29話:朝霧キヨ

 日本人形の付喪神つくもがみ櫻子さくらこは言った。


「アンタ、朝霧あさぎりの人間なの?」


「え、そうだけど……それがどうかしたか?」


 妙な質問だ。

 杞憂きゆうという名前ではなく、櫻子さくらこ朝霧あさぎりという苗字に引っ掛かった。

 確かに「朝霧」という苗字は少々珍しく、日本全国で300人も居ない苗字ではあるが、とは言え一桁/二桁しか存在しない程の激レア苗字でもない。

 珍しさだけで言えば他にいくらでも「上」が居る訳で、そうなると彼女が引っ掛かった理由が別にあるのは想像に難くないだろう。


「何々、どうしたの? 杞憂きゆうっちが何かしちゃった?」


「俺は何もしてない。ってか、近いな顔」


 右肩から薬屋:貞明ていめいが顔を出し。

 更に左肩には、狐の美少年:琥珀こはくが負けじと顎を乗せる。


「何だ杞憂きゆう、何かやらかしたのか? 今の内に謝っとけ」


「だから、俺は何もしてないって。――なぁ櫻子さくらこ、俺の名前がどうかしたのか? 朝霧あさぎりって苗字に反応した気がするんだけど」


「えぇそうよ」

 コクリと、宙に浮いたまま櫻子さくらこが頷く。

「私が付喪神つくもがみになる前、まだ妖力で動くことも出来ない頃に遊んでくれた女の子が『朝霧あさぎりキヨ』ちゃんっていうの。それで、もしかしたらと思って」


「なるほど、そういうことか。けど、少なくとも俺の親じゃないな。祖母も違う名前だし」


「なら曾祖母とか?」と貞明ていめいが更に深掘り。


 相変わらず顔の近い薬屋をグイっと押しのけ、ついでに狐の美少年もそっと押しのけ、肩が軽くなった杞憂きゆうはそのままヒョイと肩を竦める。


「流石にそこまでは覚えてない、というか知らないな。曾祖母は俺が生まれる随分前に亡くなってるみたいだし」


「そう、まぁ別にいいわ。キヨちゃんとの思い出は私の中にあるし、今はそれで十分。代わりにこれからは――杞憂きゆう、アンタが私を大事になさい」


「えっ、何でそうなるんだ?」


 まさかの要求に杞憂きゆうが疑問を呈すも、櫻子さくらこは当然とばかりに胸を張る。


「だって、人間に大事にされないと私が消えちゃうもの。付喪神つくもがみに宿る妖力は人間の想いに依存してるのよ」


「そういうもの、なのか?」


「そうよ。そもそも付喪神つくもがみっていうのは、人間に大事にされた想い出や、逆に忘れ去れた時の悲しみが妖力となって、それを元に生まれるの。そして全ての人に忘れ去られた時、付喪神つくもがみは妖力を失って存在が消えてしまうのよ。だから私が消えない様に、これからはアンタが私を大事になさい」


「う~ん……まぁ事情は一応わかったんだけど」


「何よ、乗り気じゃなさそうね。この私のお世話が出来るっていうのに、一体何が不満なのよ?」


 むしろ光栄に思え、と言わんばかりに杞憂きゆうの頭に座った櫻子さくらこ

 随分と傲慢な上からスタンスではあるが、小さな日本人形を相手に怒りを覚えるほど杞憂きゆうの器も小さくはない。

 ただし、全面的に喜んで受け入れるかと言えば、それも違う訳で……。


「別に不満って訳じゃないんだけどさ、その役目は俺じゃなくてもよくないか? ほら、琥珀こはく君とか妖力も凄そうだし」


「半妖は駄目よ。確かに妖力は凄いかも知れないけど、付喪神つくもがみと暮らした事例が無さ過ぎるから、私がどうなるかわからないもの」


「それなら貞明ていめいはどうだ? 『あやかし』の薬屋だし、俺より写し世うつしよのことにも詳しいぞ」


「そっちの男は……すぐ忘れそうな顔してるから駄目ね」


「ひ、ひどい!!」


 貞明ていめいが即・遺憾の意を表明するも、その意見には何となく杞憂きゆうも同意。

 結果、最終的に、総合的にも杞憂きゆうは「自分が適任」と判断した。


「わかったよ、櫻子さくらこの面倒は俺が見る。つっても、何をどうしたらいいかわからないし、具体的なことは『1000階旅館』に帰ってから決めよう」


 覚悟を決めて彼女の要求を飲み、「1000階旅館」に連れて帰る流れとなった――そのタイミングで。

 狐の美少年:琥珀こはくが「おい」と声を上げる。


「何を帰ろうとしてるんだ。薬の材料を採りに来たんだろ」


「あ、そうだった。完全に忘れてた……」


 付喪神つくもがみ櫻子さくらこの登場ですっかり頭から抜けていたが、元々この天水公園に来たのは、白蛇様の酔いを醒ます薬の材料を採取する為。

 彼等が会話しているこの間にも、カピバラの『あやかし』:カピの助は白蛇様の犠牲となっている訳で、これ以上待たせるのは心苦しいものがある。


 かくして、本来の目的である「薬の材料」を求め、3人+1体は「水芭蕉みずばしょう金色花こんじきか」を探し始めた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 数時間後後 ~


「あった!! 貞明ていめい、コレか!?」


 太陽から生まれる木々の影が短くなり、“伸び”に転じてから随分と経った頃。

 杞憂きゆうが一本の水芭蕉を指して、遊歩道で休んでいた薬屋を呼んだ。

 呼ばれるままに貞明ていめいは近づき、遊歩道から降りることは無く、しゃがんで杞憂きゆうの指差す水芭蕉に目を向け、頷く。


「――うん、間違いない。コレは水芭蕉みずばしょう金色花こんじきかだね」


「はぁ~、良かった。結構奥まで探しに行って見つからなかったから、最悪の事態を想定してたけど、意外と入口の近くにあったな」


「その辺は貞明ていめいが探してたエリアだぞ。貞明おまえ、真面目に探してなかっただろ?」


 杞憂きゆうの声を聞き、奥から戻って来た琥珀こはくがジロリと薬屋を見るも、貞明ていめいは口笛を吹いて明後日の方角を向く。

 随分と無理のある誤魔化し方ではあるが、今は彼を責めるよりも見つけた喜びの方が勝った。


 日本人形の付喪神つくもがみ櫻子さくらこが、「へぇ~、本当に金色ね」と興味津々で観察する横から、杞憂きゆう金色花こんじきかを有する水芭蕉を引っこ抜いて貞明ていめいに渡す。


「一応聞くが、これ以外にも必要な材料があるとか言わないよな?」


「うん。他の材料は揃ってるから、『蓬莱亭ほうらいてい』に戻ればすぐにでも製薬に取りかかれるよ」

 水芭蕉を受け取り、ビニール袋に入れてからポケットにしまい、それから貞明ていめいが「よいしょ」と立ち上がる。

「さて、それじゃあ帰ろうか。白蛇様の生贄となったカピの助をとむらう為に」


「おい、勝手にカピの助を殺すな。まだ生きてるだろ。――え、生きてるよな?」


杞憂きゆうっち、流石に冗談だから。そんな真に受けないでよ」


「紛らわしいんだよ。冗談言うならもっと分り易いやつにしてくれ」


「えぇ~? 十分分り易い冗談だと思うんだけどな~」


 という二人のやり取りを見て、日本人形の付喪神つくもがみ櫻子さくらこは思った。


「やっぱり、杞憂こっちを選んで正解だったわ」


 という櫻子さくらこの呟きを聞き付け、狐の美少年:琥珀こはくが頷く。


「だろう?」


 ――――――――――――――――

*あとがき

この【3章:白蛇様の泥酔事件編】もあと少しで終わりです。

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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