34話:キツネ日和②

 朝一番の掃除(二度寝付き)を終え、7時半になったら朝食の時間だ。

 狐の美少年:琥珀こはく厨房キッチン横のダイニングスペースにて、先に席に着いていた若旦那:杞憂きゆうの前に座る。


「あれ、貞明ていめいは?」


「知らない、まだ寝てるんじゃないか」


 杞憂きゆうの質問に欠伸半分で返し。

 琥珀こはくは味噌汁をズズッと啜ってから、幸せの黄色(卵焼き)に箸を伸ばす。

 彼の要望で1000階旅館の卵焼きは甘く、それをモグモグと咀嚼して、飲み込む前には焼き魚(サバ)に箸を伸ばし、ご飯に乗せて一緒に食らう。


 これが美味しくない訳がない。

 琥珀こはくは目を瞑ったまま幸せそうに美味しさを噛み締め、それから再び味噌汁を啜ってから先のサイクルを繰り返す。


 なお、薬屋:貞明ていめいはこの時まだ夢の中。

 彼は1000階旅館の従業員ではない為、起床時間も特に決まってはいない。

 いつ起きるかは貞明ていめいの自由だが、この様な食事を取るのは人間と半妖のみなので、早く起きなければ冷めた料理を口にすることになるだろう(電子レンジで温めれば済む話ではあるが)。


 ちなみに。

 貞明と同じく1000階旅館に一泊した「カピの助」は既に起床済み。

 一緒に食事を取ったら賑やかになるだろうが、『あやかし』であるカピの助は葉っぱに付着した“露”が主食だ。

 基本的に人間的な食事を取ることはない為、、琥珀こはく杞憂きゆうと一緒に食卓を囲むことはない。


 ――かくして、二人での朝食を終えたら本格的に「朝の仕事」が始まる。


 まずは1階から3階まで、廊下の雑巾がけだ。

 水拭きした後に乾拭きもするので、全てを終えるにはそれなりの時間を要する。


 この際、如何に素早く雑巾がけ出来るかが課題。

 雑巾の持ち方には日々試行錯誤を繰り返している琥珀こはくだが、今のところ彼の中では「くの字折」と名付けた、前方尖らせる持ち方がマイブーム。

 普通に雑巾がけするよりも圧倒的に早いと思っているが、拭ける面積が狭くなっているので、廊下が隈なく綺麗になっているかどうかは微妙なところか。


「よし、これで大体全部拭いたな。……ん? そう言えば3階はまだだった。まぁ今日はいいや」


 こうして雑巾がけが終わったら、今度は各部屋の掃除。

 各部屋と言っても掃除するのは3階までだが、それでも2階と3階の全部屋を掃除すると、これもまたやっぱり時間がかかる。

 若旦那の杞憂きゆうに依頼(あやかしからの頼み事)が無ければ彼も一緒に掃除を行うが、今日は日本人形のあやかし:櫻子さくらこに何か頼まれているらしい。


 そういう時は力持ちである「炎の雫」の出番。

 小さな身体に似つかわしくない怪力を発揮して、杞憂きゆうよりもテキパキと仕事をする頼もしい仲間となる。


 ここで一度小休止を挟み、その後は「水の雫」と一緒に「温泉の掃除」だ。

 露天風呂からお湯を抜いている間に脱衣所や洗い場を掃除して、水の雫が勢いよく放水することで一気に汚れを洗い流す。


 写し世うつしよに生きる琥珀こはくが知る由も無いが、そのさまは正に「高圧洗浄機」。

 このレベルの掃除は週に1回だが、うっすらと床や岩に付着した「藻」や「汚れ」が落ち行く様は、実に見ていて気持ちが良い。


 で、風呂掃除が終わったら「昼休憩」。

 再び雫達が用意した昼食(基本は和食)を食べ、1時間程昼寝した後に、外へ散歩に出かけるのが日課となっている。



 ■



 ~ 午後:森の紫陽花通りにて ~


 雨が降った記憶は無いのに、やたらキラキラと輝いて見える森の中。

 鮮やかな紫陽花に挟まれた森の小道を、カツカツと下駄を鳴らしながら歩く琥珀こはく

 先程拾った“丁度いい棒”を片手に、ズザザザッと地面に跡を残しながら進むと、前方から歩いて来た“白くて大きな犬”がおもむろに片手を上げる。


「やぁ琥珀こはく、今日は一人かい?」


「サモ衛門えもんか。何か用か?」


 声を掛けて来たのは、サモエドの『あやかし』:サモ衛門。

 シベリアを原産地とする大型犬で、アーモンド型の瞳と笑っている様な表情で有名――というのは「犬」の話。

 その特徴自体はサモ衛門えもんにも当てはまっているものの、二足歩行で歩いて人間の言葉を喋っている時点で、彼(彼女?)を犬扱いするのは少々無理があるか。


 そんなサモ衛門は、琥珀こはくよりも高い目線で答える。


「用って程でもないけど、新しい若旦那はどんな感じかなと思って。前任者みたいに、いきなりごうモフ(強引にモフモフ)したりしない?」


「そうだな、まぁ杞憂きゆうなら大丈夫だ。人間だけど悪い奴じゃない、と思うぞ」


「そっか、それなら良かった。皆、新しい若旦那がどんな人かわからなくて、頼み事が溜まってるみたいだからさ。僕も今度、旅館に行ってみようかな」


「おう、いつでも来い。ボクが面倒臭くない頼み事ならいつでも歓迎するぞ」


 かくしてサモ衛門と別れた1分後。

 今度は草葉の陰から“大きな耳を持った小さな狐”みたいな生き物が現れた。

 口には何故かブラシを咥えており、それをポトッと落としてから口を開く。


琥珀こはく様、ご機嫌麗しゅう」


「フェネ、何か用か?」


 サモ衛門えもんに続き、声を掛けて来たのはフェネックの『あやかし』:フェネ華。

 大きさは琥珀こはくの半分程と小柄ながら、顔と同じくらい大きな耳が特徴的。

 人間の言葉を喋っているのは今更だが、サモ衛門と違ってこちらは四足歩行で、しかも何だか優雅な足取りで近づいて来る。


「あら、用が無くては話しかけてはいけませんの? わたくし琥珀こはく様の仲ではありませんか」


「そうなのか?」


「そうなのですよ。それで今日は、琥珀こはく様にお頼みしたいことがございまして」

 言って、フェネ華は後ろに落としたブラシを咥え、それを琥珀こはくに押し付ける。

「背中のブラッシングをお願いしてもよろしくて?」


「ぶらっしんぐ?」


「毛繕いのことですよ」


「毛繕いなら自分で出来るだろ?」


「出来るかどうかの問題ではございません。重要なのは、誰にやって貰うかどうかですわ。さぁ琥珀こはく様、好きなだけブラッシングしてくださいまし」


「えぇ~? 依頼なら杞憂きゆうに言ってくれ。アイツが今の若旦那だぞ」


わたくしは新しい若旦那ではなく、琥珀こはく様にお願いしているのです。それにコレは依頼ではなくスキンシップの一環ですわ。さぁ、ほらッ、早く!!」


「わ、わかった。やればいいんだろ」


 渋々ブラシを受け取り、フェネ華の背中をブラッシングする琥珀こはく

 彼が押し負けるのは中々に珍しい光景だが、見ているのは森に潜む『あやかし』達だけで、コレが話題に上がることも無い。


 それからしばらく。

 一通り撫でたら満たされた顔で帰って行ったフェネ華を見送り、その後も何匹かの『あやかし』と挨拶を交わしながら琥珀こはくは1000階旅館へ帰宅。


 ここで大体15時くらいとなり、そこからは「雑務の時間」。

 建築からどれだけ経っているかは琥珀こはくにもわからないが、1000階旅館も建物である以上は老朽化する。

 痛んだり故障した部分を雫達と一緒に修理したり、発電している雷の雫と「しりとり」したり、姿を見せた白蛇様に「飲み過ぎたら駄目だぞ」と叱ったり。


 そんなこんなで琥珀こはくの1日は過ぎて行くのだった――。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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