第6話『スラム街の悪ガキ、己の限界を越える』①


 ゲートの開放率はそのまま戦闘能力に直結する。

 イヴのゲート開放率は約4%。ユーリのゲート開放率は10%。真正面から戦えば勝負にならない程にユーリがイヴを倒すだろう。


 しかしキャスパリーグはユーリ以上にイヴを警戒していた。

 正確には彼の中にいる異物に対してだが。


(造られた畜生にしては存外、野生の本能が働く様だな)


 そして魔王もまたそれを把握し、真正面から突っ込む気満々のイヴに釘を刺す。


『小僧、アレは先日の使徒と違い戦闘タイプだ。貴様一人では逆立ちしても勝てん』

「! あれが……」

『我が見るに肉体強化、自陣加速、貫通攻撃の効果を持つ術式が仕込まれているな』

「術式……?」


 魔法が使える様になって日が浅い為聞き慣れない単語が多いのは仕方ない。しかしという言葉には何故か酷く惹かれる印象があった。

 イヴが思わず単語を繰り返すも、魔王は『今は忘れておけ』と彼の興味を斬って捨てた。どのみち今のイヴには全く関係のない話だから、と。

 それはそれとして、目の前の相手の力は明確に理解して貰わないといけない。


『さて、学の無い貴様に分かりやすく言うと……奴は物凄く速くて、こちらの動きは絶対に見切られ、そして奴の攻撃は防げない上にこちらの攻撃は効き辛い』

「マジか」

『ああ、マジだ――そら、早速教えてくれるぞ』


 魔王のその言葉と共に、キャスパリーグの四肢に魔法陣が浮き上がる。すると全身に魔力が巡り、周囲の空間の時間が乱れ、爪に魔法による概念付与がされる。


『小僧、右に跳んで足が着くと同時にジャンプをしろ』

「っ!」


 魔王の言葉に従って体を動かすと同時に、突風がイヴの体を襲った。

 全身を叩きつけるかのような風に耐えながら、魔王の言葉に従ってジャンプし――眼下の光景に息を呑む。

 先ほどまでイヴが立っていた場所に前脚を減り込ませているキャスパリーグ。その時の衝撃が鎌鼬となって周囲の家屋を輪切りにしていた。


「……あ! あの子は!?」

『先ほどの小娘なら心配いらん。我の術式で保護しておる』


 魔王の言う通り、ユーリには怪我一つ付いてなかった。それどころか時間が経てば経つほど傷跡が無くなっていく。

 ユーリは、鎌鼬が防がれた事により自分が付与されている力の一端を見る事ができた。しかし理解する事はできなかったようで、混乱した表情を浮かべている。

 その様子を見てホッとし……イヴは頭を振って雑念を払う。魔王はそんな彼に内心笑い、揶揄うのを我慢しながら指示を出す。


『地面に降り立ったら、左右に駆けながら奴との距離を縮めろ』

「ああ!」


 イヴは魔王の言葉に従い、着地すると同時にジグザグに走りながらキャスパリーグへと向かっていく。するとキャスパリーグは彼の動きに惑わされる様にして視線が釘付けになり、頭を左右に振る。その場に留まりジッとイヴを見て、だ。


『――真上に跳べ!』


 魔王の言葉に反応してイヴが跳ぶと同時に、キャスパリーグは両前脚で捕まえる様にして飛び掛かり躱される。

 その一連の動きで相手の特性を把握した魔王は、一気に勝ち筋までの動きを逆算し、ついでにイヴを次のステージに上げるための動きを計算に入れた。


『小僧、一度ゲートを閉じろ』

「あん? なんで?」

『自力で魔力強化を使えない今の貴様なら閉じても開いていても変わりないからだ。それよりも面白い技を教えてやる』

「???」


 魔王の言葉に首を傾げながらも着地したイヴは、彼の言葉通りにゲートを閉じる。

 キャスパリーグはイヴを睨みつけて、しかしすぐに魔力を感じ取れない事に戸惑いキョロキョロと周りを見渡し、落ち着かない様子を見せながらもイヴを見続ける。

 そんな相手の変化にイヴは怪訝に思い、魔王は己の予測が当たってふんっと鼻を鳴らす。


『やはりな』

「何か分かっているみたいだな」

『まぁな。奴ら使徒の役割を考えれば、標的の違いを見分けるなら魔力しかないと思ってな』


 捕縛タイプのミノタウロスやオークは自分よりも弱い人間、つまりゲートが開いていない非魔鍵師ウォーロックスミス

 戦闘タイプのキャスパリーグはゲートが開いた厄介な相手、つまり魔鍵師ウォーロックスミス。魔力が枯渇し満身創痍なユーリを無視してイヴを襲って来た所からもそれがうかがえる。


 だから突然ゲートを閉じたイヴに戸惑い、どうすれば良いのか行動パターンにバグが生じる。

 しかし魔王の狙いはソレではない。

 魔王はイヴに指示を出す。


『小僧。このまま奴に向かって走れ。そして我が合図を出したらゲートを開くと同時に拳を叩き込むんだ』

「――分かった」


 魔王の指示の意味をイヴは全く理解していない。しかし彼の言葉を微塵も疑っていない。

 だから彼は迷いなく駆け出して拳握り締めてキャスパリーグに向かって駆け出す。

 対して思考回路にエラーが出ているキャスパリーグは、どうすれば良いのか分からない。ゲートが開いていない人間は餌も当然。その餌がこちらに向かって来ており、脅威であるのに脅威ではないと矛盾が生じる。

 だから混乱したまま、安易に前脚を突き出した単純な攻撃をした。


『今だ! 拳を突き出せ! ゲートを開けろ! そして、己を超えろ!』

「うおおおおおお!!」


 イヴは魔王の言う通りに拳を突き出しながらゲートを開く。すると、拳がキャスパリーグの前脚と激突するのとゲートが開くタイミングが重なり――体に途轍もない衝撃が走ると同時に目の前に閃光が迸る。そしてキャスパリーグの巨体が遠くまで吹き飛んだ。


 いや、そんな事はどうでも良い。

 それ以上にイヴは己に起きた変化に震えた。


「――これ、は」

響門レゾナンスだ』

響門レゾナンス?」


 ――響門レゾナンスゲートを初めに開いた魔力と己の肉体が、相手の魔力と肉体に衝突した際に起きる魔力。その際に起きる過負荷は両者を吹き飛ばすほどの衝撃とゲートへの不調を引き起こす。


 そして、その不調とは――ゲートの開放率の一時的な底上げ。


『さて小僧。今の貴様なら身体強化の魔法を使えるだろう――思いっきりやれ』

「――応!」


 現在、イヴのゲートの開放率は7%。

 魔王が行っていた身体強化の魔法の感覚を、イヴは感じ取っていた。故に初めてにも関わらず簡単に身体強化の魔法を発動させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る