第5話『スラム街の悪ガキ、駆け付ける』①

「お前いい加減にしろよ? 人が寝ている間に体を勝手に使いやがって!」

『フン。何故貴様の許しを得る必要がある? 我、魔王ぞ?』

「ふざけるなよ! 朝起きたら隣に女が居て『昨日の夜凄かったわね♡』って言われるあの恐怖! こっちは全然覚えていないのに! 正直に言ったらゴミを見るような目で見てくるし! さらに俺の悪評が広まるし! な・に・よ・り! 俺が覚えていないのが納得いかねぇぇぇえええ!」


 イヴが魔法を使えるようになってから三日経った。魔王のレクチャーにより徐々にゲートの開放率を上げ、魔力探知のコツを掴み始めている。すでに違和感は感覚の一つとしてイヴの体に馴染み始めていた。


(驚いたな)


 一方魔王はイヴの成長速度に内心驚いていた。


(我が直接手解きしたとはいえ、僅か三日で魔法を取得してみせるとは。生まれて間もない童子ならまだしも、小僧の年齢でここまでの吸収率は例が無いな)


 故に魔王に出会うまで魔法を使えなかったというのが、にわかに信じ難い。

 イヴは魔法の力を渇望していた為に、何かしらのきっかけがあればすぐに覚醒しそうなものだが……それこそ本人が語らない3年前の事件とやらとか。


「俺、才能あるのかな」

『自惚れるな。才ある者は齢三つで知覚し、呼吸をするのと同時に開放率を上げる。それと比べると貴様はまさに赤子よ』

「あ、赤子……」


 伸びた鼻が爆速で折られてイヴが落ち込んだ。

 自信を持つのは良いことだが、思い上がった者は早死にするのが世の常だ。

 魔王は、自分が関わった者をそんなつまらない最期を迎えさせるつもりは毛頭なかった。


「はぁ……」


 イヴはこの三日間で魔王には口では勝てないと理解したのか、それ以上言わずに魔力探知の精度を上げるために精神を集中させる。

 しかし暫くすると途端に眉を潜めて不快そうな顔をした。

 そしてすぐに立ち上がると少ない荷物を纏めて拠点を出る準備を始めた。


『ふん。有名人は大変だな』

「言ってろ」


 不機嫌そうにして家を飛び出したイヴは、苛立ちを隠さずに魔王に吐き捨てた。


 魔力探知をモノにして彼が一番初めに感じ取ったのは、自分を探しているGUARDの魔鍵師ウォーロックスミスの魔力だった。あの時イヴがミノタウロスを倒したのを感知したのか、それともスラム街の住人に聞いたのか……彼が拠点としている住み家に真っすぐとやって来たのを感じ取った。

 イヴはGUARDと関わるつもりは無かった為早々に移動したのだが……それからが問題だった。この三日間、イヴを負っている魔鍵師ウォーロックスミスはどうも頑固な人間な様で、痕跡を辿っては何度もイヴの居場所を突き止めて追跡してくる。


『貴様のゲートの扱いが拙いのが原因だな』

「絶対お前の女遊びが原因だろうが!」


 実際はどっちもである。

 ともあれ、イヴは逃亡生活を強いられて苛立ちを募らせていた。


「いっその事撃退するか? 追って来るなって」

『やめておけ。実力差がある上に、もし撃退したとしても今度は組織が追って来る。そうなると厄介だ』

「ちっ……」


 魔王の言葉に反論しないのはイヴも分かっているからだろうか、舌打ちをするだけだった。

 しかしこのままの生活を続けるのは限界がある。何かしらの解決策を見つける事も必要だった。

 ……二人とも「成長してからぶっ飛ばす」『自分が体を乗っ取ってぶっ飛ばして配下にする』とかなり脳筋な考えしか浮かばず、互いにクソみたいな提案するなと却下し合っていた。




 だが、彼らのこの逃亡生活はこの日終わりを告げた。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ。


「――これは!?」

『来たか』


 空間が震え、異質な魔力がこの世界を包み込む。三日前と同じように。

 違うのはイヴが魔力を感じ取れる様になり、その異質さをしっかりと認識できる様になった事くらいだろうか。


 蓋門がいもんが開き、蓋界がいかいの使徒が現れる。

 再び、街が、人が、世界が蹂躙される。

 しかし――イヴは今、力を得ている。


「――っ」

『行くのか?』

「当然だろう!?」

『GUARDに見つかるぞ』

「――」


 その言葉にイヴの足が止まった。


『再び選択の時だ小僧。無辜の民の為に駆け付ける英雄となるか、仇敵との接触を避ける為に見捨てるか』

「……」

『貴様は何を得る? 何を守る? 何を捨てる? ――魔王は見届けるぞ』






 再び蓋門がいもんが開いた。空からたくさんの使徒が堕ちてくる。その姿は先日のミノタウロスとは姿が違うも同じ捕獲タイプである【オーク】。その数は……視界に映るだけで5体。


「皆さん、直ちに避難してください!」


 ユーリは、未確認の魔鍵師ウォーロックスミスの追跡の最中に開いた蓋門がいもんを睨みつけて、胸元のペンダントに触れて――。


魔錠シリンダー、アンロック」


 自分の中のゲートを開くと同時にGUARDが開発した魔法補助道具――魔錠シリンダーを起動させる。

 ユーリの手にロングソードが精製され、剣身に彼女の魔力が混ざり合いほんのりと光る。

 そして目の前の使徒オークに向かって駆けて……。


「はぁぁぁぁああああっ!!」

『っ! ブモオオオオ!!』


 振り下ろされた棍棒は剣によって両断され、彼女はそのまま返す剣でオークの片腕を斬り飛ばした。そしてミノタウロスの肩に着地すると、身を翻してミノタウロスの首を撥ねた。当然首裏にあるゲートも一緒に。

 弱所を破壊されたオークは膝を付き、そのまま倒れ伏して魔力の粒子となって消えた。


「はぁ……っ」


 ユーリは一つ息を吐いて、残りの四体のオークを見る。

 捕縛タイプが四体。GUARDの魔鍵師ウォーロックスミスなら問題なく倒せる使徒だ。当然ユーリも倒すことができる――しかし。


 もし、それ以上の使徒が現れた時彼女だけでは対処できない。

 そしてその可能性は非常に高い。

 三日前にミノタウロスを今回の倍を送り届けていたにも関わらず殲滅されたのなら――相手がすることは一つ。


 ――ギギギギギギギ。


 蓋門がいもんの魔力がさらに高まり、空間が悲鳴を上げる。

 ユーリは魔力探知で蓋門がいもんから出てくる使徒の存在を認識し――冷や汗を掻いた。

 白亜の壁内での防衛任務で感じ取った使徒の魔力と同じ物だ。あの時は隊長に連れられて指揮の元、他の魔鍵師ウォーロックスミス達と一緒に討伐した。


 ユーリ一人では勝てない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る