33話:キツネ日和①

 ~ 琥珀こはくの部屋(6畳間)にて ~


 杞憂きゆうの部屋と廊下を隔てた「反対側の部屋」。

 朝6時を過ぎて7分経ったところで、その部屋の主こと、金色の長い髪と狐の耳を持つ美少年:琥珀こはくがムクリと上半身を起こす。


「………………(おしっこ)」


 普段は後ろで束ねている髪も、寝起きの今は無造作ヘアー。

 後ろ姿だと女の子と見間違えそうな美少年は、まだ眠いのか目元を擦り、その後は転げ落ちる様にベッドを降りる。

 肌着とパンツ一丁のまま、スリッパも履かずに内開きの扉を無造作に開けた。


「あら、狐っ子じゃない。アンタ、杞憂きゆうの部屋の前だったのね」


「……あぁ、昨日の人形か。まだ夢の中に居るのかと思ったぞ」


 扉を開けて早々、声を掛けて来たのは櫻子さくらこ

 昨日訪れた親水公園で、アレコレあった後に1000階旅館へ来た日本人形の「あやかし」だ。


「何よアンタ、昨日に比べて随分とボケーっとした顔してんじゃない。もしかして朝弱いの?」


「弱くない。強くないだけだ」


「それを弱いと人は言うのよ。あと、人形じゃなくて櫻子さくらこよ。名前があるんだから、人様のことはちゃんと名前で呼びなさい狐っ子」


「それを言うなら、ボクにも琥珀こはくって名前があるんだからな。お前こそ名前で呼べ」


「あらまぁ、生意気な狐っ子だこと」


 袖口を口元にあて、わざと驚いたような態度を見せる櫻子さくらこ

 ただ、テンションが低く大した反応も返さない琥珀こはくを前に、彼女は「おほんっ」と咳を入れる。


「まぁいいわ。そんなことより、アンタ杞憂きゆうを見なかった?」


杞憂きゆう? まだ寝てるんじゃないのか」


「それが部屋に居ないのよね。私がちょっと散策している内に姿を消したの」


 ――杞憂きゆうはこの時間、白蛇様と一緒に温泉に浸かっている。

 この会話は、そんなことを知る由も無い時の二人のやりとりだ。


「ま、見てないなら別にいいわ。杞憂きゆうが戻ってくるまで散策続行ね。後で狐っ子の部屋も見せて貰うわよ」


「部屋を見る? 何の為だ」


「勿論、私の理想を追い求める為よ。乙女に妥協は許されないんだから」


「ふ~ん? よくわからんが好きにしろ。ボクはかわやに行く」


 コレといった会話の盛り上がりも無く。

 ローテンションな琥珀こはく櫻子さくらこと別れ、かわやで無事に用を足し。

 廊下を引き返して自分の部屋に戻り、後ろ髪を括って作務衣を着たら(着崩したら)準備は万端。


 再び部屋を出て。

 かわやとは反対方向に廊下を進んだ先が、日本庭園の中庭を望む回廊。

 今日も今日とて中庭にはシトシトと小雨が降り続けており、上空からは温かい日差しが差し込んでいる。


 そんな回廊をペタペタと歩き、今度は別の廊下に足を踏み入れる。

 この先にある厨房キッチンを訪れることで、琥珀こはくの1日は幕を開けるのだ。



 ■



 ~ 厨房キッチンにて ~


「あ、コハクぞす(火)」

「おはようぞす(水)」

「今朝は何食べるぞす?(草)」

「食べたい物を言うぞす(雷)」


 琥珀こはくが姿を見せるや否や、中央のテーブルにある果物籠から4匹の不可思議な生き物が姿を現した。

 手のひらサイズで雫の形をした彼等の名は、文字通りの「雫」。

 自然を司る精霊であり、1000階旅館のアレコレをサポートする縁の下の力持ち的な存在――というのは、少々遠慮した言い方か。


 この1000階旅館はあらゆる面において彼等が居なければ回らないし、旅館の食事も基本的には雫達が用意する。

 現実としては縁の下の力持ちどころか、屋根の上の花形みたいな存在――という表現が正しいかどうかはさておき。


 雫達に朝食のメニューを問われ、琥珀こはくは頭の中に食べたい物を思い浮かべる。


「今日の朝食は……アレだ、ふわふわのやつ。メロンパン食いたい」


「ブー、それは駄目ぞす(火)」

 火の雫が小さな細い手で「×」を作り。


「メロンパンはおやつぞす(水)」

 水の雫が小さな細い手で「×」を作り。


「朝はしっかりご飯を食べるぞす(草)」

 草の雫が小さな細い手で「×」を作り。


「ボクはメロンパン、ちょっと食べたかったぞす(雷)」

 雷の雫はちょっとガッカリ。


 雫達の総意とはならなかったが、多数決でメロンパンは朝食として認められない結果となった。

 その後は「じゃあおかずは焼き魚がいい。あと卵焼きも欲しい」と、実に和風な献立に決定。

 お味噌汁には「あおさ」を入れる要望を告げて、パントリー(食品の保管スペース)をゴソゴソと漁った後に、琥珀こはく厨房キッチンを後にした。



 ――――――――



「さてと、それじゃあ始めるか」


 回廊まで戻って来た琥珀こはくが下駄を履き、中庭に降りて「う~ん」と背伸び。

 それから飛び石を跳んで渡り、苔庭の上に落ちていたかえでの葉っぱを拾い、両手で――叩くパンッ

 すると葉っぱが煙を上げ、あっという間に“熊手”へ変わる。


 言うまでもなく妖術の1つであり、以前、杞憂きゆうにも見せたことがある。

 その時は“箒”に変化させたが、箒を使うのは午後の掃除で、午前の掃除は熊手と決めている。

 理由は特に無く、何となくだ。

 シトシトと振り続ける小雨のせいで葉っぱが重いから熊手がいいとか、特にそういう訳でも何でもない。


 それからいつもの様に熊手で落ち葉を集めつつ、10分ほど経ったところで琥珀こはくがふと気付く。


「そう言えば、白蛇様の姿が無いな。正気に戻って自分の部屋に戻ったか」


 これでようやく一安心。

 今日はのんびりとした1日を過ごせそうだなと、そんな内心を抱いたところで。

 琥珀こはくは楓の木に熊手を立て掛け、懐からフランスパンの様な物体を取り出す。


 “フランスパンの様な”と先に記している通り、その正体はフランスパンではなく「」。

 それを適当な大きさに千切って、中庭の中央にある池の中にポイッと放り込む。


 水飛沫バシャッ

 麩の着水から1秒と経たずに鯉が食い付き、それらが生み出す複数の波が円形に広がって、複雑な幾何学模様を水面に描く。


 “鯉の餌やリ”は、琥珀こはくの日常業務の中でも1・2を争う楽しい時間だ。

 全部の鯉に名前を付けて、なるべく全ての鯉が均等に食べれる様に心掛けて餌を投げ入れているが、楽しい時間程あっという間に過ぎ去るモノ。


「……もう無くなった(昼まで我慢だな)」


 餌やリは1日2回。

 次の楽しみまで、また一仕事頑張ろうと、琥珀こはくは熊手を再び手に取り――


「やっぱり、ちょっと休憩」


 ――飛び石を跳んで回廊に戻り、縁側に寝転んで瞼を瞑った。


 ――――――――――――――――

*あとがき

大きな庭園では、主に「ブロワー」という道具で落ち葉を吹き飛ばすみたいですね(空気でブワーっと)。

ちなみに電気を使う代物は、「妖術」では生み出せない設定です(形を真似るだけなら出来るかもですが)。


続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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