第6話『スラム街の悪ガキ、下剋上を成す』①


「んー……」


 隊長室にて、レインは報告書を見て唸っていた。

 彼女の想定ではイヴは入隊して7日で直ぐに正隊員に上がると思っていた。しかし実際は試験には落ちて、訓練でも成績が振るわない。

 ローリンの時の様には行かないか、と思わずため息を吐いた。


「私としては初めから正隊員で良かったんだけど……」


 しかし、ただでさえ保護区出身者への差別意識が強いこの支部で、イヴを特別待遇してしまえば組織内の軋轢は悪化するだろう。

 だから彼には正規ルートで力を周りに知らしめて欲しかったのだが……魔王が居てあの程度なのか? と不安になる。ローリンから受けた報告との印象がかけ離れている。

 それとも魔王が何もしていないからこその、この成績なのだろうかとレインは眉間の皺を揉んで混乱する考えを鎮める。

 とりあえずユーリとイヴは行動を共にしている。現状は監視に留めたら良い。あれ以来エリア外で蓋門がいもんが開いていないのが気になるが……。


「このままだとまた彼らが裏切り者候補としての可能性が……」


 行動を制限されていたから蓋門がいもんを開けない、という見方ができてしまい、暴走してイヴを害する者が出てくるかもしれない。ただでさえ一度彼が裏切り者という噂が流れてしまったのだから。

 それを払拭するにはイヴが無害だと周囲にアピールしなければならない。それが裏切り者を見つける近道となるのだから──。


「……でも、やっぱり」


 イヴがGUARDに来てから発生しなくなった蓋門がいもん

 彼が裏切り者だというイヴを貶める噂の拡散。

 イヴがスラム街出身だという情報が共有されて差別的な目で見られているこの状況。


 レインはそれがどうしても裏切り者がイヴを消そうと必死になっている様にしか見えなかった。


 それから暫くして、レインは明日、イヴが成績最優秀の訓練生と決闘をする報告を受けた。





「眠たい……」


 ユーリとシャルロットに説教をされたイヴは寝不足なのか、目を擦りながら昨日指定された訓練室に向かう。

 二人とも命を落とす可能性のある決闘を簡単に受け入れた事に相当怒っていたようで、日が変わっても二人の怒りは収まらなかった。

 ユーリによる正論攻めとシャルロットの感情の込もった泣き落としはもうコリゴリである。


 尤も、イヴは決闘を辞めるつもりは毛頭ないが。


「よく逃げずに来たな」


 訓練室に辿り着くとそこにはケイムスが既にいた。イヴに向かって慢侮の視線を送っている。これから彼をどの様に弄んでやろうか、と下卑た考えが透けて見える。

 正直それはどうでも良い。

 気になるのは既に集まっているたくさんのギャラリーである。昨日の騒動を聞きつけてやって来たのだろう。興味津々にイヴ達を見ていた。

 とある事件により決闘をする訓練生が居なくなって、初めて見るもしくは久しぶりに見る決闘が楽しみと感じる者が3割。後はスラム街出身のイヴの醜態を楽しみにしている者がほとんど。通りで気に入らない視線が多いなとイヴは舌打ちした。


『何処に行っても人気者だな貴様は』

「そんなに気に入らねぇのかね」

『その辺りはGUARDのせいとしか言えんな。命を捨てて使徒と戦うのなら、大いに優越感に浸って貰おうという魂胆だろう』

「そんな心意義で戦っていけるのか……?」


 イヴのその言葉に、魔王はさぁなと答えつつ。


『まぁ、奴らが欲する戦力に、尊い信念や聖人染みた性格も不要だという事だ』

「力だけ、か。」

『むしろ小娘どもが少数派と言える。良い縁に恵まれたな』


 イヴがチラリと視線を向けると、ギャラリーに交じって心配そうにこちらを見るシャルロットといつもの澄ました表情を浮かべるユーリが居た。

 シャルはともかく、ユーリのそれを――理解したイヴは思わずため息を吐いた。だったら説教しなくても良かったじゃん、と。


 でも、まぁ、やる気は出た。


 イヴは視線を戻し、真っすぐとケイムスを見据えて歩みを進めて彼の前に立つ。


「性懲りもせず、今日もズルをしたようだなスラム街のクソガキ」

「あれが俺の実力だって考えないのか?」

「は? あれが? お前の実力? ――あはははははっは! お前マジで言ってんのか!?」


 イヴの言葉が心底おかしかったのかケイムスは大声で嘲笑った。

 ギャラリーにもイヴの言葉が聞こえたのか、彼を快く思っていない者たちも嘲笑う。


「そんな訳ねーだろ! お前、自分のゲートの開放率がどれくらいか知っているのか?」

「あん? 確か……8%だったか?」


 初めての座学の講義の際に、ゲートの開放率に対する測定が行われたのを思い出すイヴ。

 開放率に伴う基礎魔法の取得を教える際に必要な事だったのだが、どうやら今期入隊した訓練生の中でイヴは最も開放率が低かったらしい。

 10%のシャルロットには気にしないで、と慰められたが、何処か釈然としなかったのをイヴは覚えている。


「そうだ! たった8%しか開いていないお前がオレより優れている筈がねぇんだ」

「そんな事言われても結果は出ているだろう」

「それが不正だって言っているんだ! ……良い事を教えてやる。オレのゲート開放率は――20%! お前の倍以上だ!」


 自信満々なケイムスの言葉を聞いて、外野にてユーリは密かに驚いていた。

 一般的な正隊員の開放率は20%。つまり彼は正隊員と同等の力を持っている事になり、訓練生で既にそこまで至っているのなら即戦力に成り得る逸材だ。今期最優秀訓練生に選ばれているのも納得である。


「すぐに術式を取得し、オレはたくさんの使徒を殺す! テメェみてぇな弱いスラム街出身者は引っ込んでいろ!」

「……使徒を殺したい気持ちは本当みたいだな」


 そして自分は戦う者であり、スラム街……保護区の人間が戦うのは異常だと認識している。

 GUARDの印象操作の賜物か、もしくは彼の境遇か――。

 差別意識はある。イヴを侮っているし、GUARDから追い出したい気持ちも強い。

 はっきり言って嫌な奴だ。他者を思いやる気持ちが全くない所が余計にそう感じさせる。


「別に俺はアンタより目立ちたい訳でも、都出身者のテメェらの鼻を明かしたい訳でもねぇ」

「ああん?」

「俺がGUARDに入ったのは許せない奴らが居る。そいつらをより多く殺したいから此処に入った」


 イヴは胸元から自分の魔錠シリンダーを取り出した。


「だからさっさと正隊員になって、できるだけ多くの使徒を、蓋界がいかいの奴らをぶっ殺してやりてぇんだ」


 魔力を込めると彼の両腕の籠手が装着され、拳に力が宿る。


「その為には――お前を超えていく」

「言ったな――雑魚の癖によぉ!」


 ケイムスもまた己の魔錠シリンダーを起動させ、両手に拳銃が出現し握り締める。


「俺の糧になれ優等生」

「塵にしてやるよ劣等生!」


 ――決闘開始。

 訓練室に備えられた自動音声が二人の魔錠シリンダーの起動を確認し、戦いの合図が送られる。

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