22話:お酒を抜く薬

 両手を膝に手を突き、「ぜぇぜぇ」と荒い呼吸を繰り返しているのは、桃色の髪を持つパーカー姿の男性。

 その正体は言わずもがな、ほんの十数分前には杞憂きゆうと一緒に居た『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』の主人だ。


「遅いぞ貞明ていめい。店を出たのはほとんど一緒に出ただろ」


「しょうがないじゃん。僕ってばほら、完全にインドア派の人間だし」

 言って、ここで貞明ていめいの視線が琥珀こはくに向く。

「そういう訳で琥珀こはくっち、久しぶりに尻尾をモフモフさせてよ」


「何がそういう訳だ。薬屋には二度と触らせない」


「まぁまぁそう言わず」


「嫌だ」


 琥珀こはくにスッと手を伸ばす貞明ていめいだが、キツネの美少年はサッと避けて杞憂きゆうの後ろへ。

 そのまま彼を盾に「グルルルッ」と威嚇する様な声を発している。


(あらら、琥珀こはく君は随分と貞明ていめいのことが嫌い……というよりは苦手なのか)


 それで言えば、そもそも琥珀こはくが実際に言っていた。

 昨日『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』を訪れた際に、『ボク、あいつ苦手だ』と。

 どうやら二人の間に何があったらしいが、それを杞憂きゆうが知る由も無いし、少なくとも今ここで気にするべきことではない。


「なぁ貞明ていめい、白蛇様をどうにか出来ないか? あのまま酔っ払った状態が続くと、迂闊に旅館に入ることも出来ないんだが」


「あー、白蛇様の状態ってそんな酷いの? まぁ琥珀こはくっちが呼びに来るくらいだから相当だとは思うけど……はてさて」


 静かに息を潜め、旅館の中を覗こうとして。

 貞明ていめいが正面玄関の引き戸に手を掛けたところで、摺りガラスの向こうから「誰か助けて~」とカピの助の悲痛な叫び声。

 それで引き戸に掛けていた手を、貞明ていめいがスッと引っ込めた。


「……なるほどね、今ので何となく察したよ。どうやら白蛇の旦那、飲んじゃ駄目な酒を飲んじゃったみたいだね」


「飲んじゃ駄目な酒? そんな酒があるのか」


「うん。人にもお酒との相性ってあるでしょ? それは『あやかし』も同じで、何でも飲める『あやかし』もいれば、そうじゃない『あやかし』もいる。白蛇の旦那は特に厄介で、何でも飲めるけどモノによっては酷く酔いやすいんだよ。日頃から気を付けるようには言ってるんだけど、如何せん無類の酒好きだからねぇ」


 諦めたように「やれやれ」と肩を竦める貞明ていめい

 この態度には杞憂きゆうも落胆する他なく、無力感のままにポリポリと頭を掻く。


「参ったな、今日一日は駄目そうな感じか。……まぁでも、明日になれば酔いも醒めるだろ。カピの助には悪いけど、今日一日は生贄になって貰おう」


 合唱ごめんなさい

 謝罪の意味を込め、旅館の中に居るカピの助に手を合わせる杞憂きゆうだったが、それで済むなら琥珀こはくもここまで慌てていない。


「多分だけど、今日一日じゃ白蛇様の酒は抜けないぞ」


 背後の美少年から不穏な言葉が届き、それを貞明ていめいが補足する。


杞憂きゆうっちは来たばかりで知らないと思うけど、白蛇の旦那は人一倍“お酒が抜けにくい体質”でね。酔いが醒めるまで最低1でも週間、一番酷い時は1ヶ月程かかったこともあるよ」


「1ヵ月? その間ずっとあの状態か?」


「そう、中々に地獄でしょ? だから今日は“お酒を抜く薬”を渡す筈だったんだけど……まさかその約束を忘れるくらい飲んじゃうとはね」


「あー、そう言えば『蓬莱亭ほうらいてい』で今日は白蛇様が来るとか言ってたな。――それで、薬は?」


 薬を飲ませることさえ出来れば、白蛇様の問題は解決する。

 あの状態の白蛇様に薬を普通に飲ませるのは難しいかも知れないが、水に混ぜて酒だと言えば多分飲んでくれるだろう。

 そういう考えの元に薬を要求した杞憂きゆうだが、生憎と彼の理想通りには進まない。


 さも当然という顔で貞明ていめいは告げた。


「無いよ」


「え?」


「薬なら無いよ」


「……え、どういうことだ? 元々今日は薬を渡す予定だったんだろ?」


「うん。元々はそのつもりだったんだけど、今朝になって薬を調合しようと思ったら“在庫が切れてた”。いやー、ちゃんと在庫管理はしておかないと駄目だね」


 言って「はっはっはっ」と明快に笑う貞明ていめい

 何も面白くない杞憂きゆうは遠い目を向けざるを得ず、背後の琥珀こはくは「ちっ」と舌打ちする始末。


 そこへ追い打ちをかける様に、旅館の中から「もう辞めて~」とカピの助の悲鳴が届いた。

 先ほど見捨ててしまった杞憂きゆうとしては気が気でないというか、気の毒過ぎて焦る気持ちが生まれて来る。


「1ヶ月もあのままじゃあカピの助が可哀想過ぎる。貞明ていめい、薬の材料は手に入らないのか?」


「ん~、その材料ってのが市場にほとんど出回らない代物だからねぇ。急ぎとなると自分で採りに行く必要があるけど、ちょっと危険な場所にあるから一人では無理かな。まぁ二人が手伝ってくれるなら採りに行ってもいいけど」


「しょうがない、緊急事態だからな。俺に何が出来るかはわかんないけど、やれるだけやってみる。――琥珀こはく君も来てくれるよね?」


 ここで杞憂きゆう琥珀こはくに振ると、彼は「うげー」と嫌そうな顔。

 しかし、それでも白蛇様の現状を良しとはしないのか、最終的には渋々と頷いたのだった。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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