第2話『スラム街の悪ガキ、GUARDに入隊する』②
「どう、って……」
作り話と切って捨てるには作りこまれていると思った。
全てイヴを納得させる為の方便ならどれだけ良かっただろうか。
『…………』
語られたのは、どうしようもなく
GUARDは死力を尽くして、崩壊して零れ落ちた欠片を手に入れて──現在に繋げている。
イヴはそれを、過去の人たちの頑張りを知らずに不満を叫ぶだけで──。
『小僧。余計な事を考えるな』
「……魔王?」
『無知は確かに罪だと言われるが、コレはGUARDが意図的に黙っていた情報だ』
故に知らないのは無理もなく──スラム街の人間がGUARDに対して不信感を抱くのは当然と言える。
何故ならそう仕向けたのはGUARD自身なのだから。
解決できない食糧問題を解決できないのなら、不満を解消できないのならどうすれば良い?
【ベルカラントの小娘】
「うわ、びっくりした!? これが噂の念話!?」
【ふん。大方あの妙ちくりんなウォーロックの盗み聞きで把握しているのだろう】
魔王は今この瞬間も聞かれている事を知りながら、レインに一つ質問……いや確認をした。
【貴様の話は事実なのだろう? 現に
「吐き散らしていねぇ」
吐き散らしている。
【だが都の住人のスラム街への差別はGUARDの策略であろう?】
「……」
「何を根拠に言っているの?」
レインは押し黙り、彼女に代わるようにイザベラが魔王の言葉に喰って掛かった。
【(む……?)フン。根拠も何も我にはそうとしか聞こえなかったぞ? 都の人間は食への不満をスラム街への差別によって解消している。反対にスラム街の人間どもは都の人間を敵視していた】
魔王はイヴの肉体の中で見ていた。都の人間の蔑む視線を。スラム街の苛立ちの混じった視線を。
【追い込まれている絶滅危惧種にしては内輪揉めし過ぎだと思っていたが──差別による安心を与える事で都の人間をコントロールし、スラム街の人間には劣等感で弾圧】
「そ、そんな事……」
【ない、と言い切れない表情だな】
「レインを虐めないで」
涙目のレインを庇う様にイヴを、正確には彼の中に居る魔王を睨みつけるイザベラ。
流石に差別云々は聞かされていないが、隊長の座に付いているレインも何となく察していた。その為にどうにかしようと彼女の尽力している。故に、魔王の指摘は痛かった。
【ふん。先に虐めたのはそちらだろうに。あのような内容を、あのような語り方で聞かされれば、この小僧の様な単純馬鹿はすぐに価値観を染められる】
「馬鹿って……」
【それとな? 我は存外こやつを気に入っておる。打てば響く所が特に】
「お前が馬鹿だよクソ野郎」
【つまり、我の遊び道具を使うのならそれなりの礼儀ってものが必要だ】
「お前が礼儀を知れよ」
直接繋げられていないユーリは魔王が何を言っているのか聞こえていないが、何となく何を言っているのかを察していた。
「……ごめんなさい。私、そんなつもりは」
【ふん。真に人の心根を聞き遂げたいのなら、己の想いを伝えるだけでなく相手の想いを引き出す語り方を身に着ける事だな】
「コイツ偉そうに」
【喧しいぞ砂利。語る舌を持たぬなら黙れ】
「……っ」
魔王がイザベラに念話を繋げて直接黙らせた。
さっきから煩くて割とイライラしていた魔王。大人げないにも程がある。
【さて小僧。この小娘は、貴様の本音が聞きたいらしい。馬鹿らしく思ったことを述べよ。我が許す】
「お前本当に何様? でも……」
混乱していた思考。纏まらない考え。今までの己を疑い、これからの自分に不安を覚えた。
しかし魔王のおかげで、選択を誤らず答えを出すことができた。
「……レイン、さん。正直に話してくれてありがとうございます。確かに俺は何も知らなかったです」
「……」
「でも、やっぱり俺の中の怒りは消えません」
かつて
それ以来彼はGUARD全体を敵視していた。
魔王はそれを『貴様らしいガキの道理だな』と笑い、そして否定しないだろう。
「何で俺に力が無いんだ。何でこんな生活をしないといけないんだって」
そう思わせたのはGUARDで、許せるかというと……許せないだろう。
餓死していく子どもをたくさん見て来た。
生きる為に他人を傷つける大人をたくさん見て来た。
そうなる環境を作った組織を──。
「GUARDは好きになれません」
GUARDのこれまでしてきた事や今している事を許せない気持ちはある。
しかし同時に──人類を存続する為の苦肉の策だという事も知った。
「でも俺はGUARD以上の良い方法を考える事ができません」
イヴはGUARDを否定できない。彼には力も、知識も、経験も何もかも足りない。
人類が今現在まで存続できたのはGUARDの力だ。
その事実を彼は否定することができない──イヴがこの世界に居るのはGUARDのおかげだ。
「……それでもGUARDに感謝できないのは、俺がガキだからですかね」
「ううん、それで良いと思うよ。ただ私にとってGUARDは家みたいなものだから」
「……よく怒りませんでしたね」
「あはは! 割と腹黒いから仕方ないかなって? でも何も思っていないって訳じゃないぞー」
そう言ってレインはニシシと笑顔を浮かべた。
イヴに気を使っているのだろう。もしくは考えを改め、自分なりの答えを出した彼に敬意を表しているのか。
その辺りの気配りを察したのか、イヴは恥ずかしそうに顔を逸らす。
「……うん。どうやらイヴくんは違うみたいだね」
レインは何かを確信したのか、一つ頷き──。
「ねぇイヴくん。君、GUARDに入らない?」
「……は?」
妙案とばかりに彼をGUARDに誘った。彼女の言葉にイヴは思わず呆けた顔をする。
「……何で?」
「いやーそのね? 恥ずかしい話なんだけど、さっきGUARDは私の家って言ったばかりにこんな事言いたくないんだけどさ?」
GUARDに裏切り者が居るんだよ、とレインはあっけらかんとした態度で言った。
彼女の言葉に絶句するのはイヴ一人。他の者たちは知っている為何も言わなかった。
「正直君の事もその候補の一人だったんだ」
「何で!?」
「エリア外の
「ぐっ……」
疑いの目で見られていた事に抗議の声を上げるイヴだったが、イザベラの言葉に撃沈した。誰だってイヴの事を怪しいと思うだろう。
「そしてそのウォーロックに秘密裏に接触する人間も、ね」
「……」
「……ちっ」
続くイザベラの言葉にユーリは何も答えない。
それどころか、彼女はレインが語り始めてから一言も話していない。
その事にイザベラは気付いており、その態度が気に入らなかったのか舌打ちをする。
「スラム街への配給が減ったのって裏切り者の手回しなんだよ」
「……本当なのか?」
「うん。配給担当の人間はそう指示されていただけで知らなかったみたいでさ。いつの間にかその辺り操作されていたみたいで、その犯人を捜している所」
しかし中々見つからず困っていた。そこで現れたのがイヴだ。
彼も察したのだろう。レイン何を求めているのかを。
「俺にその裏切り者を見つけて欲しいって訳か」
「それもあるけど誰が敵で誰が味方か分からない現状だと、これまで部外者だった君が信用できるんだよね。あとここのイザベラとユーリちゃんもね! (あと此処には居ないコロちゃんも)」
「まぁユーリはそういう事しないからな」
レインとしては別の理由があってユーリをこちら側だと言っているのだが──あえて言わなかった。
「できたらさ? 二人は行動を共にして欲しいんだ、なるべくね」
「私は構いません。イヴなら信頼できます」
「……それってさ」
「本当? ありがとうユーリちゃん!」
ユーリの言動にイザベラが反応を示すが、それをレインが遮る。
ここで無暗に衝突をするのは避けたいが為に。
そして改めて視線をイヴに向けて、懇願する。
「ねぇイヴくんお願いできない? 裏切り者を見つけたら、私にできる事なら何でもするからっ!」
「──」
『マセガキ』
「うるせっ」
思考を読んだのだろう。魔王の呆れ切った声にイヴは赤面した。
「……俺が一番憎いのは使徒です。そいつらの仲間が此処に潜んでいるなら──絶対にぶっ飛ばしてやりたい」
「それじゃあ」
「ただし! ソイツを見つけるまでです! 終わったら抜けますからね」
「──うん。それで良いよ。ありがとうねイヴくん!」
こうしてイヴはGUARDに所属する事になった。
かつての己が聞けば信じないだろう。正直今も不思議な感覚だった。
それでも彼は今、此処に居る。
【ああ、そうだ小娘。1つ聞きたい事がある】
「あ、はい。何ですか?」
ユーリの案内の元、イヴは己の個室へと向かおうとしていた。
GUARD入隊式まで空き部屋で生活して貰うために。他の隊員にはイヴの扱いを通達しており、道中取り押さえられたりしないだろう。
しかし隊長室を出る前に魔王がレインに念話を繋げた。
【貴様に貼り付けてある魔力はそこの女のモノか?】
「──分かるんですか?」
【──その反応で理解した】
魔王はそれっきり黙り、イヴは何が聞きたかったんだと不思議に思いながらもユーリの後に着いて行った。
それを見送った後に、イザベラがレインに確認をする。
「ねぇ、今のって」
「うん。多分イザベラの術式に気付いたのかも」
レインの肉体にはイザベラの魔力が貼り付けられている。それによりイザベラの術式によって色々とできるのだが……魔王は魔力探知でその辺りの事を察したのだろう。
思わずイザベラの警戒心が高まり、そんな彼女を苦笑しながら大丈夫だとレインは言った。
「でも聞いていた通りに偉そうだったね」
「魔王ってそんなものらしいよ」
「そうなの?」
レインが不思議そうにし、イザベラは話題を変える。
「それよりもあのユーリって子」
「うん。私たちと同じだね」
「やっぱり?」
「うん。だからこそ──イヴくんと一緒に居る事に意味があるんだ」
結局ユーリに尋問はできなかった。しかしそれで良かったのだろう。どれだけ問い詰めても、もし痛みを与えたとしても彼女は何も喋らない。
ならばイヴと行動を共にさせる事で制限を掛ける。
それで何もしないのであればシロ。何か行動を起こせばクロ。
そして──もしユーリが裏切り者でないのであれば、彼女が最も疑っているのは……。
「ねぇイザベラ」
「なに?」
「早くユーリちゃんと仲良くなれたら良いね」
「……そうだね」
強かな幼馴染にイザベラは怪しい笑みを浮かべた。
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