第6話『スラム街の悪ガキ、下剋上を成す』②

「喰らいな!」


 ガン! ガン! と先制攻撃をしたのはケイムス。魔力弾を二発放ち、それをイヴは籠手で殴り付けて逸らした……が。


「籠手が砕けた……!?」

「当たり前だろうが!」


 身体強化の魔法を行使し、一気に距離を詰めたケイムスの拳を受け止めるが……重い。衝撃が全身を駆け巡り、しっかりと踏ん張ったにも関わらず後ろに吹き飛ばされてしまう。


ゲートの開放率はそのまま戦闘能力の差! オレとお前には圧倒的差がある!」

「……」

「雑魚がオレの一撃を耐えられる訳ないだろうが!!」


 ケイムスは腹部に向けて思いっきり蹴りを放ち、それに合わせる様にイヴも蹴りを繰り出して、ぶつかり合った衝撃で両者が吹き飛ぶ。

 しかしダメージを受けたのはイヴのみであり、彼の足から鮮血が舞う。身体強化の魔法で骨は折れていないが肉は裂けている。


「その程度の傷でこの決闘は終わらせねぇぞ」


 そう言ってケイムスは二丁拳銃を構えて乱射を始めた。

 受ければダメージを受けるのは先ほどの防御で学んでいるイヴは、今度は回避行動に移る。訓練室を駆け回り襲い来る弾丸から逃げ続け、床や壁の破壊音が響き渡った。


「ユ、ユーリちゃんやっぱり止めようよ!」

「何故ですか? そんな事をすればペナルティが発生しイヴとあなたのポイントがあの男に譲渡されます」

「そんな事良いよ! このままじゃイヴくんが本当に死んじゃう!」


 シャルロットは限界だった。イヴの足から鮮血が舞った時など卒倒してしまいそうになり、今も顔を青くさせて涙を浮かべている。

 昨日あれだけ言ったのに決闘をすると頑なに譲らなかったイヴに根負けしてしまった自分に怒りを覚える程に後悔している。何とかイヴの命を救いたいと同じ気持ちであろう友達に助力を願う。しかし……。


「シャル。貴女はイヴと行動を共にするようになって日が浅い……いえ、私も人の事を言えませんが」

「何を言っているの!?」

「簡潔に述べますと、此処で決闘を止めれば彼に軽蔑されます」

「――命が助かるなら良いじゃないっ」

「ええ、そうですね。私も同じ気持ちです――彼がこのまま負けるなら」


 決闘を受けたイヴに対して怒りを覚えた二人には一つだけ違う所がある。


 それは、イヴの勝敗。


 シャルロットはケイムスと同じようにゲートの開放率から、イヴが勝つことは難しいと思っており、始まってからは負けると確信した。開放率の差が彼女の想定以上に大きく、はっきり言って死ななければ御の字と思っている。

 反対にユーリは確かに昨夜ずっと説教をしていたが、彼女はイヴの敗北の未来を全く信じていない。常識的に考えれば開放率に差があれば低い方が負ける。


 例外が無ければ。


「シャル。貴女は彼の使徒との戦闘は見た事がありますか?」

「え? う、うん。合鍵バディだもの。当然だわ」

「その光景を見てどう思いましたか?」

「どうって……分からないわよ。だって


 使徒殲滅速度測定訓練1位であるイヴの記録は――0.6秒。2位のケイムスは5秒である。

 正直、シャルロットはイヴが不正を行っているとは思っていないがあの戦闘訓練の結果には疑問を覚えている。

 何か術式のトラブルかバグが起きているのではないか? と内心思っており、ケイムスが怒っていたのも納得はできないが理解はできる。

 その責任の所在をイヴに求めるのは気に喰わないが。

 シャルロットの見解を聞き、ユーリは「なるほど」と前置きをして一つ尋ねる。


「先日と今日、どちらもそうだと思っているのですか?」

「……違うと言うの?」

「はい。……彼は先日のエリア外の蓋門がいもん発生事件にてほぼ単独でキャスパリーグを討伐し、また動きを見切って翻弄していました」

「――え?」


 ユーリの言葉を聞いてシャルロットは己の耳を疑った。

 あり得ない。何故ならキャスパリーグの討伐推奨ゲート開放率は20%。どう頑張っても未だ開放率が8%のイヴが適う敵ではない。

 しかし彼にその様な常識は通じない。


「シャル、安心してください。貴女の合鍵バディは規格外です。それこそ――」


 人類最強の魔鍵師ウォーロックスミス達にいずれ届き得る可能性を秘めている。そう確信できる程度には。




「くそ! 何で当てられない! お前程度の身体強化で避けられる速度じゃねぇぞ!」


 苛立ち交じりに吐き捨てられたケイムスの言葉は間違っていない。開放率20%の弾丸は、一般人では知覚する前に撃たれて、痛みで漸く気付く速度だ。

 彼から見ればイヴは一般人に毛が生えた程度の存在で、だから何度撃っても避けられているこの現状がおかしいのだ。ダメージを与えられたのは初撃のみで、当たる気配が全くない。


「キャスパリーグよりも早いな」

「っ――!」


 焦り始めたと同時にイヴがケイムスの懐に入り込む。

 慌ててケイムスは銃口を向けて魔力弾を放つが、既にイヴは顔を逸らして避けていた。


(そうか、コイツーー)


 弾丸を放つ前に避けていたのだ。だからケイムスの射撃が全く当たらない。

 避けられていた理由が分かったが、さらに別の疑問が浮かび上がる。どうやって自分の攻撃を察知している? とケイムスは混乱する。


 答えは簡単だった。


『(小僧はスラム街で喧嘩慣れしたクソガキ。幼く、小さく、弱い子どもが、格上の大人を負かし、生き残る為に培われた対人戦闘の経験はその辺の温室育ちよりはある)』


 故に相手の視線、銃口の向き、指の動きからイヴはケイムスの動きを予測していた。


『(それにしても初見の武器にこうも容易く順応するとはな)』


 イヴは銃を知らない。故に相手の敵意を元に弾丸を払いのけてダメージを受けてしまった。そのを糧に回避が最適解だと判断し、対処した。


「くそ、何なんだよお前! またズルしてんのか!」


 ガン! ガン! と撃ち続けるケイムスの弾丸を避け続け、イヴは身体強化の魔法を使い地を蹴った。瞬間、まるで最初からそこに居た様に彼の背後15メートルに移動した。


「あれ、居ない!?」


 当然ケイムスは彼の動きを見切る事ができずに動揺する。しかし動揺したのは彼だけではなかった。戦闘を眺めているギャラリー全員がイヴの動きを見切る事ができなかった。

 彼らから見てもイヴが突然瞬間移動した様にしか見えず、しかしそんな魔法は知らない。

 術式なら可能性があるがイヴの開放率はそこまでに至っていない。

 シャルロットも混乱し、知っているであろうユーリに問い詰めた。


「ユーリちゃん、あれが貴女がイヴくんを信じていた理由!?」

「何アレ知らない……」

「ええ!?」


 何で知らないの? とシャルロットが驚き、何で知っていると思うんですか? とユーリの視線が交じり合う。

 ユーリ、特に根拠なくイヴを信じていただけだった。


『(器用な事をするなこやつは)』


 そして魔王は当然イヴが何をしているのかを把握していた。


『(身体強化の魔法を右脚のみに集中させているな。それも地を蹴るその瞬間に)』


 おそらく響門レゾナンスの経験を応用したのだろう。魔力の移動と肉体の動きが合わさった結果、ただ動くよりも素早い動きを可能にしていた。

 さらに驚きなのはその移動速度で肉体にダメージが行かない様にすぐさま全身に魔力を巡らせている点だ。

 卓越した魔力操作が無ければ成しえない技だ。

 魔王はそんなイヴに昔の自分を重ねて、思わず口角が上がる。


「――っ」

「ぐっ、また!?」


 再び相手の懐に入り込むイヴ。しかし今度はケイムスも予想していたのか、魔力弾を放つのではなく全身に魔力障壁を展開した。

 これなら先ほどの瞬間移動をされ、知覚できないスピードで何処から攻撃されてもダメージは通らない。妙な技を使われていようと開放率の差で彼の拳は届かない。そう考えているのだろう。


『(教科書通りの賢い選択――だが、このクソガキにそんな常識は通じんぞ?)』


 イヴはその場でギシリッと拳を握り締める。


『(もし貴様が消えた小僧を探すのに躍起にならず、もっと周りを――小僧の踏みしめた地面を見ていれば予測できたであろうにな)』


 魔王の視線の先には、イヴの足跡の形で陥没した床があった。

 創造の術式で作られた頑丈な床の、だ。

 勝負は既に決した。魔王は少なかった興味をさらに失った。さっさと終わらせろ小僧、と退屈そうに心の中で言いながら。


「死ぬほど痛ぇと思うが――喧嘩吹っ掛けたのはテメェだ」

「は?」

「俺の勝ちだ」


 最後にそう言ってイヴは拳を解き放ち、魔力障壁と激突する瞬間に魔力を拳に集中。

 するとケイムスの魔力障壁はまるでガラスが割れる様に簡単に砕かれ、そのままイヴの拳は彼の腹部に突き刺さり――全ての衝撃が彼の体の体内に留まり、体の組織が破壊されたケイムスは盛大に血を吐きながら気絶した。


「ああ、シャル。一つ言い忘れていました」

「……何?」

「私は確かにイヴの事も多少心配していましたが――それは相手を殺してしまわないか」


 その点に限っては物凄く心配していました。

 彼女の言葉を何処か遠のいた意識で聞きながら、シャルロットは決闘の行く末を茫然と見ていた。


 勝者イヴ。


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