24話:穢れ

 森の紫陽花あじさい通りを抜け、道なりに進むこと15分。

 薬屋:貞明ていめいの案内によって杞憂きゆうが辿り着いた先は、山間にある“湿地帯”。

 それも自然の姿そのままではなく、湿地の中には「遊歩道」が整備されており、入口付近には木製の看板が設置されていた。


 『天水公園』――古びた文字でそう書かれた看板に、貞明ていめいがそっと手を添える。


「その昔、それこそ僕等が生まれるよりもずっと前に、とても偉いあやかしがこの場所を訪れたらしくてね。あまりの水に綺麗さに感銘を受け、“天水てんすい”と名付けられた神秘の水……だったんだけど」


「神秘の水が、今は随分と“濁ってる”な……。なんか空気も淀んでいるし、花も半分以上が枯れてるぞ」


「残念ながらね。ちょっと前に説明したけど、今は“穢れ場けがれば”っていう穢れが溜まり易い場所になってしまっている。元々は綺麗な花菖蒲はなしょうぶ水芭蕉みずばしょうが自生する美しい湿地で、何代か前の若旦那が公園として整備したって話だよ。それで皆の憩いの場になっていた筈だったんだけど……」


「去年までは綺麗だったな。ボクもたまに来てたぞ」と狐の美少年:琥珀こはくも昔を懐かしむ。


 確かに、この湿地が綺麗な水で満たされ、鮮やかな花が咲き誇っていれば美しい風景となるのは想像に難くない。

 しかし、それが“穢れ”によって今はこの有様という訳だ。

 遊歩道まで整備したのに、誰も寄り付かない場所になってしまったのは残念としか言いようがない。


「こんなにも目に見える形で、“穢れ”の影響ってあるんだな。コレが人間の心から生み出されたものってのが、いまいち想像できないけど……“負の感情の集合体”とか言ってたっけ?」


「そう。どんなに元気な人間でも負の感情ってのは必ず持ってる。それらが自然と集まって力を持つと、自然界にも影響を及ぼすんだ。それも現世を超えて写し世うつしよに来てしまうから厄介なんだよ」



「それなら、人間が全員居なくなれば解決するな」とは琥珀こはくの言葉。



 冗談か本気かわからない言葉で貞明ていめいを茶化し、茶化された貞明ていめいは肩を竦める。


「僕が居なくなったら、琥珀こはくっちは寂しさで死んじゃうんじゃない? それでも人間が居なくなってもいいの?」


「安心しろ。お前が居なくなるくらい、別に寂しくも何ともない。――あ、でも、よく考えたら人間が居なくなると困ることも多いな。美味しいものが食えなくなる。ふわふわのやつとか、ふわふわのやつとか」


「でしょ? じゃあやっぱり、琥珀こはくっちには僕が居ないと駄目だね」


「いや、杞憂きゆうが居るから別にいいや」


「くっ、杞憂きゆうっちばっかり慕われてズルい!! ボクだって琥珀こはくっちに慕われたいのに!!」


 半分涙目で睨むギロリッ

 貞明ていめいが睨んでくるも、杞憂きゆうとしてはどうしようもないというか、話自体がどうでもいい。

 山間の湿地帯とは思えない程に澱んだこの空気を前に、あまりはしゃぐ気にはなれないのだ。


「二人共、茶番はそのくらいにしてくれ。それより貞明ていめい、ここに薬の材料があるんだろ?」


「む~っ、茶番扱いは納得いかないんだけど……まぁいいや」


 ポリポリと頭をかき。

 それから貞明ていめいはしゃがみ、近くの白い花を指さした。


杞憂きゆうっち、この花は知ってる?」


水芭蕉みずばしょうだろ? 水辺に咲く白い花だ」


「半分正解。名前は水芭蕉みずばしょうで合ってるけど、この白いのは花弁じゃなくて“ほう”だよ。花を守る為に葉っぱが変化したものなんだ」


「へぇ~、詳しいな。それじゃあ中央の黄色いやつが花か?」


「そう。肉穂花序にくすいかじょっていう花が密生する……あ、別に名前は覚えなくていいよ。とにかくこの中央のやつに小さな黄色い花が沢山咲くんだ。――で、本題はここから。この水芭蕉の花が薬の材料になるんだけど、どれでもいいって訳じゃない。水芭蕉みずばしょう金色花こんじきかと言って、稀に“金色に光る花”があるんだ。それが白蛇の旦那を正気に戻す薬の材料になる」


「金色の花……元が黄色いから見つけ辛そうだな。どれくらいあればいいんだ?」


 百や二百と言われたら気が遠くなるが、数個くらいなら何とかなる気もする。

 出来る限り低い数字を願った杞憂きゆうに、貞明ていめいはスッと指を一本だけ立てた。


「1つでいい。水芭蕉みずばしょう金色花こんじきかは1つあればいいよ」


「え、1つだけ? それなら俺でも見つけられそうな――(いや、待てよ?)」


 そう簡単に話が進むとは思えない。

 簡単に見つけることが出来るなら、わざわざ杞憂きゆう琥珀こはくを連れて来ないだろう。

 彼一人で来て、サッと採って、サッと帰れば済む話。

 

 それが出来ないと見込んでいるから、二人を連れて来ている訳で……唾を飲み込むゴクリ

 恐る恐る、杞憂きゆうは尋ねる。


「一応聞いておくが、水芭蕉みずばしょう金色花こんじきかはどれくらい探せば見つかるものなんだ?」


「ん~、それは杞憂きゆうっちの運次第かな。金色花こんじきかを持つ水芭蕉みずばしょうの割合は、数十本に1つとか数百本に1つとか、もしくは数千本に1つとか言われたり・言われなかったりする、みたいな?」


「………………」

 要するに、滅茶苦茶貴重な代物らしい。

「ってことは、この濁った水に入って探さなきゃ駄目か。あまり気乗りはしないが……仕方ない」


 白蛇様を正気に戻す為だ。

 今この間にも、カピの助(カピバラの『あやかし』)は身体を張って、泥酔した白蛇様の相手をしている。

 まぁ相手をしているというか“させられている”訳だが、それでもこのままカピの助を見捨てるつもりはない。


 かくして覚悟を決めた杞憂きゆう

 靴を脱ぎ、靴下も脱いで、裾をたくし上げたら準備は万端。


「さぁ、いざ行かん!!」と湿地に脚を踏み入れたところで、背後から「あっ」と声が上がった。


杞憂きゆうっち、1つ大事なことを言い忘れてたんだけど……あぁいや、そんなに大した話じゃないんだけどね」


「何だよ」


「ん~、まぁ何と言いますか……今から言っても怒らない?」


「だから何だよ。怒らないから早く言えって」


「そう? じゃあ杞憂きゆうっちが絶対に怒らないって約束したから言うけど、穢れで汚れた水の中には――」



 水が引くズズズッ。



 静かに、しかし急激に湿地の「水位」が下がった。

 そして特定の水面が大きく盛り上がり、あっという間に“不定形な水の化け物”が現れる。


「――この様に、穢れた水の中には『けがき』が潜んでいる場合もあるから気を付けてね。と言おうとしたんだけど……遅かったね」


 遅過ぎた貞明ていめいの注意喚起。

 杞憂きゆうはツーっと冷や汗を流し、怒鳴った。


「もっと早く言えって!!」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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