第二章「疾走する闘争本能」

第一話『スラム街の悪ガキ、拘束される』①

『──むっ。小僧、逃げるなら……いや、間に合わないか』

「え?」


 魔王が何かに気付きイヴに忠告しようとし、しかしすぐに無駄だと判断したのか辞めた。

 イヴが聞き返す前にガチャガチャと鎧を着こんだ大勢の魔鍵師ウォーロックスミスが彼の周囲に現れた。

 剣や杖をこちらに向けて厳しい視線をこちらに向けていた。

 なんだ、こいつら……? 

 突然の出来事にイヴは戸惑いながらも警戒を露わにする中、彼の前に一人の少女が前に出た。


「アナタが例のウォーロックね」


 小柄な体格の少女だった。金髪でグラデーションブルーに染まったサイドテールが揺れて、イヴを見据える赤き瞳は真っ直ぐだった。手には自分の身長よりも長い杖を携えており、杖先にキラキラと魔力が集い輝いていた。


「ここまで隠れ潜んでいたのは素直に褒めてあげる──でも、もう逃げられないよ」

『……』


 イヴは周囲を見渡す。火事で燃えている家屋は他の魔鍵師ウォーロックスミスが鎮火作業に入っており、民間人の誘導も行われている。


「……っ。待ち伏せって訳か」

「そうなるね」

「俺なんかに構っている暇があるのなら、被害者の救出に行ったらどうだ? GUARDさんよ?」


「……」


 破れかぶれの戯言なのはイヴにも分かっていた。使徒も全滅し蓋門がいもんが閉じている今、GUARDは事後処理をしっかり行っているのを彼自身が確認していた。

 だから彼の言葉が受け入れられる筈も無く、突っ撥ねられる事は分かり切っていた。

 それでも何とか隙を作って逃げ出す為の方便でしかなく、注意深く目の前の少女の一挙一動を観察し……。


「そ、そうだよね! ごめんね!」

「え……?」

「それに何度も保護区のみんなを助けてくれたみたいだし……なんか感じ悪くてごめんね? 本当はお礼とか言いたいんだけどっ」

「いや、その、うん?」


 急に毅然とした表情を崩しオロオロとし始めた少女に、思わず脱力しそうになるイヴ。

 この子良い子そうだなぁ、と恐らく慣れていないだろう言動をしている少女に、イヴはため息を吐く。


「それで? 俺に何か用なのか? 一応怪我人なんだけど」


 オーガに殴られた際に頭から出血し、右肩も負傷している。さらにゲートも酷使して精神的に疲れていた。正直に言えばさっさと休みたい。

 しかしこのまま押し切れば見逃してくれそうだと思い、イヴは強気になって言ってみる。


「ごめん、それはできないんだ」

「……」

「今回の事件私たちは解決したい。だから君から話を聞かないといけないんだ」


 少女は真摯な態度でイヴに応えた。己の思いを伝える様に。

 しかし──それはイヴに届かない。むしろ彼女の言動にイラっと来ていた。


「……やっぱりGUARDはGUARDか」

「え?」


 私たち。しなければならない。

 無意識な上から目線。自分の組織以外の人間を庇護者として見ている立ち位置。

 イヴはそれが気に入らなかった。


 ──ああ? ウォーロックになるだぁ? お前はそんな事気にしなくて良いんだよ。


 かつて戦いたいと言った彼に、GUARDの魔鍵師ウォーロックスミスが吐き捨てる様に放たれた言葉を思い出す。その女が目の前の少女と同じ金髪だったから余計に、その当時に感じた屈辱感を思い出した。


「悪いが、逃げさせて貰うっ!」


 明らかな反抗の意思を示して、イヴはそう言い捨てると、ゲートを開き身体強化の魔法を使おうとし。


「無駄だよ」

『無駄だぞ』


 その行為を目の前の少女と魔王が意味が無いと斬って捨てた。

 どういう意味だ? と問いただす前に。


 ──ギュイイィイイイン! 


 再びあの音が聞こえたかと思うと、突如イヴの体がガキンッと見えないナニカで拘束された。

 ……やられた! だから目の前の少女はこんなにも余裕を持って自分に相対していたのだとイヴは気付く。

 いや、それよりも。

 彼は自分の中にいる魔王に文句を言った。


「お前、分かっていたのか!?」

『当たり前だ。この戦場に赴いた時点で……いや、正確にはずっと前から見られていたがな』


 その際はもし攻撃されても魔王は迎撃できる自信があったが、イヴが満身創痍かつげーとも疲弊している為抵抗を諦めていた。


『今、悪足搔きをするのは辞めておけ』

「……」

『今はそのちっぽけなプライドは捨て置け。何、悪いようにはされん』

「……でも」

『……小僧、一つ言っておくが……死ななければいつか勝てる』


 魔王は駄々をこねるイヴに諭すように言う。


『譲れないものを譲りたくない時、それでもどうにもならない時には耐え忍ぶ事も必要だ』


 かつて非力だった魔王もまた敗北をした時、泥水を啜りながらも耐え忍ばなければならない時があった。


 それでも彼は生きる事を優先し、嗤われながらも、蔑まれながらも、見下されながらも──最後には全員ぶっ飛ばした。


『だから今は気に入らないだろうが耐えろ。それに貴様は見えてない事もたくさんある』

「……何だよそれ」

『今分かれとは言わん。いつか理解しろ──そして、己の力の無さを、不甲斐なさを受け入れるんだな』

「──ちっ」


 イヴは魔王の言葉に思うところがあったのか、舌打ちをして……抵抗を辞めた。


「連れていけ」

「……うん。ありがとう──第一部隊は私と一緒に彼を支部に案内します。他の部隊は事後処理を」


 目の前の少女が指示を出す中、イヴはGUARD隊員に拘束される。


 ──こうして今回の一件は幕を閉じた。

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