑した?」
「いえ。大変素晴らしい理由だと思います」
ふわりとユーリは微笑んで彼女の想いを肯定する。
「憧れた人に追いつきたいという気持ちは大変尊いものだと思います。私個人としてはこの先その想いを忘れずに居て欲しくあり、できれば……お手伝いしたいと思います」
「ユーリちゃん……!」
「未熟な身ですが助力は惜しません」
「~~~っ! ありがとう! 大好き!」
感極まったのかシャルロットはユーリに飛びついて抱き締めた。
危ないと慌てつつもシャルロットを受け止め、ユーリは今度はイヴに視線を向ける。
「イヴ。その……」
「……そんな目をしなくても大丈夫だって」
ユーリは少し心配していた。スラム街出身のイヴにとって、シャルロットの入隊動機は好ましくないのでは? と思ったからだ。しかし彼女の予想に反してイヴは特に嫌悪感を抱いている様には見えない。
これはもしや……。
「シャルロット……」
「シャルって呼んで!」
「……シャルの容姿が可憐で、それに惹かれたのですか?」
「何言ってんの?」
「お母さんとお父さんに感謝しないとね!」
「アンタは根が図太いな……」
謂れのない風評被害に曝されそうになったイヴはすぐに弁明をした。
「やる気あるのなら俺は気にしないってだけだ。俺一人で正隊員になれる訳じゃないし」
「では仕方ないという事ですか? 本心は別にある、と」
「……そうは言っていない。ただ――」
誰かに憧れて、いつか自分もそうなりたいという真っ直ぐな気持ちは――つい最近自分も芽生え始めた感情だから……シャルロットの事を否定できないし、する気もなかった。
イヴの場合は素直に口をすればいつもの様に馬鹿にされる為言わないが。
それでも、イヴはシャルロットを尊重するだけの心の余裕がある。スラム街に居た頃は無かったものだ。
「立派な
「っ~~~、ありがとう! こんな素晴らしい二人に出会えるなんて今日は良い日だわ!」
そう言ってシャルはイヴにも抱き着き。
「キュウ……」
「あら……? 本当に異性に耐性ないのね」
「それが彼の長所であり短所ですよ」
イヴは午前の座学講義が始まる5分前まで気絶した。
『……ふん』
それを魔王は静かに見守っていた。
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