第5話『スラム街の悪ガキ、誇りを傷付けられ激怒する』


 正隊員になる為には二つの条件を満たす必要がある。

 一つは7日に一度実施される試験を合格する事。入隊した訓練生は5日間の午前中は魔法理論や歴史、使徒の種類や攻略方法を講義で学ぶ事になっている。

 内容は簡略化されており、学の無い者でも直ぐに覚えられる。5日間の講義の翌日に試験があり、それに合格すれば正隊員になる為の資格を半分獲得する事が可能だ。

 合格基準に満たせず失格となっても7日後に試験を受ける事は可能で、その間の講義を受ける事も可能だ。

 また、さらにその先を求める者は図書室と呼ばれる場所に本があり、それを参考に知識を深める者は一定数居る。


 正隊員になるもう一つの条件はポイントを相方と一緒に一万ポイント貯める事である。

 訓練生用魔錠シリンダーには保有者のポイントを計測するシステムが組み込まれており、このポイントは午後の実技訓練に参加する事で得られる。

 訓練内容は5日間それぞれで異なり、その種類を顧みて参加するか否かを選ぶ事が可能だ。


 訓練内容は、


 ①使徒殲滅速度測定訓練。

 ②民間人救助、避難誘導訓練。

 ③索敵訓練

 ④隠密訓練

 ⑤拠点防衛訓練


 となっており、参加者の成績の順位により得られるポイントが変わる。1位が20ポイント、2位が19ポイント……との様に。


 他にも一つポイントを稼ぐ方法があるがそれは後ほど。


 早い者は僅か7日で正隊員になり、その者は歴代に名を残す魔鍵師ウォーロックスミスとなる者が多い。


 さて、魔王という謎の存在を保有し魔鍵師ウォーロックスミスに目覚めて直ぐに使徒と戦闘し打ち勝ったイヴはというと──。


「落ちた……」


 座学で頓挫していた。試験日の次の日は休日かつ合格発表日であり、イヴは見事試験に落ちた。なおシャルロットは普通に通過したので完全にイヴが足を引っ張っている。


「大丈夫よ! 7日後まで頑張れば合格できるわよ!」

「シャル。根拠の無い慰めは時に人を傷付けるのです」

「ユーリちゃんは諦めないで! 教育係でしょ!?」


 食堂の空いたスペースに、撃沈しているイヴと座学成績優秀者シャルロット最速で正隊員になった者ユーリが居た。

 スラム街出身のイヴにとって午前の座学は荷が重かったらしく、正直内容の殆どを覚えていなかった。特に文字を書くのが苦手で、正解を書こうにも書けない問題が発生していた。

 その辺りはシャルロットとユーリが付きっきりで教える事で何とかするとして、問題は彼の頭の中の許容量である。


「1+1は?」

「にぼし」

「ダメだわ……」

「ダメですね……」


 キャパオーバーを起こす時思考回路が破壊され、単純な計算もできなくなる。やばい。

 試験内容の答えを詰め込もうにもご丁寧に毎回問題が変えられている。それでも大体普通なら二週目三週目で合格できるのだが……今のイヴを見ると何時合格できるのか展望が見えなかった。


「そもそも保護区出身者がGUARDに入る事自体稀ですしね」


 魔鍵師ウォーロックスミスに覚醒するのは殆どが都出身の者、つまりGUARD所属の者の血縁者がであり、ある程度の知識は親や施設で得ている。シャルロットやユーリがそれに該当する。


「それに……午後の実技についてはお二人とも成績が良いとは言えません」

「ぐっ!?」

「ぐはっ!?」


 ユーリの言葉の矢に貫かれる二人。この7日間で親交を深めた故に遠慮は全く無かった。


 ①使徒殲滅速度測定訓練。イヴ1位。シャルロット23位。

 ②民間人救助、避難誘導訓練。イヴ32位。シャルロット31位。

 ③索敵訓練。イヴ11位。シャルロット32位。

 ④隠密訓練。イヴ12位。シャルロット20位。

 ⑤拠点防衛訓練。イヴ9位。シャルロット18位。


 以上が彼らの成績である。これは酷い。

 特にシャルロットは戦闘が苦手なのが顕著に出ており、索敵訓練では最下位になってしまっている。ゲートの開放率は15%と高いのだが、本人の気質が問題なのだろう。教官は時間が解決すると思っているようで問題視していないが。


 問題はイヴである。座学も実技もできないとなると正隊員になる道は遠い。

 そもそも何故此処まで散々なのか――それは魔王が全く力を貸さないからである。

 正隊員になるまでの道筋を聞いたイヴは当初。


「なるほど。だったら7日で正隊員になれるな!」


 豪語しており、それに乗っかる形で魔王が。


『貴様では無理だろう。我手伝わないし』

「はぁ? やってみないと分からねーだろうが。それに俺もお前の力借りるつもりは無いぞ?」

『学もない。戦闘経験も浅い。ないないづくしの貴様が我の力なしで? フフフ……丁度良い機会だ。その伸びに伸びた鼻っ面折られて、我の力の有難さを噛み締めるが良い』

「言ってろ。お前こそ俺の事見くびり過ぎだって思い知らせてやる」


 ――そして、結果は御覧の有様である。


『おい小僧。今どんな気分だ? あれだけデカい口を叩きながら、この様な醜態を晒した気分はどうだ? フッフッフッ……確か? 見くびり過ぎ? だったか? ン? おい小僧。もう一度言ってみよ。今なら我を見上げての発言許してやるぞ? 鼻っ面折られたクソガキの面を、よくよく見ておきたいからなぁ?』

「っ! っ! っ!」

「ど、どうしたのイヴくん!? そんなに顔を真っ赤にさせて! それに、凄い表情になっている!? だ、大丈夫よ? これから一緒に頑張りましょう! 勉強の休憩の合間に強くなりましょ?」


 魔王の事を知らないシャルロットは、突然イヴが奇行を始めたようにしか見えずに慌てて宥めようとする。

 反対にユーリはイヴの反応から、魔王が物凄く気持ちよく煽り散らしているんだろうなと予想し、大正解だった。


「(シャルが近くに居る時は控えて欲しいんですけどね)とにかく、お二人とも正隊員になる為には課題がある事がよく分かりました。今後はその点を留意しつつ訓練に励み、知識を深め、試験に挑んでください」


 ユーリの言葉に二人は返事をした。イヴは元気なかったが。

 よっぽど自信があったのだろう。何処か他の新入隊員と自分は違うと考えていたのかもしれない。おそらく魔王はその辺りを察して、今回の様に盛大に恥をかかせた。

 ……ただ煽りたかった可能性もあるが。

 とにかく、イヴは良い経験をしたと言える。正隊員になるまでにはまだまだ学ぶことがたくさんあるという事を理解しただろう。特に座学方面を。

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