第8話『スラム街の悪ガキ、悪評がバレる』②
「ここは、スラム街と都の境い目?」
二人がやって来たのはイヴの言う通り貧富の境界線ともいうべき場所だった。
片方を見れば綺麗な服を着た住民が時折こちらを鬱陶しそうにこちらを見下し、もう片方を見れば陰に潜む荒くれ者が卑下した目でこちらを見上げている。
あまり長居をしたいと思えない場所だった。
何故こんな所に来たのだとユーリに目で訴えかければ彼女は答えた。
「先日起きた2件のエリア外
「なるほど、だから此処に」
納得したイヴは都の方へと顔を向けて、次に白亜の壁を見上げる。本来ならあの壁の向こうに現れる筈の使徒がどうしてこっちに……。
その理由を探る為にユーリに協力し此処に来た訳だが……イヴは原因が分かりそうになかった。
「見てあれスラム街のガキよ」
「やぁねぇ。もっと向こうに引っ込んでおけば良いのに」
「……」
顔を顰めてそんな事を言うのは都に住んでいる者たち。
イラっとイヴが思わず睨み付けると、陰口を叩いていた者たちはそそくさと立ち去ってしまった。
「自分は魔法を使えない癖に……」
『少し前の貴様と同じだな』
「ぐっ……」
『力に溺れるなよ小僧』
かなり痛いところを突く発言に胸を抑えるイヴ。
先ほどのイヴの発言は、イヴが忌み嫌っている者の発言と同じだからだ。
強き者が弱き者を見下す行為。それを魔法を使えるからとイヴは無意識に行っていた。
故に魔王の刺した釘は深々と貫かれた。
「……すみません」
「いや、お前が謝る事じゃないだろう」
少ない時間だが、ユーリが都に住む人間とは違う事をイヴは理解している。だから彼女がスラム街の人間に対して見下していないと。彼女が謝る必要がないと思っていた。
いや、もしかしたら。
自分のGUARDに対する認識も間違っていたのかもしれない――そこまで考えて急いで答えを出すのをやめた。
選択をするのは、もう少し後からで良い。
「おいおい。あのイヴがウォーロックに尻尾振ってるぜ」
「次はあの女をヤリ捨てるのか?」
「殺すぞ貴様ら!」
次はスラム街の方から嘲笑の声がした。こちらは思いっきり叫んで早急に追い払った。聞き捨てならない事とユーリに聞かれたくない単語を吐かれたからだ。
しかし既に遅く、嗤いながら去っていくチンピラ達を睨みつけるイヴの背中に視線が突き刺さる。
「あまり心良く思われていないようですね。あの様な根も葉もない事を言われる程度には」
「あー、その、うんまぁ……」
【根も葉もないとはちと違うな】
「……そうなのですか?」
「ちょ、おま?」
ユーリも女性なのか、少しだけイヴを見る目が冷たくなって心なしか距離を取られる。
イヴの心に罅が入った。というより砕けそう。
というよりも、彼にとっては冤罪も良いところなのでしっかりと抗議する。
「俺はヤってねぇ! というより覚えていないんだよ!」
「……」
【ヤっている男が良く使う言い訳で、我、草生える】
「いい加減にしろよテメェ! あの、ユーリさん? これにはかなり複雑な理由があってですね……」
さらに距離を取るユーリと煽って来る魔王に怒るイヴ。
彼が弁明しようと一歩前に出ると同時に、彼の耳にヒソヒソと都とスラム街から囁き声が聞こえた。
さて、魔王の声が聞こえないイヴとユーリのやり取りだが、傍から見ると痴話喧嘩にしか見えない訳で……。
さらにイヴは女遊びを諫められて逆切れしている様にしか見えず、周囲のイヴに対する視線は冷たかった。特に女性からは。
「……移動、しましょうか」
「ぅおう、えぐ、あぐ、うおうあう」
状況を理解したユーリの提案にイヴは泣きながら従った。
彼らが立ち去るまで周囲の視線はイヴをずっと刺し続けた。
「最低ですねイーヴァルディ」
【許せ。男の愉しみと言ったらそれくらいしかないのでな】
「訂正します。最悪ですね」
魔王の存在を知らない人にとってはイヴは噂の悪評は間違いではなく、さらに否定しようにもイヴの体がヤっちゃているので撤回することができない。
「もっと言ってくれユーリ……この腐れ魔王にさ」
【フン。まぁ勝手に女と寝た事を攻められるのは仕方がない。だが小僧。貴様の怒りはそれだけではないだろう】
「……!」
「どういう事ですか?」
首を傾げて尋ねると、イヴはギクリと体を跳ねさせて、魔王は笑いながら答える。
【コイツが最も気に入らないのはその時の記憶、感触、快感を覚えていないからだ】
「え……」
【そうだな。過去の言葉でこのような言葉がある。むっつりスケベ、というのがな】
「ちが、おれは! ただそんな不誠実な事をしたくなくて!」
【そうやって人聞きの良い建前を立てるのも、らしくて笑えるな】
「……」
「あの、ユーリさん!?」
誤解は解けたが結局ユーリの冷たい視線は二人に向けられ続けて、イヴは大いにへこんだ。魔王は終始笑っていたが。
それはともかくとして。
【――ふむ。やはりそうか】
「何がですか?」
突如魔王の意識が白亜の壁の向こう側に向けられる。そして納得の声を出し、ユーリは目ざとく尋ねる。
【小僧が落ち込んでいる間、暇だったので魔力探知を広く深く張り巡らせておいた。その甲斐もあって漸く見つけたぞ】
「本当ですか……!?」
「え? なに? 何事?」
都とスラム街の境界線上には何も無かった。魔力によるマーキングがあれば魔王の魔力探知で容易に見つけられるし、おそらくGUARDの設備なら同様だ。
ならば魔力ではない何かがマーキングに使われている。
そしてそれを探すには時間も人員も足りない。何せそのナニカが分からないからだ。
【都とスラム街の境界線に
「射程、ですか」
【ああ、そうだ。誘導範囲に発生した蓋門をエリア外に移すための、な】
魔王のその言葉と同時に、白亜の壁内にて一瞬
空間が、世界が揺れて、そこから多くの使徒が現れる。
「出てきやがった……!」
「しかしそうなると、どうやって対処すれば……」
【……今その方法を語るつもりは無い。とりあえず今は使徒とやらの殲滅が先だ】
魔王の言葉に二人はそれぞれ戦闘態勢に入る。
イヴの体に魔力が巡り、ユーリは
そんな二人に対し、魔王は一つ忠告する。
【先に言っておくが、今回の戦闘はこれまでのソレとはレベルが違うと心しておけ】
「あん? 何でだ?」
【簡単な事だ。敵は二度も目的を失敗している――そろそろ焦れてくる頃合いだ】
手札を切って来るなら今だろうな、と魔王が言うと二人は警戒心を最大限にし使徒に向かって駆けた。
「――レインちゃん」
『焦らないでローリンちゃん。今イザベラが向かっているから――それまでは予定通りに泳がせておくよ? 良い?』
「……うん」
通信越しに聞こえる少女の指令に頷き、イヴたちを一度目の蓋門が開いた時から見張っていた
【……フン】
ただ一人、気付いている規格外の存在を知らずに。
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