第4話『スラム街の悪ガキ、ゲロを吐く』①


「──此処なら暫く身を隠せるな」


 イヴは以前の家を捨てて新しい家を手に入れた。と言ってもスラム街に数ある廃墟の一つを勝手に使っているだけだが……尤も以前の家も勝手に使っていた廃屋だったりする。

 荒れて埃塗れのソファに座り一息つくイヴ。裏路地で目覚め、ゴロツキ共に追われて、果てには使徒との戦闘。流石に疲れた。


『英雄に祭り上げられるのは嫌いか? 小僧』

「別にそんなんじゃねぇよ……」


 疲労困憊なイヴは魔王の茶々に力なく答える。

 使徒を倒した後、その場に居たスラム街の人たちは口々にイヴを褒め称えた。

 助けてくれてありがろう。お陰で助かったと。

 正直良い気分だったイヴだったが、彼の中で魔王の零した言葉によって直ぐにその場を後にした。



――小僧。どうやら貴様が最後だったようだぞ。

――何がだ?

――貴様の言う使徒とやらだが、他に9体現れたが瞬く間に殲滅された。それと複数の魔力がこちらに向かっている。

――それって……!

──ん?どうした小僧何処へ行く。まだ我は賛美の言葉を受けておらんぞ。ほら、あそこに丁度良い女が居るではないか。ちと体を渡せ。聞いているのか小僧?おいこら小僧!おい!貴様!無視するな!ちょっと遊ばせろ貴様ァ!



『GUARDとやらは鼻が利く。すぐに居場所がバレるぞ』

「……」

『そもそも何故隠れ潜む必要がある? そして何故そこまでして奴らを毛嫌いする?』

「……」

『黙りか。童らしいくだらん理由と見た』

「ちっ……」


 舌打ちをするも語るつもりはないのか、イヴは魔王の煽りをとことん無視した。


『まぁ、何となく察してはいたがな』

「……」

『貴様がGUARDを語る際、まるで肥溜めの中を覗いているかのように不快感を抱いているのを感じ取れた。融合している弊害だな』

「ふん……」

『それに』


 魔王は、この世界についてイヴから聞いてずっと疑問に思っていた事があった。


『貴様、もしかしたらGUARDならこの状況をどうにかできると考えたのではないか?』

「……何が?」

『呆けるな。貴様は無知だが悪知恵は働くクソガキだ。おそらく何らかの魔法により融合した我と貴様を分離させる方法をGUARDなら知っているだろうと当たりを付けた。しかし私情でその選択肢を捨てた。違うか?』

「……」


 魔王の言っている事は当たっていた。

 イヴはGUARDが嫌いだ。3年間に起きた事件で彼は全てを失い、それをGUARDは守れなかったし――そもそもの事件の原因はGUARDにある。

 だからそれ以来彼はGUARDに不信感を抱き、頼りたくないと思った。

 魔王との融合は不気味だし困っているし、どうにかしたいと思っているが……GUARDに頼るくらいならこのまま死んで良いとすら思っている。

 しかしその事を正直に魔王に言いたくなかった。あっさりと見抜かれたが。


「文句あるのか?」

『いや? その選択を愚かだとは言わん。個人的にはくだらん、幼稚、今まで童貞だったのが納得な程にクソガキだと思うだけだ』

「お前に体があったら思いっきり殴ってやりてぇ」

『どのみち不可能だ』


 ハンッと鼻で笑われ、イヴの苛立ちは増すばかり。


「……何だ? その選択は間違いだからGUARDを頼れって言いたいのか?」

『いや? 別に良かろう』

「……は?」


 魔王の言葉に素っ頓狂な声を出すイヴ。


『……我は選択した者を否定せん。浅はかだろうが思慮深ろうがな』


どうせなら後悔してでも選択をした方が良いと、諦めて選択自体を放棄するのは勿体ないと魔王は言った。そしてイヴに選択を迫った。


「……何が言いたい」

『別に。ただ、その選択の先を我は見届ける責任がある。貴様の青いケツを蹴飛ばした手前故な』

「……」


 その言葉に釈然としないながらも、魔王がそれ以上GUARDについて何も言わなかった為イヴも話を広げる事は無かった。




「それにしてもまさか俺が魔法を使えるとは思わなかった」


 しばらくして、イヴは先ほどの戦闘を思い出して己の手を見つめる。

 ずっと焦がれていた力。何故自分には魔法の才能がないのだと腐っていた。

 しかし今日初めて彼は魔王の力を借りて自分の魔力を帯びて使徒を倒した。その実感がフツフツと沸き起こり始めた。


『何を不思議がっている。貴様には元々才があった。それに気づけなかっただけだろう』

「それはそうかもしれんが、勝手に言ってくれるな」

『フン。貴様と融合した時、しっかりゲートの存在を確認したからな。当然だ』

「……は? 何を言っているんだ?」


 イヴは魔王の言葉に首を傾げて。


「人間にゲートがあるなんて当たり前だろ?」

『……む?』


 魔王はイヴの言葉に首を傾げる。


「……俺変なことを言ったか?」

『……一つ質問をする。貴様の言う魔法の才能はゲートの有無であろう?』


 魔王にとっては人間が両足を使って歩くのと同じくらいの常識。

 しかしその常識はこの世界では通用しない事を薄々感じ取っていた。実際に、イヴは「なんだそれ?」と怪訝な声を上げて否定する。


「人間にゲートがあるなんて普通だろ?」

『……ならば、如何にして魔法の才の有無を図るのだ? この世界は』

「そんなのゲートを開く為の鍵があるかどうかだろ」

『鍵?』

「……俺も詳しい事は知らないけどさ」


 人が魔法を使う際に開かれるゲート。その開放率によって魔鍵師ウォーロックスミスの強さは左右される。そして、その全人類が持っているゲートを開くためには自分の中にある鍵を知覚し、ゲートを開放しないといけない。

 それが出来るか否かで魔法の才の有無がはっきりと分かれ、その後開放率をどれだけ上げられるかが魔鍵師ウォーロックスミスに求められる才能である。


 そしてイヴはこの3年間全く自分の中の鍵を知覚できず、使徒と戦う力を有していなかった。


「そして魔法が使えない俺たちはこの保護区と言う名の荒れた街に隔離されているんだ」

『なるほど……』

「……そして、魔法が使える奴はGUARDに入ってさ、その家族は都の居住権を手に入れるんだ。もしかしたらまた魔鍵師ウォーロックスミスになれる奴が出るかもしれないって」

『なるほど。それで追い込まれている癖に貧富の差が生まれているのか』

「都の奴ら俺たちの事を『鍵無し』って馬鹿にしやがる……魔法が使えないのはあいつ等も同じ癖によ」


 人は自分よりも弱い存在を認識して安心しようとする。

 あんな貧困生活をしたくない、とスラム街の住人を見て自分たちが豊かな生活をしている事実を噛み締める。そしてスラム街の住人たちは都の人間に対して、魔鍵師ウォーロックスミスに対して、GUARDに対して敵愾心を抱く。

 イヴの言葉を受けて、なるほどと納得する魔王。


『(門無しではなく鍵無しか)しかし貴様らスラム街の食料の配給をGUARDは行っているようだが?』

「それでも量が少ないし取り合いが起きている」

『ふむ。つまり飼い殺し状態という訳か』

「どういう意味だ?」

『GUARDに余裕がないのか、もしくは敢えてそうしているのか知らんが……』


 非魔鍵師ウォーロックスミスは魔王が認識している範囲だと何もしていない。ただ生かされているだけだ。

 仕事を与えて働かせて労働力する事無く、ただ決めた範囲に人類を配置して餌を与えている。それでは腹は膨らんでも心は貧しいままだと魔王は言った。

 そしてそれは都の非魔鍵師ウォーロックスミスにも同じことが言えて、それがそのままスラム街への差別意識となっている。


「……良く分からん」

『まぁ、我はGUARDを知らんからな。今言った事も的外れの可能性が大いにある。そして貴様がGUARDと接触する気がない以上、奴らの真意を知ることはできん』

「……」

『ただ、国も人間も腐った場所から壊死し、崩れ落ちる。精々そちら側にならぬ様に気を付ける事だな』


 魔王の言葉にイヴは返す言葉が無かった。

 正直言われた事のほとんどが理解できていなかったが、自分も魔法が使えると分かった時に湧き上がった感情を思い返して……あれは都の奴らと一緒なんじゃないかと思ってしまった。

 そうすると自分が嫌な人間になってしまいそうで……少し、怖かった。

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