35話:雫日和

 自然の力を司る精霊:雫達の朝は早い。


 厨房キッチンの果物籠を根城にしている雫達の中でも、本日一番の早起きが「草の雫」だ。

 朝4時に目を覚ました草の雫は、ボーっと周囲を眺めてから再び夢の中へダイブし、夢心地の二度寝へ突入。

 ただ早く目が覚めたというだけで、起床にまでは至らない。


 それから1時間後、「水の雫」と「雷の雫」がほぼ同時に目を覚ましたが、2匹も二度寝に入ってしまい、結果的に本日一番の“起床”を成し遂げたのは――


「ふぁ~、よく寝たぞす(火)」


 ――小さな顔で欠伸をして、果物籠から一番最初にピョンッと飛び降りたのは「火の雫」。

 時刻は朝6時を過ぎた辺りで、狐の美少年:琥珀こはくとほとんど同じ起床時間となる。

 太陽はまだまだ森の木々と山肌に隠れている時間帯だが、それでも空は夜色からの脱却を果たしており、明かりを付けなくても厨房キッチンを見通せる程度の光量は保たれている。


「さぁ、朝ご飯の仕込みをするぞす。今日はテイメー(貞明ていめい)もいるから、3人分用意するので大変ぞす」


 言って、火の雫はテーブルの端まで歩き、そこからピョンッと壁の棚へジャンプ。

 ガラス瓶の米櫃こめびつに近付くと、メラメラと燃える頭頂部がぐい~んと伸びて「手の形」となり、その手で「よいしょ」と米櫃こめびつを“持ち上げる”。


 そのまま炊飯器のある隣の台へジャンプで移動し、一旦米櫃こめびつを横に置いて、頭頂部からぐい~んと伸びた「炎の手」が炊飯器の蓋をカパッ

 続けて米櫃こめびつの蓋を開けて、中に入っていた一合升いちごうますで米を掬い、炊飯器の中へザーッと入れる。


 この作業を3回。

 つまりは3合入れたところで、隣にピョンッと「水の雫」が跳んで来た。


「今日は3合も作るぞす?(水)」


「そうぞす。キューに加えてテイメーもいるぞす(火)」


「なるほどぞす。じゃあ水を入れるぞす」


 言うな否や、水の雫の頭頂部がホースの様にぐい~んと伸びる。

 そして先端が炊飯器の中に向くと、蛇口を捻った様にジャーと水が出て来た。

 水の雫と水道が繋がっている事実も無く、明らかに水の雫の見た目からは逸脱した水量だが、自然を司る精霊同士でそんなことを気にする者はいない。


 その後に草の雫が起床し、少し遅れて雷の雫も起床。

 火の雫と水の雫は一旦果物籠に戻り、全員で朝の体操をしていると、厨房キッチン琥珀こはくが現れる。


「あ、コハクぞす(火)」

「おはようぞす(水)」

「今朝は何食べるぞす?(草)」

「食べたい物を言うぞす(雷)」


「今日の朝食は……アレだ、ふわふわのやつ。メロンパン食いたい」


「ブー、それは駄目ぞす(火)」

「メロンパンはおやつぞす(水)」

「朝はしっかりご飯を食べるぞす(草)」

「ボクはメロンパン、ちょっと食べたかったぞす(雷)」


 4者4様の返事を返し、それから改めて朝ご飯作り。

 全員で協力して3人分の朝食を作り上げ、琥珀こはく杞憂きゆうが食べ終わったら――“それぞれの仕事”を開始する。



 ――――――――



 ~ 火の雫 ~


 1000階旅館に住まう4匹の雫の中で、一番やる気に満ちている(*雷の雫調べ)が火の雫だ。

 何キロもある米櫃こめびつを軽々と持ち上げたことからわかる通り、小さな見た目に反して大きな力を有している。


 料理が得意で「お料理大臣」を担当しており、頭頂部からぐい~んと伸びる「炎の手」で、重いフランパンや鍋を軽々と扱う様は必見。

 琥珀こはく杞憂きゆうといった食事を必要とする「人間」の胃袋は、火の雫が支えていると言っても過言ではない。


 また、力持ち故に脱衣所の洗濯物を運んだり、痛んだ建物を修理したりするのも火の雫の仕事。

 雨の日で洗濯物の乾きが遅い時は、火の雫が熱気を出して洗濯物を無理やり乾かしたりもする。



 ~ 草の雫 ~


 1000階旅館に住まう4匹の雫の中で、一番おっとりしている(*雷の雫調べ)が草の雫だ。

 裏庭でありとあらゆる食物を1株/1本だけ育てており、採っても採ってもすぐに生えて来る不思議な畑の管理人でもある。

 

 その仕事柄、必然的に「食料大臣」を担当しており、四季を超越した多種多様な畑の見応えは必見。

 火の雫と同じく琥珀こはく杞憂きゆうの胃袋は草の雫が支えていると言っても過言ではないだろう。


 なお、当たり前の話だが“魚は畑で採れない”為、食事に魚を出す時は草の雫が川まで釣りに行くことも。

 ちなみに裁縫が得意であり、杞憂きゆうが仕事着にしている作務衣さむえは草の雫が作ったりもしている。



 ~ 水の雫 ~


 1000階旅館に住まう4匹の雫の中で、一番クール(*雷の雫調べ)なのが草の雫だ。

 頭頂部から水を出せる事とクールであることの関係性は不明だが、生命に必要な「水」を司るその力は、他の雫同様に驚くばかり。


 誰が言ったか「ウォーター大臣」を担当しており、お風呂掃除で見せる圧倒的な水圧の「高圧洗浄」は必見。

 琥珀こはく杞憂きゆう達が快適に温泉を楽しめるのも、全て水の雫のおかげと言っても過言ではないかもしれない。


 全てにおいて大事な「水」を扱う為、他の雫同様1000階旅館には欠かせない存在となっている。

 料理では主に火の雫と、畑仕事では草の雫と、掃除では琥珀こはくと関わることも多く、クールと評される割にはフレンドリーだ。



 ~ 雷の雫 ~


 1000階旅館に住まう4匹の雫の中で、一番のドジっ子(火と水と草の雫調べ)が雷の雫だ。

 吃驚すると放電してしまう癖があり、周囲にいる雫に被害をもたらすこともしばしばだが、死ぬ程ではないので誰も怒らない。


 そんな雷の雫は自他共に認める「バチバチ大臣」を担当しており、1000階旅館の電力全てを1匹で補っている。

 琥珀こはく杞憂きゆう達が快適に暮らせているのは雷の雫のおかげであり、コレはどれだけ言ったところで過言になることはないだろう。


 主な仕事は“バッテリーに電気を溜める”ことであり、あまり動かないで済むので楽と言えば楽だが、暇を持て余すのが玉にきず

 琥珀こはくが通りかかったら「しりとり」したり、本当に暇過ぎたら仕事を中断してお散歩したり、雷の雫は今日もマイペースに過ごしている。


 ――――――――――――――――

*あとがき

これまで琥珀こはくと雫達の1日を描きました。

この後は貞明ていめいとカピの助(あやかし代表)、そして【4章】の最初にした杞憂きゆうの話の後半を書く予定です。


続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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