20話:お礼のあいさつと事件の予感

 ~ 森の外れにある『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』にて ~


「あ、待ってたよ旦那――って、誰かと思えば杞憂きゆうっちじゃん」


 朝霧あさぎり杞憂きゆうが扉を開けると、木の温もりに包まれたカウンター越しに軽薄そうな声が届いた。

 声の主は桃色の髪を持つ若者、薬屋:貞明ていめい

 昨日と同じラフなパーカー姿の彼が言う通り、杞憂きゆうは二日連続で森の外れにある巨木の家を――薬屋を訪れた次第となる。


「何々、どうしたの。僕の顔が見たくなったとか?」


「いや、別にそんなことは無いが」


「あらま、あっさり否定されちゃった」


 貞明ていめいがガックリと肩を落とすも、大して悲しんでもいないのだろう。

 すぐに顔を上げ、「それで?」と杞憂きゆうに続きを促す。


「実際は何しに来たの? その“手に持ってる籠”と関係が?」


「あぁ、今日は礼を言いに来たんだ。昨日貰ったレシピ本のおかげで、琥珀こはく君も満足してくれた。それでその、お礼と言ったら何だが……」


 言いつつ、ここまで30分かけて持って来た“果物籠”をカウンターに載せ、被せていたペーパータオルを取る。

 その下に隠されていた甘い香りとキツネ色の焼き目に、貞明ていめいが「お?」と小さな声で驚いた。


「メロンパンだ。もしかして僕にくれるの?」


「貰ってばかりじゃ悪いからな。昨日作ったやつだけど、よければ食べてくれ」


「あらら、そんなの気にしなくてもいいのに。僕は必要無くなったモノを必要な人に渡しただけだし」


「それでも、俺が貰ったことに変わりはないからな。貰いっぱなしってのは流石に気が引ける」


「そう? でもじゃあ、せっかくだし頂いちゃおっかな」


 貞明ていめいが手を伸ばしたそのメロンパンは、昨日、皆(琥珀こはくと雫達)に振舞った後、まだ残っていた材料で作った代物。

 一晩経って焼き立ての風味は薄れてしまったものの、それでも味や触感は市販品にも劣っておらず、一口齧った彼は「お~」と唸る。


「何コレ、普通に美味しいじゃん。甘くてサクサクのクッキー生地と、ふわふわもちもちのパン生地がサイコーだよ。もしかして杞憂きゆうっち、料理の天才?」


「まさか、レシピ通りに作っただけさ。と言っても、草の雫が出してくれた“ふわふわ粉”の効果は大きいだろうけどな」


「あー、イーストがどうのこうのって言ってたっけ。本当、雫達は優秀だよねぇ」


「優秀……とかいう範疇を超えてる気もするけどな。あの見た目で、やってることはえげつないし」


 1000階旅館の電気を一匹で賄ったり、あらゆる作物を育てたり、水も出せるし炎も出せる。

 最早「何でもあり」に思えるその力を、貞明ていめいは「当然」だと言い放つ。


「そりゃそうだよ。自然の力を司る精霊は、言ってしまえば自然そのもの。“意思を持った自然”だと捉えることも出来るからね。普段はあんな感じだけど、本気で怒らせると『あやかし』よりもよっぽど厄介らしいよ」


「……本当か? 雫達が本気で怒ったらどうなるんだ?」


「う~ん、僕も実際に見た訳じゃないから、聞いた話になるんだけどね。以前、火の雫が怒って、この辺りの森を焦土に変えた事件があったらしい」


「えっ、森を焼き尽くしたってことか?」


「うん。その時は水の雫が消化して、草の雫が森を再生したんだって。まぁあくまでも聞いた話だから、どこまで本当かはわからないけどね。何にせよ雫達は怒らせない方がいいよ」


「……だな。肝に銘じておく」


 思いがけぬタレコミ(?)に杞憂きゆうの肝も冷える。

 小さくて可愛らしい見た目をしていても、その内に大いなる自然の力を秘めている事実を忘れてはならないらしい。

 今後は慎重に接しようと心に誓ったところで、貞明ていめいが「そう言えば」と口を開く。


杞憂きゆうっちさ、白蛇の旦那は旅館に居る?」


「白蛇様? いや、今日はまだ見てないけど……どうかしたのか?」


「うん。白蛇の旦那、今日は朝からウチに来る予定だったんだ。それで僕も待ってたんだけど……」


「そうなのか。あー、それで言うと、そもそも昨日の夜は帰って来なかったな。確か名のある『あやかし』と、酒盛りに行くとか何とか……そんなこと言って出掛けたままかも知れない」


「………………」


 ――無言。

 無視ではなく、言葉を失った無言だ。

 照明の明るさは変わっていないのに何処か表情も暗く、想定外な反応を見せた貞明ていめい杞憂きゆうが怪訝な顔を向ける。


「どうした、急に黙って。何か気になることでもあるのか?」


「いや……ちょっとだけ嫌な予感がしてね。白蛇の旦那、あまり飲み過ぎてないといいけど」


「大丈夫だろ。子供じゃないんだし」と言い終わるな否や。



 扉開バタンッ!!



 『薬屋:蓬莱亭ほうらいてい』の扉が勢いよく開いた。

 一体何事かと、そんなことを思う間もなく、駆け込むように入って来たのは、狐の耳と尻尾を持つ美少年。


 結果、先程まで何故か暗かった貞明ていめいの顔が一気に明るくなる。


「あ、琥珀こはくっちだ。久しぶりに尻尾をモフモフ――」



「緊急事態だ!! 白蛇様が、“酔っ払って”帰って来た!!」



 ――――――――

◆あとがき

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)」も是非。

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