第7話『スラム街の悪ガキ、精神的に童◯だとバレる②』

 しかし目の前の少女は真っすぐ、対等にイヴを見ていた。


「貴方が居なければ確実に犠牲者が出ていました。先刻の戦いも私の力が足りず手も足も出ない状況で、貴方がたに救われました。それも己の心情を曲げてまで」

「……」

「ありがとうございました。私たちは貴方のおかげで今日もこうして生きていられる」

「──」


 彼女からの感謝の言葉は、イヴの胸の奥に深く突き刺さった。

 礼を言われたくて戦った訳ではない。ただ使徒という存在が許せなくて、ただ倒したくて力を振るって結果的に救えただけだ。

 そう思っていた。考えていた。感じていた。

 だから彼女の「イヴのおかげで助けられた人がいた」という言葉は──イヴの今後の価値観に大きな影響を及ぼす。


 その事を二人は知らない。


「あーうん。いや、うん。その、うん……うん」

『気持ち悪いな貴様』

「うるせぇ」


 魔王の茶々に力なく答えるあたり、感謝される事に慣れていないのが窺える。

 顔を真っ赤にさせて言葉に詰まるその姿に、魔王はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「イヴ。貴方の人徳の高い人柄を踏まえて一つ頼みたい事があります」

「……あー、内容による」

『受ける気満々ではないか……。我、ちょっぴり貴様のそのチョロさが心配だぞ?』


 イヴは魔王の言葉を無視した。


「頼みたい事とは、私と一緒にこの南都で発生している蓋門がいもんの原因を調べて欲しいのです」


 二度に渡って起きたエリア外蓋門がいもん発生事件は、GUARDとしても早急に解決したい案件だった。特に捕縛タイプだけでなく戦闘タイプのキャスパリーグが送り込まれたのは不味い。戦闘タイプは捕まえる事無く人間を殺す。それは決して許されない事だ。

 この状況がこのまま進めばGUARDへの不満が高まり暴動が起きる可能性がある。人類存続の危機とも言えよう。


「……俺もどうにかしたいと思っている。だけど」

「もちろんGUARDには報告致しません。それが望みなのでしょう?」

「ぬ……」


 GUARDに不信感を抱いているイヴに配慮した条件に思わず唸る。


「報酬もできるだけ弾むつもりです」

「……だったらよ。もう少しスラム街の奴らへの配給を増やしてくれねぇか?」


 イヴはここ最近配給が減っている事を思い出しながら彼女に言った。

 腹が減っているから皆イライラし、食料の奪い合いが起き、そしてその不満は大きくなっていく。

 一時的に増やしても意味がないのは分かっている。それでも、少しでも皆が……特に子ども達が腹を満たせるならイヴはユーリに協力しても良いと思っていた。


「はい、畏まりました。私の方から本部に働きかけておきます」

「ああ。頼んだ」


 こうしてイヴは一時的にユーリと手を組む事になった。

 GUARDは信用できないがユーリは信じる事ができると考えたのだろう。魔王の言う通り自分はチョロいのか? と思いつつもユーリに差し出した手を握り締める。


「……っ」

「あの、どうかなさいましたか?」

「い、いや! 何でも!」


 ……その前に異性に慣れる所から始めないといけない。

 不思議そうにこちらを見るユーリの顔を直視できないイヴは、赤面しながらそんな事を考えていた。


 そんな二人の初々しいやり取りを見ながら魔王は感心していた。


(存外狸だなこの小娘も)


 ユーリはイヴに情報の全てを開示していない。魔王が別に言わなくて良いと判断したのもあるが、彼女自身もイヴに伝えない方が都合が良いと考えたのだろう。


 要らない情報でGUARDへの不信感を高めて、協力を断られない様に。


 魔王は思い出す。イヴが起きる前にユーリと行ったやり取りを。




 早速自分たちの身に起きた出来事と状況を伝えた魔王は、ユーリからこの世界についてさらなる情報を得た。

 そして現在GUARDが陥っている現状についても。

 GUARDは魔王が思っているよりも真面で、余裕のない組織だった。


「裏切り者?」

「はい。恥ずかしい話、あちら側の世界に与する者が居るのは確かです」


 ユーリが単独でイヴを探していたのは理由があった。

 一つ、イヴがエリア外の蓋門がいもんを開く手引きをした人類の裏切り者である可能性があった事。

 二つ、南支部に居るであろう裏切り者に悟られない様にする為。


「はっきりと言うんだな。裏切り者が居ると」

「はい。証拠がありまして」

「証拠?」

「……スラム街への食料の配給。これが意図的に操作されております」


 その言葉に魔王は裏切り者の目的を察した。


「なるほど。スラム街の住人に暴動を起こさせ、自分は蓋門がいもんを開く術式なり道具なりを設置する訳か。姑息な手を使いおる」

「……あの、本当に何者ですか? たったこれだけの情報でこちらの推測と同じ結論に至るとは」

「だから言っておろう魔王イーヴァルディだと。……尤も我の名は、我が国は、歴史は、すべて消されているようだがな」


 魔王は、初めは異世界に転生なり転移なりしているのかと考えていた。

 しかしイヴから時折聞く単語には聞き覚えがあり、ユーリから聞いた情報で確信した。ここは、自分が生きていた世界の未来であると。


 故に、嘆かわしい。己が歩んだ覇道が何者かに台無しにされている。

 その下手人には心当たりがあるが──今は息を潜めて力と記憶を取り戻す時。


 それと──。


(イヴ……なるほど、イヴか)


 魔王は自分があの鍵に封印されている事とイヴと融合した事を偶然の事故だとは思っていなかった。害意のある人間が仕組んだ策略だと思っていた。


 しかしそれは間違いで、考えていた以上に魔王にとって胸糞の悪い真実の可能性がある。


(良いだろう。貴様らの考えは今の我は知らん。否定も肯定もできん──だが、もしも再会した時)


 ──我に裁かれる事、覚悟せよ。


 魔王はこの閉ざされた世界に来て初めて──怒りに燃えた。

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