【3章:白蛇様の泥酔事件編】

21話:酔っ払った白蛇様

『緊急事態だ!! 白蛇様が、“酔っ払って”帰って来た!!』


 ――狐の美少年:琥珀こはくの慌てっぷりで、只事ではないことは明白だった。

 森の外れにある『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』を訪れていた朝霧あさぎり杞憂きゆうは、慌てて1000階旅館へと引き返す。


琥珀こはく君、白蛇様が酔っぱらったって、そんなに慌てることなのかい? 放っておけば勝手に酔いも醒めるだろうに」


 森の小道を走りつつ、忍者のように木の枝を跳び渡る琥珀こはくに尋ねる杞憂きゆう

 すると琥珀こはくは木の枝に止まり、下を走る杞憂きゆうを冷めた瞳で見下ろす。


杞憂きゆうは知らないから言えるんだ。酔っ払った白蛇様が如何に面倒臭いか」


「面倒臭い? それってどういうこと?」


「見ればわかる。とにかく急いで戻るぞ」


 かくして、本来30分の片道を10分で走り切った杞憂きゆう

「ハッ、ハッ、ハッ」と浅い息で呼吸を整えつつ、1000階旅館の正面玄関、その引き戸を開き。

 二重扉の奥のすりガラスの向こう側に「誰か居るなー」と思いつつ、更に二つ目の引き戸を開けると――



「ちょっともうッ、いい加減に放して下さいよ~!!」



(あ、白蛇様と……カピの助?)


 ロビーに設置されたソファーの上。

 そこには人間に化けたイケオジ(?)姿の白蛇様と、その大きな腕の中には『カピバラのあやかし:カピの助』が居た。

 状況的にはカピの助が後ろから抱き締められている形となり、「ん~~」と強引にキスを迫る白蛇様”から逃れようと、ジタバタ必死に藻掻いている姿が見える。


「えっと……琥珀こはく君、これは一体?」


「見たまんまだ。白蛇様は酔っ払うと、滅茶苦茶厄介な“キス魔”になる」


「えぇ……」


 キス魔。

 ところ構わず相手へ強引にキスを迫る者を指す言葉。


 何かと厳しい現世ではすぐにセクハラで訴えられるだろう性分だが、治外法権な感じもあるこの写し世うつしよで、それも『あやかし』となれば話は別。

 更には強力な『あやかし』である白蛇様がこうなってしまっては、中々対処するのも難しい。


「あ、若旦那じゃありませんか!! 若旦那ッ、何とかして下さいよ~!!」と、カピの助が助けを求めたのが困りもの。

 杞憂きゆうの存在に気付いた白蛇様が、トロンとした瞳で赤ら顔を向けて来る。


「おや、杞憂きゆうじゃないか。そんなところで何してるんだい? ほら、杞憂きゆうもこっちにおいで」


「え、いや、俺は……」


「さぁさぁ、遠慮せずに」


 背筋が凍るゾクリ

 蛇に睨まれた蛙ではないが、酔っ払いを前に杞憂きゆうは恐怖を――畏怖を覚えた。

 このままではマズいと、一歩・二歩と下がり、そっと玄関に手を掛ける。


「え、ちょっと若旦那……?」


「カピの助……スマン!!」


「若旦那~~ッ!?」


 扉を閉じるピシャリ

 助けの声を遮る様に、杞憂きゆうは無情にも、無力にも玄関扉を閉めたのだった。



 ■



 ~ 1000階旅館の外:玄関前 ~


「ふぅ~、間一髪だった。あのまま迂闊に近づいてたら、俺もカピの助の二の舞だったな」


 生贄となっているカピの助には悪いが、あのまま白蛇様に近づいたところで良い予感はしない。

 無駄に犠牲を増やすよりはマシだろうと、己の選択を正当化して冷や汗を拭ったところで、琥珀こはくの不満げな顔が視界に映る。


「おい杞憂きゆう、何で逃げるんだ? 早く白蛇様を何とかしろ」


「いやいや、酔っ払いはどうしようもないって。酔いが醒めるまで待つしかないよ」


「それじゃあ困るからお前を呼びに行ったんだぞ。若旦那なんだから何とかしろ」


「そんなこと言われても、アレは無理だって」


「無理でも頑張れ。お前の仕事だ」


「そんな無茶苦茶な……」


 という押し問答を続けていると。

 森の小道から、ふらふらと今にも倒れそうな足取りの男性が姿を現した。


「はぁ、はぁ……二人共ひどいよ。僕を置いて行くなんて」


 ――――――――――――――――

*あとがき

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