第4話『スラム街の悪ガキ、ゲロを吐く』②


『さて、魔法を使えるようになったお子様の為に、ある程度の力の使い方を教授してやろう』

「言い方腹立つな」


 唐突に始まる魔王様による魔法講座。受講生は一人。しかも初心者である。受講態度は最悪だが講師も最悪なので無問題だ。


魔門師ウォーロックスミスに目覚める為には先ずゲートを開けなくてはならん。貴様の言葉を信じるならば鍵を見つける事だな』

「正直その感覚が無いんだけどな」

『我が勝手に開けたからか、もしくはあの鍵が原因か知らんが……考えても答えが見つからんのなら置いておく。今回貴様のその物覚えが悪そうな脳みそに刻み込んで欲しいのは、魔門師ウォーロックスミスとしての常識だ』

「煽らないと死ぬのか? 死ねよ」


 受講生からの苦情を無視して魔王は講義を進める。


 ゲートを初めて開いた魔鍵師ウォーロックスミスの開放率は1%である。たった1%だが、開く前……0%とは雲泥の差がある。

 ゲートを開いた人間は、それまで知覚できなかった存在……魔力を感じ取る事ができる。


「……それで何か変わるのか?」

『変わる。今まで感じ取れなかった物は違和感となり、その違和感は貴様の力となる。

 赤ん坊が歩けるようになり、幼児が話せるようになり、子どもが感情と理性を育て、大人がこの世の情理を学ぶ様に。

 新たな世界に一歩踏み出した人間は、それまでの古い自分から逸脱した存在へと昇華される。

 違和感を違和感と感じなくなり、当たり前の感覚と認識すれば……息をするのと同じ様に当たり前の事だと魔力を、魔法を認識したその時に魔鍵師ウォーロックスミスと成るのだ』

「……」


 まだ実感はない。しかし魔王の言葉には相変わらず妙な説得力があった。

 それ以上に……使徒との戦いがイヴに昨日までの自分との違いを妙実に示していた。


「……この力を扱い熟せば、うえの奴らを倒せるのか?」

『敵の正体、実力が分からん以上確かな事は言えん。確実に言えるのは、貴様程度でも魔門師ウォーロックスミスに目覚めれば昨日の雑魚くらいなら倒せるくらいだな』

「……雑魚? あれが?」


 確かにほぼパンチ一発で倒したが、普通の人間では到底太刀打ちできない存在だった。棍棒を振る速度も威力も高く、逃げ惑う人間に容易く追いついていた。


『あの牛頭。我の魔力探知で調べた所……主な目的は人間の捕縛だろうな』

「使徒が人間を攫うなんて当たり前だろ?」

『それを加味しても、だ。体内に四つの収納袋を宿している以外には特別な能力もなく、弱所を破壊すれば容易く崩壊する。あれを戦闘用と定めるにはちとレベルが低すぎる』

「……そうなのか?」

『現に、奴らが現れてすぐにGUARDの奴らが倒していたぞ』

「何でそんな事分かるんだ……」

『魔力探知だ。我レベルとなると広範囲で何が起きているのか把握できる』


 もしかしてコイツ規格外の存在じゃないのか? とイヴは少し魔王に対して認識を改めた。

 此処まで聞いてふとイヴは気になる事ができた。


「もし戦闘用の使徒が来たら俺はどうなる?」

『我の助言が無ければ、貴様一人で戦えば死ぬ』

「……はっきり言うんだな」

『経験のないガキがおもちゃを手に入れたばかりなら猶更な。そういう勘違いをして早死にした者を腐るほど見て来た』

「……」

『捕縛タイプを倒すので精一杯なら余計に、だ。故に今貴様に求められるのは己の力を正しく認識し、己を知る事だ。敵の事を知るのはそれからだ』

「……分かった」


 これまで生き残る事に必死だったイヴは魔王の言葉に素直に従った。

 彼の本能がこれから先に生き残るのに必要な事だと認識したからである。

 イヴは魔王の言葉を従い、まずはゲートを自由に開放できる特訓から始める事にした。

 胡坐を組み、手を合わせて目を閉じる。そして呼吸を一定のペースで行い己の中に集中をする。


「……そういえば」

『集中が乱れるのが早いわバカタレ』

「アイツを殴った時、妙に力が入ったけどあれも魔法?」

『……あれは身体強化の魔法。一番最初に取得する基礎魔法だ』


 ゲートの開放率が5%を超えた時に取得が可能となる魔法である。

 知覚した己のゲートから出てくる魔力を全身に纏わせる事により攻守共に強化4する魔法。ちなみにこの状態で魔法を使えない人間をデコピンすると頭が何処かへ吹き飛んでいく。さらに開放率が上がれば上がるほど、身体強化の魔法は強くなる。


「なるほど。だから魔鍵師ウォーロックスミスはあんなに強かったのか」

『ある程度の攻撃も防げる様になる。だが貴様にはまだ早い。その前にさっさと魔力を感じ取らんかクソガキ』

「はいはい」


 魔王の言葉におざなりに返して集中する。

 それから1時間ほど経ち、イヴは頭の中で何かがハマる音と開く音を聞いた。同時に今まで感じ取れなかった感覚が彼の脳みそを揺らした。


「――、オエェ……」

『ふむ。ようやく開いたか。ああ、それと……初めて開いた時は吐くぞ? 魔力酔いと呼ばれている』

「……先に、言え……てか、絶対にわざと言わなかっただろ……!」

『さてな? だが強い違和感だっただろう?』


 愉快だと言わんばかりに笑い声を上げる魔王に、本気の殺意が芽吹くイヴだったが魔力酔いによって何も言えずにいた。

 というよりもそれどころではなく、だんだんと意識が無くなって来ていた。


「お、ぼえて……」

『すまんな。どうでも良いことは忘れる事にしている』

「く、そまお……――」




「ようやく寝たか」


 イヴの体がガクリと落ちた後に、すぐに彼の体は起き上がった。

 イヴ……ではなく魔王は、開きっぱなしになっているゲートを閉じて、新居のベッドに腰掛けようとして……埃だらけだったので


「やれやれまったく。プライドの高いガキは厄介だ。これではおちおち自由に愉しめないではないか」


 イヴの体は限界だった。初めての魔法戦闘による疲労は本人が自覚している以上に負担になっており、しかし本人はGUARDを警戒して休もうとしなかった。

 よって、こうして新たな力の使い方を教えるついでに意識を奪い強制的に休養させる事にした。


「この魔王が寝る事しかできんとは嘆かわしい……」


 ぶつくさと文句を言いながらベッドの中に入った魔王は。


「さて、事が起きるのは……三日後くらいか?」


 まるで未来を知っているかのように呟くと、そのままイヴの体と一緒に眠りに落ちた。

 半分だけ意識を外界に向けて警戒心を解かない様にして。




 それから三日後、魔王の言う通り事件は起きた。


 イヴは再び――選択を迫られる。


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