42話:杞憂日和④

 ~ 列車の座席にて ~


 左右2列の優雅なソファー席に座るのは、1000階旅館の若旦那:朝霧あさぎり杞憂きゆう

 通路側に座った彼の左隣、窓際の席には日本人形の『あやかし』:櫻子さくらこがちょこんと座り、通路を挟んだ反対側には、杞憂きゆうよりも一回り大きな白蛇様が少し窮屈そうに腰を下ろしていた。


 ――ガタンゴトンッ。

 列車は既に『おかどめ幸福駅』を出発し、窓の外を流れる紫陽花達は、過ぎ去る景色に鮮やかないろどりを加えている。

 現世に着くまで眺めていたくなる美しい光景だが、しかし杞憂きゆうの中には“地味に深刻な問題”が浮かんでいた。


「そういや白蛇様、今更だけど1000階旅館での俺はタダ働きか?」


「ん、それはつまり賃金が欲しいってこと? 衣食住付いてるから要らないでしょ」


「そうは言っても、ドールハウス買うにもお金は必要だ。今回は手持ちで何とかるかもだけど、逆に言えば手持ちを使い切った時点でアウト。給料無しは流石に困る」


「なるほど、まぁそれもそうだね。タダ働きが嫌で若旦那の仕事を辞められても困るし――うん、いいよ。それじゃあ“月10万”でどう?」


「10万か……」


 少ない、というのが正直な感想。

 欲を言えば「倍」くらい欲しいところだが、それに見合った分の働きをしなければならないかと思うと、それはそれで腰が引ける。

 今のところ「衣食住完備」で生活費がほとんど掛からないことを考慮すれば、落としどころとしては悪くない提案だろう。


「じゃあそれで頼む。あと、いきなりで悪いけど“前借り”出来るか? 別に白蛇様を信用してない訳じゃないけど、人間のお金を給料として払えるのか不安だし」


「それは実質信用してないも同義じゃない? まぁ気持ちはわからなくも無いけど」


 言って、白蛇様が懐から取り出したのは「蛇皮の長財布」。

 随分と分厚いその財布から札束10枚を取り出し、「はい」と気軽な感じで杞憂きゆうに手渡し。

 10万円という中々な高額をサラリと出したその振る舞いに、杞憂きゆうは白蛇様の凄さを実感すると共に、同じくらいの割合で猜疑心さいぎしんを孕む。


「随分とあっさりくれるな……一応聞くけど、“葉っぱを札束に変えてる”とかじゃないよな?」


「アハハ、それは勿論。ちゃんと日銀が発行した正真正銘の紙幣だよ。昨今は『桃源郷』もコンプライアンスに厳しくて、そういう事すると大目玉喰らっちゃうからね」


「ふ~ん、そうなのか。まるで昔はやってた、みたいな言い方だな」


「ひゅ、ひゅ~。ひゅ~(下手な口笛)」


「………………(やってたな?)」


 少しばかり説教したい気持ちが芽生えた杞憂きゆうだが、とは言え白蛇様が本気を出せば、自分など一瞬でやられることくらい彼もわかっている。

 まぁ人間一人に説教されたところで物騒な事をするとも思えないが、相手は腐っても強力な『あやかし』。

 必要以上に“強気な態度”は身を滅ぼすだけで、そもそも給料を前借りした人間がアレコレ言ったところで説得力も皆無か。


 更に言えば。

 給料という現実的な問題を話題に上げたことで、それに関連する心配事が芋蔓いもづる式に出て来たのも事実。


(今更だけど、俺が住んでたマンションが心配だな。郵便受けも凄い溜まってんだろうし、住んでないと思われて泥棒に入られてる可能性もある。家賃や光熱費は勝手に引き落とされるし……)


 杞憂きゆうも本当はわかっていた。

 いくら写し世うつしよにやってきたところで、現世との繋がりが全て途切れた訳ではない。

 今日までは心の何処かで考えない様にしていたが、いよいよ無視出来ない問題と対峙する時が来たのだ。


(これから、もし本当に1000階旅館の若旦那として暮らしていくのであれば、現世のマンションをそのままにしておくのは金銭的なデメリットがデカすぎる。写し世うつしよに骨を埋める様な覚悟は無いけど……でも、ここでの暮らしは割と気に入ってるし)


 見えない何かに追われていた現世とは違い、写し世うつしよでの生活には心に余裕がある。

 この生活をすぐに手放す理由も無いなら、現世のマンションは早い内に引き払った方がいいだろう。


 と言う訳で――。


「白蛇様、しばらく1000階旅館で厄介になるなら現世のマンションを引き払いたい。契約とか引っ越しの準備とかで、何度か現世を往復したいんだけど構わないか?」


「あ、それなら心配要らないよ。杞憂きゆうのマンションは私が解約しておいたから」


「……え?」


「引っ越し業者に荷物まとめるのを頼んであって、今日は午後から私がその作業に立ち会うんだ」


「……え?」


 聞き間違えに続き、今が現実が否かを疑う杞憂きゆう

 状況を飲み込めないそんな彼に向けて、白蛇様は何食わぬ顔でつらつらと語る。


「安心して杞憂きゆう、引っ越し代は全て私の驕りだよ。荷物は全部1000階旅館の倉庫に運んでおくから、後で必要なモノは自分の部屋に移せばいい」


「……え?」


「あ、住所は実家の方に移しておいたから、何か大事な書類があれば実家の方に届く筈だよ。流石にネットで契約してるモノは住所変更出来てないから、それだけは暇を見つけて自分でやってね。現世げんせに行けばスマホも繋がるし、気になるなら両親に連絡してみたら?」


「………………(おいおいおい、やってくれたな)」


「あれ、怒った?」


「いや、呆れてたんだよ。怒りを通り越してな」


 事前の相談も一切なく、随分と好き勝手してくれたらしい。

 1つくらいの好き勝手なら怒る気持ちも湧こうというものだが、3つ4つと連発されれば呆れの方が勝ってしまう。


「全く、一体どうやったら人の引っ越しを勝手に決められるんだよ? 住所変更だって本人確認とかあるだろ」


「そこはほら、私の『妖力』でゴニョゴニョってね。面倒事を全部済ませてあげたんだから別にいいでしょ?」


「コレはそういう問題じゃないんだが……まぁいいや」


 説教が効く相手であればこんな身勝手な決断をしていないし、実際のところ“面倒事”を済ませてくれたというのはその通り。

 写し世うつしよと現世を往復しながら引っ越しするのは相当な労力で、それを全て終わらせてくれたのは、感謝こそすれど恨むのはお門違い、かも知れない。

 まぁ見方によっては「逃げ場を奪った」とも取れるが、結果的に杞憂きゆうの負担が減ったのだから結果オーライなのだろう。



「ちょっとアンタ達、いつになったらこの列車は現世に着くのよ?」



 美しい紫陽花の景色も眺め飽きたのか。

 窓際の櫻子さくらこが不機嫌な声を上げたところで、白蛇様が「ゴメンゴメン」謝りながら笑う。


「現世へ渡るのはすぐに出来るけど、しかし櫻子さくらこ君はそのままでいいのかい?」


「何よ“へびオジ”。アタシに何か文句ある訳?」


「いやいや、文句とかじゃないけど“その大きさのまま”でいいのかなって。微妙に目立つ大きさだから、いっそのこと人間の大きさになった方がいいよ」


「ん、櫻子さくらこって他の人間にも見えるのか?」とは杞憂きゆうの疑問。

「『あやかし』だから普通の人には見えないんじゃないのか?」


「普通の『あやかし』ならそうだけど、彼女の場合は付喪神つくもがみだからね。物に『妖力』が宿って『あやかし』なった場合は普通の人にも見えるんだ」


「そうなのか。ってなると、今の櫻子さくらこが普通に動き回るのは駄目だな。大騒ぎになってネットに動画が拡散される」


「ねっとりどうが……? アタシにちょっとよくわからないけど、大きくなるのは無理よ。今の『妖力』じゃ半日も持たないわ」


「うん、だろうね。そこで~~ジャジャーン!!」


 自分の口で効果音を奏で、白蛇様が財布に続いて取り出したのは“茶色の小瓶”。

 杞憂きゆうの親指よりも一回り小さな小瓶で、貼ってあるラベルには「妖」の一文字が記されていた。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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