第一話『スラム街の悪ガキ、拘束される』②

イヴは負傷した筈の頭と右肩に触れて不思議そうにしている。イムシツなる空間に放り込まれた瞬間彼の怪我は綺麗さっぱり治り、さらにはゲートも回復していた。それどころか先日の戦いの影響か開放率が上がっている様にも思えた。

 すこぶる調子の良い体に彼が若干不気味に思っていると、何やら魔王がブツブツと独り言をしていた。


『まさか【修復】の術式? しかし何故この様な場所で奴の術式が? まさか奴も……奴らもこの世界に居るのか? ならばこの小僧は──』

「……どうした?」

『──いや、何でもない。貴様は気にする必要はない』


 廊下を歩きながらコッソリと尋ねてみるも魔王は答える気が無いのか、素っ気なくイヴの言葉を切って捨てるとそのまま沈黙してしまった。

 こういう時の魔王は何を言っても反応が無いので、イヴは大人しく自分の前を歩く魔鍵師ウォーロックスミスに着いていく。

 名前は確か……イザベラと言ったか。

 随分と無口な少女で「着いて来て」と治療が終わり個室に隔離されていた彼を連行し、道中全く喋らない。

 異性に耐性の無いイヴにとっては助かるので有り難いが。


(──いやごめん嘘)


 正直辛かった。

 何故ならイザベラの顔は思わずため息を吐くほどに整っていた。顔の良い女という言葉は彼女の為にあるのではないか? と思えるほどに整っていた。

 ユーリも容姿の整った少女だが、目の前のイザベラはそれ以上である。


 だからクソ雑魚童貞であるイヴはずっと緊張しぱなっしで、イザベラがずっと無表情なのも少し怖いと思っていた。自分が何かしたのではないか? と不安で。


『お前……いや、うん。もう何でもよい』


 流石の魔王も呆れて物が言えない。GUARD嫌いじゃなかったのかよ……。

 しかし苦痛の時間は終わった。目の前には南支部の支部長室があり、彼女は遠慮なく扉を開けた。当然ノックはしていない。


「着いた」


 そう言ってイザベラが入り、イヴも恐る恐るその後に続く。


「いらっしゃいイヴくん! 待っていたよ!」


 歓迎の声を上げたのはレインだった。部屋の奥の自分の席に座り笑顔をイヴに向ける。可愛くて惚れそうだった。

 そんな彼をいつもの表情で見るのは先に案内されたユーリである。彼女と視線が合ったイヴは露骨にホッとした表情を浮かべて、ユーリも彼の無事を確認できて安心する。

 二人のその様子を見てレインは穏やかな表情を浮かべて何処か嬉しそうだった。イザベラは興味ないのかボーっとした表情で虚空を見つめている。


「さて、その前にご飯を食べようかっ。お腹が空いていたら話したい事も話せないしね! 

 あ! その前に自己紹介だったね! 私の名前はレイン・ベルカラント! この支部の支部長をしています!」

『……』


 忙しなくイヴ達に話しかけるその姿からは、先の戦場での毅然とした態度を忘れてしまいそうな程に接しやすい雰囲気を感じる。

 だからだろうか、何処か警戒心を持っていたイヴとユーリも肩の力を抜いた。

 しかし魔王だけはレインの名を聞いて難しい顔をしていた。


「ほら、座って座って」


 そう言ってレインはテーブルと椅子を用意しイヴを座らせる。

 そして彼らの前にトンっと置いたのは──。


「これは何でしょうか?」

「見た事ねぇな……」

「東支部の考古学者が見つけた文献を元に再現された【カツドン】っていう食べ物だよ! 黄色と赤の食材を元に構築した食べ物で凄く美味しいんだー!」


 カツドンなるモノを前にイヴとユーリは戸惑っていた。

 ユーリはともかく、イヴは食材と聞いて目の前のモノを連想できる環境に居なかった。

 そもそも彼の中でGUARDから配給される食材は赤と黄色と緑のブロック状の物体、そして水だ。味は無く、しかし口にすれば腹が膨れて栄養が取れる。彼にとって食事は栄養補給のみだ。


 ちなみに魔王はこの世界で初めて食事をして絶望していた。ひっそりと。


 だから目の前にあるカツドンを初めて見るにも関わらず──その魅力には勝てなかった。

 イヴは警戒心を抱くことなくカツドンを素手で掻き込み、そして──未知の感覚に思わず涙を流した。


「美味しいよね? 分かるよ私も初めてはそうだったから」

「【パン】や【スープ】とは比べ物にならないほど味がありますね……」

「レインお代わり」

「ああ! いつの間に!? というかそれ私のじゃん!」


 イヴの前で三人の少女がカツドンの味に感心し、楽しみ、腹を満たしていく。

 彼もまた腹を、心を満たされていた。

 だから──許せなかった。聞かずにはいられなかった。


「GUARDはいつもこんなに美味いの食べているのか」

「──」


 三人が黙り込む。しかしそれも仕方のない事だろう。

 イヴ達スラム街の──保護区の住人たちは生存を優先する為に質素な食材しか与えられなかった。いや、食材というにはあまりにも……。

 そして恐らく都に住んでいる者たちはもっと真面な食事をしている。


「何で俺達はあんな惨めな生活を強いられるんだ?」

ゲートが開かないから」

「っ──だったら! 戦う為だって言って配給減らすのも仕方ないのかよ!」


 感情を見せないイザベラの言葉にイヴは怒りの感情を露わにする。


「あそこがどんな場所か知らないのか!? 真っ先に死ぬのは──」

「──子ども、だよね?」


 イヴの叫びを、訴えを、嘆きを、レインは受け止めて尚、彼の言葉が遮った。



「……知っていたのか?」

「むしろ君は何も知らないんだね。でも……そうさせたのはGUARD私たちなんだよね」

「……」

「ねぇ、イヴくん。どうか話を聞いて。聞いてくれたら君のその怒りが何なのか分かると思うの」

「言い訳を聞けって事か」

「そうじゃない。そうじゃないんだ──ただ、何も知らないままこの世界を憎んで欲しくないんだ」


 レインの言葉には嘘偽りが無かった。イヴの事を想って、スラム街の人たちを想って──真実を知ってほしいと真摯な姿勢で彼と向き合おうとしている。


「……話してくれ」

「イヴくん」

「俺はアンタの言う通り何も知らない」


 世間で知らされているGUARDの実態に嘘偽りは無いだろうが、意図的に隠されている情報は確実にあるだろう。

 特に使徒についてはスラム街の住人は壁の向こう側に現れる人類の敵程度で、彼らが現れるから自分たちの生活が苦しくなるくらいにしか知らず──何故そうなるのかを考えていないし、理解しようとしていなかった。

 そしてそれはイヴも同じであった。


 しかし今は違う。


 魔法に触れて、使徒を倒して、ユーリと出会って、GUARDと接触して──何より魔王に導かれた。


「──だから話を聞いて、知って、そして選択する!」


 何も知らないまま、自分が何に苛立ち、何に怒りを覚えるのかを知る為にイヴは選択する。


『ふん。小僧が抜かしおる』


 魔王はその選択を笑うが──しかしその声は何処か優しかった。


「ありがとうイヴくん。それじゃあ先ずアイツらの……蓋界がいかいの使徒の目的を教えるね?」


 そして語られるのは人類存続を賭けた戦いの歴史。


「アイツらの目的は、この世界のみんなが持っている──ゲートだよ」

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