【4章】:それぞれの日常編

32話:白蛇様の謝罪とスペシャルなお詫び

「……随分と寝汗をかいてしまった。温泉にでも入って来るか」


 様々な被害(?)を生み出した、白蛇様の泥酔事件から一夜明け。

 夜明けと共に目を覚ました青年:朝霧あさぎり杞憂きゆうは、着替えの下着と作務衣さむえを片手に離れの温泉へと足を向けた。


 支給品である「畳のスリッパ」はあえて脱ぎ。

 肌触りの良い無垢の木の廊下、その自然の優しさを感じながら。

 渡り廊下の先にある脱衣所で服を脱いで、内風呂のある大浴場への扉を開く。


(当然、誰も居ないと。貸し切りだな)


 一人には広過ぎる温泉を独り占め。

 洗い場で軽く髪と身体を洗って、内風呂には浸からずガラス扉の外へ。

 裸一貫なのもあって「涼しい」よりも「寒い」が勝つ早朝だが、滝を眺める露天風呂に身を沈めれば、極楽浄土に勝るとも劣らない幸福感に包まれる。


 まぁ、実際に極楽浄土を経験したことのない杞憂きゆうではあるから、本当に勝るとも劣らないかどうかは知る由も無いが……ともあれ。


 昨夜は4人で浸かった湯船に今は一人。

 杞憂きゆう以外の3人(2人と1匹)は、まだまだ夢の中だろう。


 狐の美少年:琥珀こはくは普段通りに自分の部屋(1階)で眠りについており、薬屋:貞明とカピの助(カピバラのあやかし)はそれぞれ旅館の個室(2階)に泊まった。

 同じ敷地内にはいるものの、昨日の疲れもあってまだ寝ているに違いない。


 だからこそ。

 岩に背中を預け、滝を眺めながらボーっとしていた杞憂きゆうは気付かなかった。

 誰も入ってくる筈が無いと高を括り、背後のガラス扉を開いて、自分の真後ろにその人物が現われたことに。


「どうだい杞憂きゆう、ウチの自慢の温泉は」


「あぁ、良い眺めだな。滝の音も心地よく――って、白蛇様!?」


 見上げれば、自分を見下ろす裸の大男。

 見慣れたオールバックではなく髪を下ろした姿ではあるが、その顔は間違いなく白蛇様のモノだ。

 2メートル近い筋肉質な体躯を余すことなく披露しているが、せめて下半身は隠して欲しかったというのが正直なところか。


「全く、朝っぱらからなんてモノを見せつけてくれてんだよ……それで白蛇様、酔いはもう醒めたのか?」


「お陰様でね。いやぁ~、随分と迷惑かけたみたいだね」


 飛び込みジャボンッと湯船に入り、杞憂きゆうの隣に座る白蛇様。

 普通に座ると肩まで湯が浸からない為、少々寝そべるような態勢で無理やり肩まで湯船に浸かっている。


「飲み会――じゃなくて会合がさ、いつも以上に盛り上がってしまってね。セーブしようとは思ってたんだけど、どうしても欲の方が勝ってしまった……てへっ(舌を出しながら)」


「てへっ、で済むなら警察は要らないぞ。って、写し世うつしよに警察とか居ないか」


「居ないねぇ。基本的に悪い奴は居ないし、何か問題があってもそれを対処するのは若旦那の役目だからね」


「えっ……1000階旅館の若旦那って、そんな重要な役目だったのか?」


「重要と捉えれば重要だし、そうでもないと思えばそうでもないさ。大丈夫大丈夫、杞憂きゆうなら出来るよ」


「出来るかどうかの問題じゃない気もするが……まぁいいや」


 この写し世うつしよき来て分ったことは、大抵のことは案外どうにかなるということ。

 勿論、杞憂きゆう一人の力で出来ることは限られているが、頼りになる――かどうかは微妙でも、力を貸してくれる仲間が居れば問題無い、かどうかも微妙だが、今のところは何とかなっている。

 夢破れて色褪せた現世げんせでの生活と比べたら、余ほど彩豊かな日々を送っていると言えるだろう。


「とにかく、謝るなら俺よりもカピの助に謝ることだな。ずっとアイツにキスしてたみたいだし」


「アハハ、カピの助には真っ先に謝っておかないとだね。その後は皆に謝罪行脚しとくよ。それで、お詫びという言葉が相応しいかどうかはわからないけれど――」


(白蛇様、本当に反省してるのか?)


 今のとこ、あまり懲りている印象を受けない。

 が、そんな思考を吹っ飛ばす言葉を白蛇様が紡ぐ。


「今回迷惑かけた皆を『白蛇様プレゼンツ ~ 1000階旅館スペシャル旅行 ~』に招待するよ」


「ん? 1000階旅館……何だって?」


「違う違う、『白蛇様プレゼンツ ~ 1000階旅館スペシャル旅行 ~』だよ。詳細は後日発表するから期待して待ってて」


「えぇ~、あまり良い予感がしないんだが……」


 旅行の具体的な話を聞いても「後のお楽しみだよ」とはぐらかされるだけ。

 本当は何も考えていないのではないかと勘繰ってしまう杞憂きゆうだったが、その是非を確かめる術もない。


 その後は「写し世うつしよでの生活にも慣れた?」とか他愛もない話をしたり。

 ふと思い出して「そう言えば、階段で登れるのは2階までなのか?」とか旅館の構造を聞いたりした結果――随分と長湯をしてしまった為、のぼせる前に杞憂きゆうが先に湯船を上がった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「ちょっと杞憂きゆう、朝っぱらから何処に行ってたのよ?」


 部屋に戻るなり、宙に浮いた日本人形が同じ目線の高さで杞憂きゆうに語り掛けて来た。

 内心で「おっ」と驚いたものの、その正体を思い出せば何てことはない、と言えるほど簡単な存在ではないが。


 彼女の正体は「日本人形のあやかし:櫻子さくらこ」。

 昨夜は杞憂きゆうの部屋で、ちゃぶ台の上にバスタオルを敷いて布団代わりに寝ていた筈だが、よくよく思い返すと彼が起きた時点で彼女の姿はちゃぶ台の上に無かったと記憶している。


「おはよう櫻子さくらこ。寝汗かいたから温泉に入って来たところだ」


「あらあら、朝から贅沢な事ですわねぇ。私のことをほったらかしにして温泉三昧だなんて」


「ほったらかしって、勝手に部屋を抜け出したのは櫻子さくらこじゃないか。一体何処に行ってたんだ?」


「勿論、この旅館を散策してたのよ。私の部屋を何処にしようか吟味する為にね。昨日の夜、それを今日決めるって約束したでしょ?」


 もう忘れたの? とでも言いたげな目線の櫻子さくらこ

 人形故に表情筋などある筈も無く、口も実際に動いている訳ではないのに、何故か昨日にも増して表情が豊かに見える。

 彼女が人形であることを忘れてしまいそうな程だ。


「――確かに部屋探しの約束はしたけど、こんな朝っぱからやるとは思ってなかったよ。まぁ手間が1つ省けたからいいけど……それで、何処か気に入った部屋はあったか?」


「残念ながらどの部屋も駄目ね。景色は悪くないけど、私に相応しい“桜色の可愛い部屋”は無かったわ」


「桜色の部屋……それはちょっと要求のハードルが高いな。多分旅館にそんな部屋は無いと思うぞ」


「でしょうね。無いモノを出せと言ったところで時間の無駄でしょうから――あとは当然、わかってるわね?」


「え? わかってるって、何が?」


 当然、嫌な予感を覚える。

 せっかく寝汗を流してきたのに再び嫌な汗を流しそうだが、それでも尋ねない訳もいくまい。

 そして返って来た彼女の答えは――


「決まってるでしょ? 無いなら作るまでのこと。杞憂きゆう、桜色の可愛い部屋を作りなさい」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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