第5話『スラム街の悪ガキ、駆け付ける』②
『ニ゛ャア゛ア゛アアアアアアオ゛オ゛オオオオ!!!』
戦闘タイプの使徒キャスパリーグ。全身を白い毛で包まれた四足歩行の獣だ。
その体躯はミノタウロスやオークに負けず劣らず巨大だ。
そして何よりも――。
『ニャグオオオオオ!!』
「っ!?」
圧倒的に素早さが違う。
ユーリが知覚するよりも早くキャスパリーグは動き、通り抜け様にユーリに向かって鋭い爪で斬り掛かった。
嫌な予感がした彼女は前方に魔力障壁を展開し――障壁ごと斬り裂かれた。
ブシュッと勢いよく彼女の肩から血が吹き出し、ユーリは痛みに顔を歪める。
「ぐっ……!」
肩を抑えてキャスパリーグを睨み付けるユーリ。本来なら勝てない相手との戦闘は避けて撤退するのが正しい選択だ。
しかしそれはあくまで白亜の壁内……
此処はスラム街。誘導エリア外である。
「使徒だ!逃げろ!」
「何でこんな所に!?」
「助けてくれぇえええ!」
戦えない人間が、彼女が守らないといけない人間が多過ぎる。
オークに追いかけられているスラム街の住人達を見ながら、しかしユーリは直ぐに動く事ができなかった。ダメージが深いのもあるが、キャスパリーグが虎視眈々とユーリの隙を窺っている。オークを倒しに行けば、その無防備な背中を鋭い爪で斬り裂くだろう。そしてその後はゆっくりとこの街の人間達を蹂躙する。
そんな未来を垣間見て、ユーリは己の選択を悔いた。
「──単独行動したツケ、ですかね」
彼女はとある理由により未登録の
その結果難敵の対処ができず危機的状態──組織に属する人間としてこれ以上無い失態だった。
「……」
ユーリは覚悟を決めた。己が此処で果てる覚悟を。
スラム街の人達を助けられないかもしれない。たくさんの人が死ぬかもしれない。攫われるかもしれない。
それでもこの使徒だけは、キャスパリーグだけは倒さなければならない!
「──ぅああああああああ!!!」
剣を持ち、闘気を昂らせてユーリは目の前の使徒に駆けて、そして──。
「ぅ、ぁ……」
5分後、そこには全身切り傷だらけのユーリが力無く倒れ伏せていた。
高速で動くキャスパリーグの動きを彼女は結局倒れるまで補足する事ができず、痛ぶられて多量の血を流して血の海に沈んだ。彼女の剣と半ばから折られてしまった。
戦いの途中まで聞こえたスラム街の人たちの悲鳴は聞こえなくなった。彼女が死に体で聴力を失ったからか、もしくはオーク達に捕まってしまったからなのか。それを確認する余裕はユーリには無かった。
……どれだけ覚悟を決めて、誇り高き精神を持っていようとも──力が無ければ奪われる。それがこの世界の常識で、彼女は痛い程分かっていた筈だった。
それでも、それでもと彼女は手を伸ばす。
例え弱くとも。
自分にその資格が無くとも。
簡単な道を選べる立場に居たとしても。
そうするべきだと彼女自身が思ったのなら、ユーリは誤っていようが、身の丈に合っていない選択だろうが──彼女は己の命を賭けて人々を守る。
唯一動く腕で剣を掴み、倒れ伏した状態でユーリは自分を見下ろすキャスパリーグを真っ直ぐと見据える。
『グルルルル……』
対してキャスパリーグは臆していた。戦闘能力は圧倒的に優っているにも関わらず、ユーリの気迫が弱者のソレではない。
弄ぶ様に傷付けても全く悲鳴を上げず、動けなくしても睨み付けるのを辞めず、こうして見下しても眼の光が消えない。
気に食わないと思った。狩られる立場の弱き人間がして良い眼ではないと思った。
だからこの小娘は此処で殺すべきだと判断した。強い弱いではない。嫌悪の問題では無い。自分を造った創造主達に仇なす存在として消さなければならない。
キャスパリーグは右前脚を上げて、その鋭い爪を思いっきり振り下ろし──。
「うぉおおおおおお──ラァアッ!!」
『ギャオン!?』
横っ面にナニカが飛来し、その衝撃によりキャスパリーグは吹き飛んだ。
ズシンッと巨体が落ち、地面が揺れる。
何が起きたのかを正しく理解できたのはユーリとこの場に現れた者だけだった。
倒れ伏せているユーリの側に着地したのはキャスパリーグを殴り倒した少年イヴ。
「あな、たは……」
「……」
ユーリの問いにイヴは応えず、ただ黙って手を翳した。すると彼の魔力が彼女の身を包み込み傷跡が元に戻っていく。
「これは……!」
ユーリが己の身に起きた変化に戸惑いを見せる中、イヴは一歩前に出て起き上がったキャスパリーグと相対する。
そんな彼に魔王が最後の質問をした。
『小僧、この選択に悔いはあるか?』
「悔い? そんなのあるに決まっているだろうが」
GUARDの
そう考える程に彼はGUARDの事を毛嫌いしている。3年前の事を思い出せば見捨てるという選択肢を取る事もできた。
しかし彼はこの場に立っている。それが彼の選択の答え。
「俺は、気に入らないコイツを、仇を、ただぶっ殺したいだけだっ!」
『浅はかで自己的な答えだ。──だが嫌いでは無いぞ、そういう分かりやすい建前は』
「黙れ。お前が誘導したんだろうが! だったらその分力を貸せよクソ魔王!」
『貴様がこの我に命令など一万年早いが、寛容な我は目を瞑ってやる──さて、二度目の実戦だ。精々ビビり散らしながら励め小僧!』
「言われなくても!」
ユーリの目に映るのは一人の少年。何故か酷く感情的に独り言を叫ぶその姿は滑稽で、しかしキャスパリーグに立ち向かうその姿はまるで──ヒーローみたいだと彼女は思った。
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