4話:『1000階旅館:よろず荘』
森を抜けた先で、
『1000階旅館:よろず荘』
雲まで届く旅館の看板には、流れる様な字体でそう記されていた。
看板自体は古そうに見えるものの、文字に「算用数字」が使われているのがこれまた珍妙に見える。
「凄いな……上が全く見えないぞ」
「当たり前だ、1000階もあるんだからな。それよりこっちに来い。白蛇様が待ってる」
狐の美少年:
彼の狐耳と尻尾も相まって、狐に化かされている感がしなくもないが……ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
意を決し、
正面玄関は
慣れた手つきで
無論、実際に目玉を奪われたわけではなく、目の前の光景に言葉を失ったのだ。
(……美しい)
咄嗟に出る言葉はそれしかない。
扉の奥:ロビーの先は、回廊に囲まれた中庭が広がっていた。
中央に池を有する手入れの行き届いた日本庭園で、一面が苔に覆われているところを見ると、いわゆる「苔庭」の類だろう。
それ以上の詳しい様式まではわからないが、飛び石や松の木など、現代日本人の多くがイメージする日本庭園がそこにはあった。
しかも天井は吹き抜けなのか、更に言えば「外の天気と違う」のか。
中庭の真上から優しい陽射しが注ぐと共に、シトシトと小雨が降り注いでいる。
「は~、随分と素敵な中庭だな。苔がキラキラと輝いて見えるけど……雨が降ってるのはどういう訳だ?」
『それには私が答えようか』
「うおッ!?」
振り向くと、巨大な白蛇の顔があった。
初見ではなく本日二度目の出来事だが、丸飲みにされそうなレベルで巨大な白蛇の顔を間近に見るのは、二度目だとしても中々にインパクトがある。
「白蛇様か、吃驚させんなよ」
『そちらが勝手に吃驚しただけだろう? 私は
「……真面目に話す気が無いなら、俺は帰るぞ」
『まぁ待ちなさい――と言うより、
「当たり前だろ」
『本当に?』
ジロリと、蛇の目玉が
決して睨まれた訳ではなく、心の奥を見透かすように、ただただ蛇の目玉がジッと見つめて来る。
蛇に睨まれた蛙でもないのに、
「……どういう意味だ? いきなりこんな場所に連れて来られて、帰りたくない訳がないだろ」
『そういう風に、キミは自分に言い聞かせているだけだろう? それじゃあ聞くけど、現世に戻って
「それは……別に本気で言った訳じゃないし、そもそも俺はバイトに行く途中だ」
『そのバイトは、
「まさか、そんな訳ないだろ。生活費を稼ぐ為にやってるだけだ。……でも、働くってのはそういうことだろ? 生きる為には金が要るからしょうがない」
『そうかい。なら、今すぐ帰っても構わないよ』
「……え?」
『帰りたいんだろう? 来た道を戻って、乗って来た列車に乗れば現世に帰れるよ。何を失うこともない。今まで通りの生活にキミは帰れる。この私が保証しよう。――さぁ、今すぐ帰りたまえ」
「………………」
今すぐ帰れと言われ、それに“迷ってしまった”自分に戸惑ったのだ。
(俺は、何に迷ってるんだ……? 『あやかし』と関わって良いことなんか何もなかったじゃないか……)
――――――――
――――
――
―
思い出されるのは『あやかし』と共にあった苦い記憶。
害の無い『あやかし』も居ない訳ではなかったが、中には人間に悪さをする『あやかし』もいて、必然的に彼の周囲では不幸が多発。
やがて、いつも不幸の近くにいた
彼は自然と周囲から孤立し、両親からも距離を置かれるようになる。
そんな生活の中で、唯一の救いが「漫画」。
一人で誰にも邪魔されず、『あやかし』を忘れて没頭出来る空想の世界が、彼にとって唯一の救いだった。
そして高校を卒業すると同時に、地元と両親から逃げる様に上京。
孤独の中で唯一の救いだった漫画に憧れ、一念発起して漫画家を目指し――挫折。
―
――
――――
――――――――
かくして、
(俺は、帰るべきなのか……?)
少なくとも、ここで引き返せばこれ以上の面倒事に巻き込まれることはない。
言葉には「力」がある。
白蛇様が「帰っていい」と言葉にした以上、
未だ『あやかし』が見える体質は変わらないけれど、それでも“見えない振り”をするスキルは身につけた。
大抵の『あやかし』は見えない人間には寄って来ない為、そこさえ気を付ければ人並みの生活も普通に送れる。
今ここで帰れば、確実に元の生活に戻れる筈だ。
これまで通りの、夢を諦めた絶望の世界に――
「おい」
ぐいッと、急に袖を引っ張られ、ハッと我に返る
視線を落とすと、袖を引っ張ったままこちらを見上げる狐の美少年の顔。
その宝石の様な瞳は、何処か物寂し気な雰囲気を纏っているように見えた。
「“さっきのやつ”、作らないのか?」
「……そう、だったね」
ここが人生の分岐点。
(別に『あやかし』と関わりたい訳じゃない。むしろ可能な限り関わりたくはなかった……。でも、元の生活に戻ったところで、つまらない日々を繰り返すだけだ)
地元から逃げ、心機一転始まった東京での生活は既に夢破れた。
漫画の面白さを享受することは出来ても、その面白さを生み出す人間にはなれなかった。
そんな夢追い人としての絶望が、そのまま己が人生の絶望に変わった――そう思っていた。
しかし、本当にそうなのだろうか?
(……馬鹿か俺は、いくら何でも自分に酔い過ぎだろ。自分の人生なんて自分でどうにでも出来る)
恐らく、
己の人生を変える“何か”を。
残念ながら自分では見つけることが出来なかったけれど、その待っていた“何か”が『あやかし』としてやって来た。
であれば、ここで帰るべきかどうかは迷うまでもない。。
彼は「ふぅ~」と長い息を吐き、それから改めて白蛇様を見据える。
「――俺は、この旅館で何をすればいい?」
――――――――――――――――
◆あとがき
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。
お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます