30話:白蛇様のお酒を抜く薬

 薬の原料となる「水芭蕉みずばしょう金色花こんじきか」を手に入れ。

 加えて日本人形の付喪神つくもがみ櫻子さくらこが急遽仲間(?)に加わり。

 計4名(3人と1体)と賑やかになった杞憂きゆう一行は、急ぎ早に薬屋:『蓬莱亭ほうらいてい』へ戻った。


 巨木の中に広がる淡い光に包まれた10畳程の店内。

 その奥にある扉の先が作業場らしく、「水芭蕉みずばしょう金色花こんじきか」を片手に扉を開けようとした貞明ていめいが、ふと振り返って杞憂きゆうを見返す。


「製薬には3時間程かかるから、杞憂きゆうっちは先に1000階旅館に戻ってていいよ」


「あー、いや、戻っても特にやることないからな。『蓬莱亭ここ』で待たせて貰う」


「あれ、カピの助が心配だったんじゃないの?」と尋ねる貞明ていめいの顔。

 その色眼鏡の奥にある瞳は完全にニヤけている。

(わかっているくせに……)と思いつつ、杞憂は憮然とした表情を返した。


「あのな、俺だって自分の身が可愛いんだよ。酔っ払った白蛇様しろへびさまに襲われたらどうするんだ」


「にひひっ、遂に杞憂きゆうっちの本音が出たね。まぁかくいう僕も同じだから人のことは言えないけど……とりあえず、そういうことなら薬が出来るまでお好きにどうぞ。ボクは奥で作業してるから自由にしてて。そっちに小上がりのスペースもあるから」


 言って、今度こそ奥の扉に消える――と思いきや。

 彼は近くの棚から小袋を手に取り、続いて狐の美少年の名前を呼ぶ。


琥珀こはくっち、お菓子食べる? コレ美味しいよ」


「ふんッ、このボクをお菓子で釣ろうなんて考えが甘いな。お前が作ったお菓子とか絶対に食べないし。変な薬とか入ってるだろ」


「えぇ~、ひどいな~。普通に現世から持って来た市販のお菓子だよ。このチョコパイ、滅茶苦茶美味しいのに。ねぇ杞憂きゆうっち?」


「ん、まぁそうだな。確かに美味しいやつだ」


 話を振られた杞憂きゆうの目には、普通にコンビニとかで売っているチョコパイの包装紙が確認出来た。

 大手企業の大量生産品とは言え、企業努力の塊であるあのチョコパイが不味い訳が無く、杞憂きゆうの返事に貞明ていめいも「うんうん」と頷く。


「だよねぇ。コレ美味しいやつだよね。でも琥珀こはくっちが要らないらしいから、コレは杞憂きゆうっちにあげるよ。はい」


 放物線を描くチョコパイポイッ

 貞明ていめいが包装紙を放り投げ、それを杞憂きゆう――ではなく琥珀こはくが横からかすめ取る。


「あれ、琥珀こはくっちは要らなかったんじゃないの?」


「こ、これはアレだ。毒が入ってないかボクが味見してやるんだ。おい杞憂きゆう、ありがたく思えよ」


 ビシッと杞憂きゆうを指さし。

 早速包装紙を破いてチョコパイにかぶり付く琥珀こはく

 以前、メロンパンの袋ごと齧り付いた日から考えれば彼も成長しているのだろう、と捉えることが正しいかどうかはさておき。


 目を輝かせて咀嚼もぐもぐしている子供からチョコパイ奪い取るほど、杞憂きゆうも人間捨ててはいない。

 欲深い美少年の姿に、貞明ていめいと目を合わせて苦笑いを浮かべ。


 それからようやく扉の奥に消えた薬屋の姿を見送ったところで、これまでフヨフヨと店内を浮遊していた日本人形の付喪神つくもがみ櫻子さくらこ杞憂きゆうの頭に乗った。


「あの軽薄そうな男が、まさか薬師だったとはねぇ。アタシ吃驚」


「ん、そう言えば説明してなかったか。まぁ俺も知り合ったのは最近だから、貞明ていめいのことを詳しく知ってる訳じゃないけどな。ここで薬屋をやってる家系らしい」


「ふ~ん? 人は見た目によらないのねぇ。あんな派手な桃色の髪の毛してるくせに、思ってたほど悪い奴じゃあなさそうだわ」


「うん、それはそうだと思う。アイツはアイツなりに『あやかし』のことを考えてるみたいだし、今回だって体力ない癖に頑張って『天水公園』まで来てくれたからな。多分、根は良い奴なんだよ」


 一緒に居ると、何かと可哀想な扱いを受けることが多い薬屋:貞明ていめい

 それは一種の自業自得というか、彼の行動に対するそれ相応の結果なのは間違いないが、とは言え杞憂きゆうの目から見ても決して悪い奴ではない。


 その証拠に『天水公園』へ向かう道中では、貞明ていめいを頼りに何匹か『あやかし』が姿を見せた。

 白蛇様とは別軸で、この写し世うつしよにおいて重要な役割を担っているのは間違いないだろう。


 実際のところ、今回の一件も彼の薬が無ければ完全に「詰み」の状況だった。

 今この時間も、本当なら長く歩いて休みたい筈なのに、それでも懸命に薬を作ってくれているのだ。


(――ま、言われてた薬を用意してなかったアイツの責任でもあるんだが……どのみち俺には解決できない問題だ。頼むぞ貞明ていめい、1000階旅館の平和はお前の腕にかかってるんだからな)



 ■



 ~ 3時間後 ~


 静かな寝息スースー

 小上がりの畳スペースで気持ちよさそうに寝ていた琥珀こはく――その尻尾をモフモフと撫でていた杞憂きゆうの背後で。


 勢いよく開く扉バンッ。


「出来たよ皆!! 白蛇様のお酒を抜く薬――名付けて“サケヌケール”が!!」


 奥の扉が音を立てて開き、貞明ていめいが久方ぶりに姿を現した。

 自信満々に高く掲げたその右手には「ガラスの小瓶」が持たれており、中には不思議と金色に発光する液体が入っている。


「おー、遂に出来たか。どこぞの製薬会社が出しそうな名前なのは気になるが……まぁそれはいい。とりあえずお疲れさん」


「労う気持ちがあるなら、僕にも琥珀こはくっちの尻尾モフらせてよ」


「駄目だ、貞明ていめいには触らせない」


 先の物音で起きたか。

 拒絶したのは杞憂きゆうではなく琥珀こはく本人だった。


「あのチョコ菓子1つでボクを懐柔出来ると思うな。お前に触らせるつもりは無い――けど、どうしてもって言うなら、あと100個チョコ菓子を持ってくれば触らせてやってもいいぞ」


「えぇ~、チョコパイ100個はハードル高いなぁ。業者じゃないんだから。でも、今ので“言質げんち”が取れたよね? チョコパイ100個用意したら、今度こそ本当に触らせてね」


「お、おう……でも100個だからな? 1個でも足らなかったら駄目だぞ?」


「勿論、この漢:貞明ていめいに二言は無いよ」

 キラリと、色眼鏡の奥を光らせ。

「それじゃあ茶番はこの辺で。早速行こうか、チョコパイを買いに現世へ!!」


「いや、1000階旅館に行けよ……」と呆れる杞憂きゆうの頭上で。

「この男、やっぱり駄目ね」櫻子さくらこは溜息を吐いた。


 ――――――――――――――――

*あとがき

次話【3章:白蛇様の泥酔事件編】の最終話です。

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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