3話:狐の美少年は甘いモノが好き

 改札を抜けた朝霧あさぎり杞憂きゆうを出迎えたのは、上の半分がはだけた美少年だった。

 それも獣の耳と尻尾を携えた美少年で、否が応でもそちらに視線が奪われる。


(獣耳……猫っぽくないから犬? ……いや、尻尾的に狐が化けてる感じか)


 一緒に列車を降りた白蛇様も、最初は巨大な白蛇の姿だった。

 『あやかし』が人間に化けるのは珍しい話でもないし、化けると言えば猫か狐か狸と相場が決まっている――訳ではないが、まぁ何にせよ『あやかし』であることは間違いない。


 そんな狐の美少年が、宝石と見紛う綺麗なオレンジ色の瞳で杞憂きゆうをジロリ。

 明らかに訝しんでいる視線を向けた後、杞憂きゆうの隣に立つ2メートル近い和装のイケオジに声を掛ける。


「白蛇様、客が一人来たぞ。旅館で待ってるって」


「おや、そうなのかい? だったらあまり待たせても悪いし、私は一足先に旅館に戻るとしよう。“琥珀こはく”、彼を旅館まで案内してあげて」


「案内? ってことは、コイツが“例の人間”か」


「うん。この青年を旅館に迎え入れようと思う。彼も乗り気みたいだし」



「え? 俺は全く乗り気では――」



 杞憂きゆうがすぐに否定するも、言葉が途中で飲み込まれる。

 白蛇様が急に「煙」を出したかと思えば、巨大な白蛇の姿に戻った為だ。


『それじゃあ杞憂きゆう、旅館で待ってるよ』


 チロチロと赤い舌を動かし、駅前にある「森の小道」へと入ってゆく白蛇様。

 雨上がりなのか、やけにキラキラと輝いて見えるその小道にも色取り取りの紫陽花が咲き誇り、蛇特有の蛇行運動で遠ざかる白蛇様の姿がやけに神々しく見える。


 やがて白蛇様の姿も見えなくなったところで、狐の美少年:琥珀こはくが口を開いた。


「言っとくけどボク、アンタのこと信用してないから」


「え?」


「白蛇様がお前を連れて来たから案内するけど、人間は好きじゃない」


「そ、そうなんだ……。ちなみに琥珀こはく君はどうして人間を嫌うの?」


「教えない。嫌いな奴には話さない」


「そ、そっか。あはは……(いきなり嫌われてしまった。まぁ好かれる必要も無いけど……)」


 話を聞いたらすぐに帰して貰おう。

 そう考えていた杞憂きゆうにとって、今日お別れする相手に嫌われても別に構わない。

 その程度のことは人生に大した影響を及ば差ない。


「付いて来い」


 琥珀こはくに言われるがまま、彼は少し迷った後にモフモフな尻尾を追いかける。

 既に『あやかし』と“繋がり”が出来てしまった以上、簡単には逃げられないことを彼は知っている。

 少なくとも、ここに杞憂きゆうを招いた白蛇様の許可がない限り、先程の列車に乗ったところで東京には戻れないだろう。


 だから仕方なく、彼は琥珀こはくを追いかける。


 半分は「諦め」から。 

 だけどもう半分は「興味」から。


(蛇と狐の『あやかし』が旅館の跡継ぎを探してる……何だそりゃ? 『あやかし』が旅館を経営してるのか?)


 幼い頃から“見えていた”杞憂きゆうにとって、『あやかし』は厄介で面倒な存在でしかなかった。

 今回も厄介な面倒事に巻き込まれているのは間違いないが、今までとは少し違う気がしなくもない。


 ちなみに「違う」で言うと、さっきまで前を歩いていた琥珀こはくが徐々に速度を落とし、杞憂きゆうの隣まで下がって来た。

 そしてクンクンと、杞憂きゆうの背中を――正確を期すと、彼が背負っていた鞄を匂う。


「おい、この中から甘い匂いがするぞ。何を隠してる?」


「え? あぁ、メロンパンのこと? よく気づいたね。バイト先で食べようかと思ってたんだけど……」


 怪しまれたままでは面倒だ。

 杞憂きゆう鞄からメロンパンを取り出すと、琥珀こはくがジーっと凝視。

 そのまま動かないものだから、杞憂きゆうとしてもこう言わざるを得ない。


「えっと……食べる?」


「食う!!」


 強奪――提案した瞬間に奪い取られた。

 そして琥珀こはくが、奪ったメロンパンを“袋ごと齧る”。


「うげッ、不味いぞコレ!! お前ッ、ボクを騙したな!?」


「いやいやいや、騙してないよ。コレは袋に包装されてるから、食べる時は取り出さないと」


 慌てて訂正し、包装を破いて中身を取り出す杞憂きゆう

 彼にもわかる甘い匂いが漂い、琥珀こはくが再びメロンパンを強奪。

 大口開けて「あ~ん」と頬張ると、すぐにその瞳がキラキラと輝く。


「美味いッ、美味過ぎるぞ!! 何だコレは!?」


「コンビニで買った普通のメロンパンだよ。まぁそんなに喜んで貰えたなら良かったけど」


「おい、もっと寄越せ。もっと食べたい」


「え、ゴメン。悪いけど今の1個しか持ってないよ」


「なッ!?」


 この世の終わり、みたいな絶望の表情を浮かべる琥珀こはく

 1つしか無いのが余程ショックだったのか、食べかけのメロンパンを手にしたまま呆然と立ち尽くしてしまった。

 ここまでの反応は流石に杞憂きゆうも予想しておらず、何故か覚えてしまった罪悪感から彼はこんな提案をする。


「そ、そんなに美味しかったなら、後で作ってあげようか?」


「え? お前……作れるのか?」


「まぁ多分ね。料理は得意って程じゃないけど、レシピ見ながらやれば早々失敗はしないと思うし」


「本当だな? 嘘だったら白蛇様に言いつけるぞ?」


「そんなしょうもない嘘は吐かないよ。材料があれば作ってあげるから」


「よし、いいだろう。この美味いふわふわが作れたら、ボクもお前のことを認めてやる。――付いて来い」


 食べかけのメロンパンを大事そうに抱え、意気揚々と歩き出す琥珀こはく

 そのモフモフな尻尾が左右に大きく揺れる様を眺めつつ、杞憂きゆうは色取り取りの紫陽花が咲き誇る森の小道を進んだ。


 そのまま歩くこと15分。

 やがて前方の視界が開け、視界に映った“その建物”に杞憂きゆうは唖然とする。


「コレは……一体何処まで“伸びてる”んだ?」


 見上げずには居られない。

 彼の視界に映ったのは、森の木々を悠々と超え――“雲まで届く旅館”だった。

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