第8話『スラム街の悪ガキ、悪評がバレる』①

GUARDは何か目星が付いているのか? 今回の事」

「そうですね……」


 ユーリの要請に応えて今回の事件に関与することを決めたイヴ。

 その前に気になった事を尋ねた。

 GUARDが嫌いだから無能だと断じるほどイヴは愚かではない。故にGUARDも何かしらの予測、対処をしていると判断した。


「結論から言うと3年前の手口とは違うと判断しております」


 3年前に起きたエリア外蓋門がいもん事件では、アルミラージという長い耳と一本角が特徴的な小動物の姿をした使徒が起こしたと言われている。あの事件ではたくさんの人が死に、たくさんの人が攫われ、たくさんの大切な人が失われた。

 GUARDとしてもあの一件は今後起こしたくない悲劇だと認識している様で、その対策を完璧に講じている……のだが。

 今回の様に再びエリア外蓋門がいもん事件が起きており、早急に解決したいのが心情だ。


「3年前と同じ方法ならすぐに対応できるのですが……」

「方法が違うから困っている、と」

「はい。お恥ずかしい限りです」


 3年前は使徒をマーキングにしてあちら側とこちら側の世界を直接繋げて蓋門がいもんを作り、大量の使徒を送り込んで来ていた。とデータにある。

 しかし今回は使徒の魔力反応が見つからず、まるでエリア内に開くようにして蓋門がいもんが発生している。


『大方、GUARDの所有する誘導装置とやらを無視できる術式か何かが使われているのだろう』

「なるほど……」


 そしてその下手人はおそらくGUARD内に潜伏していると思われる裏切り者である可能性が高い。GUARDに所属すれば誘導装置のノウハウを理解してそこから対策を講じれば良い話だからだ。

 魔王はそう考えてユーリに己の考えを伝える。もしそれが事実なら不味い状況だと彼女は顔を青くさせていた。

 それが事実なら裏切り者はーー。


「ところで術式ってなんだ? 前々からチラホラ名前を聞いていたけど」

『……貴様は知らんでも良い事だ』

「何でだよ。教えてくれても良いだろ?」

『ええい! 新しい事にいちいち興味を持ちよって! ガキか!?』


 先日ようやく身体強化の魔法を覚えたばかりのイヴが、色々と過程をすっ飛ばして術式について知ろうとすること自体が烏滸がましい。チマチマと基礎を学べと一蹴りする魔王。

 しかし此処には魔王以外にも魔法について知っている人間がおり、そして彼女に質問に答えない理由もなくあっさりと話してしまった。


「術式とは魔鍵師ウォーロックスミスの辿り着く魔法の核心です」

「核心」

『余計なことを……』


 予め言っておけば良かったと思うももう遅い。イヴはすっかり聞く気満々である。


ゲートの開放率が50%に至ったその時、魔鍵師ウォーロックスミスは人智を超えた固有魔法が発現します」

「固有魔法……?」

『その者にしか扱えない唯一無二の魔法だ。炎や氷を生み出す者や、大地や風を操る者。さらには事象や概念に干渉する者など様々だ』

「つまり凄い魔法って事か!」

「……ええ、そうです」

『……この鳥頭が』


 ユーリはイヴの反応から理解し切れているのか不安になり、かつ魔王が教えなかった理由を何となく察した。魔王は予想通りの反応で疲れた様子。

 そんな事など露知らず、イヴは二人に尋ねる。


「二人は術式を持っているのか?」

「イーヴァルディは確実に所持していると思われます。先日私の傷を癒したのとキャスパリーグの攻撃を無効化を同時に行っていた事から察するに、相当強力な術式なのは確か……」

「そうなのか?」

『ふん。我からすれば術式に強い弱いと論じる事がナンセンスだが――魔王たる我が術式を、そんじょそこらの術式と一緒にしない事だな』

「うわ、すっごい自信」

「念話を使われていないので声は聞こえませんが、何と仰ったのかだいたい想像できますね……」


 短い時間で察せられる魔王の性格とはこれ如何に。


「ユーリはどんな術式を持っているんだ?」

『馬鹿者。そう易々と教える訳が無かろう。術式はウォーロックにとって切り札であり、強みであり、弱点でもある』


 故に自身の術式を語る者は居ない。そんな事をする者はよっぽどの馬鹿か、自身家か、はたまたそれ自体が術式の効果を発動させる為のプロセスか。

 とにかく、魔王にとって術式開示は非常識であり、秘匿するのが当たり前だった。


「……お恥ずかしながら私は未熟でして。そこまでの領域に辿り着いておりません」

『言うのかよ』


 魔王はあっさりと喋ったユーリにジェネレーションギャップを感じていた。


「そうなのか?」

「はい。そもそもそこまで至れる魔鍵師ウォーロックスミスは稀ですので」

「ふーん……」


 とりあえず分かったのは、イヴにはまだまだ早い話というだけであった。


『そもそも貴様は基礎がなっておらんからな? 術式に興味を持つ前にその辺を気にしろ、この半人前以下がっ』

「相変わらずムカつく奴だな……」

「……」

「ん? どうした?」


 結局普段の様なやり取りに落ち着くイヴと魔王。

 そんな二人を、正確にはイヴをジッと見つめるユーリ。そんな彼女に問うイヴだが、まだ彼女に慣れていないのか視線が少しズレていた。童貞め、と魔王がため息を吐く。


「いえ、前から思っていたのですがお二人は仲がよろしいのですね」

「勘弁してくれ、俺はコイツの事嫌いなんだ」

【そうか? 我は結構気に入っているぞ? 昔から躾け甲斐のある野犬ばかり拾っていた故に、懐かしい気持ちになる】

「訂正する。大嫌いだわ」


 わざわざ念話を使ってユーリに聞こえる様にしてまで、煽る魔王にイヴは青筋を立てる。

 本当に仲が良いな、とユーリはクスリと笑う。


「会話が楽しいのは分かりますが、公の場だと独り言をしている様にしか見えませんのでお気を付けください」

「話聞いていたか? でも、まぁ分かったよ。今後は気を付ける」

『今更奇特な目で見られて気にするタマか? 貴様が?』

「黙ってろよ……」


 なるべく声を小さく、しかし呪詛を込めて吐き出すイヴ。

 ユーリは、何となくだが魔王はその辺りの事を分かっていながら今まであえて言わなかったのだろうなと思った。実際当たっていた。

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