22話:猿も木から落ちる

 ~ 森の紫陽花あじさい通りにて ~


「ねぇ琥珀こはくっち、尻尾モフらせてよ」


 未だ残る朝霧と木漏れ日により、キラキラ輝く紫陽花に囲まれた森の小道で。

 薬屋:貞明ていめい琥珀こはくの尻尾に手を伸ばすも、狐の美少年はサッと身を捻り、隣の杞憂きゆうを盾に「グルルルッ」と威嚇。


 つい先程も見た光景を前に、盾にされた杞憂きゆうは「おい」と薬屋に声を掛ける。


貞明ていめい、辞めてやれよ。琥珀こはく君が嫌がってるじゃないか」


「えぇ~? だってあんなにモフモフな尻尾だよ? 触るなって方が無理でしょ」


「無理じゃないだろ。大人なんだからそれくらい我慢しろ」


「えぇ~? それを我慢しなきゃならないなら、僕は大人になんてなりたくない。そう――大人になんてなりたくない!!」



「「………………」」



 杞憂きゆう琥珀こはく、共に沈黙。

 大の大人がしょうもないことを二度も口にし、言葉を返すのも馬鹿らしくなった結果だが、これには貞明ていめいも不服そうな顔を向ける。


「ちょっと二人共~、流石にガン無視は僕も哀しいんだけど? もっと楽しくお喋りしながら行こうよ」


「だったらもう少し真面目にやってくれ」杞憂きゆうが呆れた視線を返し、

「そうだぞ薬屋。お前はもうちょっと真面目にやれ」琥珀こはく杞憂きゆうを後押しする。


 ただ、それで真面目になる男ではないらしく……。


「何かさー、真面目ってのは僕に似合わないと思うんだよね。僕は真面目になんてなりたくない。そう――真面目になんてなりたくない!!」



「「………………」」



 杞憂きゆう琥珀こはく、再びの沈黙。

 二人の顔には呆れを越して諦めの色が見て取れるが、残念ながら彼がどんなにふざけていようとも、現在“主導権”を握っているのは紛れもなく貞明ていめいだ。

 彼等が置かれた状況的には、杞憂きゆう琥珀こはくも彼頼みであることは否定出来ない。


「それで貞明ていめい、今は何処に向かってるんだ? 薬の材料を採りに行くんだよな?」


「あらま、サラッと話を元の軌道に戻したね。まぁこれ以上ふざけると、マジで嫌われちゃいそうだから別にいいけどさ」

 腕を伸ばして背伸びをし、それから貞明ていめいは先頭を歩きながら告げる。

「今向かってる先は、ボクが知っている“穢れ場けがれば”の1つだよ」


穢れ場けがれば? けがれのある場所ってことか?」


「そう。けがれにも集まり易い場所とそうでない場所があってね、常駐的に集まり易い場所をそう呼んでいる。――けがれについては話したよね?」


「あぁ。人間から生み出される“負の感情”だっけ? それが『あやかし』に憑りつくと人間に悪さをするって」


「うん、大体その認識で合ってるよ。より正確を期すなら“負の感情の集合体”って言った方が本質的には近いけど、まぁそこはさして重要じゃない」


 今ここで重要なことは、そのけがれが集まり易い「穢れ場けがれば」に3人が向かっているという事実。

 写し世うつしよに来て間もない杞憂きゆうとしては、心配しない方が無理な話だろう。


「なぁ。俺達がそこに行って本当に大丈夫なのか? けがれに憑りつかれたりしないよな?」


「その可能性が無い、とは言い切れないから“危険な場所”って最初に言ったんだよ。まぁけがれが人間に憑りつくことは滅多に無いし、琥珀こはくっちは半分『あやかし』の血が入ってるけど、この中の誰よりも強いから大丈夫だとは思うけど」


「当然だ。ボクがけがれに負ける訳が無い」


 胸を張るえっへん

 両手を腰に当て、自慢げに鼻を鳴らす琥珀こはく

 その隙を狙って貞明ていめいが尻尾に手を伸ばすも、サラッと躱されて今回も終わった。


 それから今の出来事を無かったかのように、貞明ていめいは「それで」と話を続ける。


けがれが危険なのは、『あやかし』に憑りついて穢れ憑きけがれつきになった時だね。この辺りで暮らす『あやかし』は、穢れ場けがればを知っているから近づかないと思うけど、時たまフラリとやってくる『あやかし』は別。知らず知らず穢れ場けがればに近づいて、憑りつかれる事例も稀にあるんだ」


「そうやって穢れ憑きけがれつきになった『あやかし』はどうするんだ?」


「その場合は――」



 茂みが揺れたガサリッ



「「「ッ!?」」」


 3人の視線が、すぐ近くで揺れた茂みに吸い寄せられる。

 ちょうど穢れ憑きけがれつきの話をしていた時だったので、葉を揺らすその茂みに杞憂きゆうは表情を強張らせたが――答えは“猿”。


「あたた……まさかアッチが木が落ちるとは」


(……ん?)


 茂みから、腰を抑えながら出て来たのは、“青白い顔”と“明るい茶色の毛”を持つ猿だった。

 体長は1メートルにも満たず、せいぜい70センチ程度。

 お腹周りの毛は白っぽく、頭の周りは少し色が濃いものの、日の当たり方によっては全体的に「金色」にも見える綺麗な毛並み。


 どうやら木から落ちたらしく、腰を抑えているその猿に貞明ていめいが声を掛ける。


「あらま、誰かと思ったらキンジか。久しぶりだね」


「おっと、貞明ていめい先生? 先生がここに来るなんて珍しいね~。それに琥珀こはくぼうも久しぶり。……で、そっちはの人間は誰? 初めて見るけど」


「彼は杞憂きゆうっち、1000階旅館の新しい若旦那だよ。先日、白蛇の旦那が連れて来たんだ」


「ははー、そう言えばそんな話もあったっけ」


 言われて納得と頷く猿が、人の言葉を喋るのは今更の話。

 この猿も十中八九『あやかし』であり、(コイツも喋るのか……)と困惑している杞憂きゆうとしては、今後は“人の言葉を喋らない相手”が出て来た時にだけ驚く方が賢明だろう。


 ともあれ。

 かくして現れた猿が、普通に二足歩行して杞憂きゆうの前へ。


「初めまして若旦那。アッチはキンジ――金絲猴キンシコウの『あやかし』ですぜ」



 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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