19話:時を止めるメロンパン

 ~ 厨房キッチン ~


 朝霧あさぎり杞憂きゆうの掌にちょこんと乗った草の雫。

 その小さな生命体が「ん~~」と唸りながらフルフルと首を振ると、頭の葉っぱからクリーム色をした大きめの粉が出て来た。

 下のボウルに溜まったその粉は、葉っぱから出て来たのも相まって何だか花粉の様にも見えるが、質感的には固まり過ぎてボロボロに崩れた豆腐に近い。


「コレがふっくら粉……ドライイーストのことかと思ったけど、あんまりドライって感じはしないね」


「キューが欲しかったのと違うぞす?」


「ん~、どうだろう。もしかしたらコレ、ドライイーストじゃなくて“生イースト”ってやつなのかも? 乾いてないイーストがあるらしんだけど、俺も詳しくは知らなくて……でも、この粉を混ぜればふっくらするんだよね?」


「そうぞす。これを食べ物に混ぜて時間をおけば、何でもふっくらする自慢の“ふっくら粉”ぞす」


「だとすれば、多分コレでイケると思う」


 レシピ本にはドライイーストの分量が載せられているが、注意書きで「生イーストの場合は分量を増やしましょう」と書かれている。

 具体的な分量が明記されていないのはレシピ本としてどうかと思うが、この本が無ければ相当な「無理ゲー」だったので贅沢は言うまい。


(ようやく材料が揃った。今度こそメロンパン作りを成功させよう)


 琥珀こはくとの約束を果たす為――皆の協力を無下にしない為。

 レシピ本に書かれた手順に沿って、杞憂きゆうは改めてメロンパン作りを開始した。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 数時間後 ~


 年季を感じる四角い窓。

 そこから見えていた蒼い空に、淡いオレンジ色の夕焼けが広がり始めた頃。


 厨房キッチンに広がったのは淡い空の色ではなく、焼きたてメロンパンの香ばしい香り。

 オーブンから取り出されたメロンパンは表面がこんがりとキツネ色に焼け、砂糖の焦げた甘い香りが厨房キッチン中に広がってゆく。


「よし、良い感じに焼き上がった……ッ」


 まだ食べてもいないのに達成感を覚えた杞憂きゆうだが、食べなくてもわかる。

 コレは絶対に美味いやつだと。


「出来たぞす(火)」

「良い匂いぞす(水)」

「ふっくらしたぞす(草)」

「美味しそうぞす~(雷)」


 焼いている間に仕事から戻って来た雫達4匹が勢揃いし、トレーに乗った4つの出来たてメロンパンを囲む。

 中でも火の雫は焼き立ての熱さをものともせず、杞憂きゆうなら絶対に火傷する熱々のトレーに乗ってメロンパンをツンツンと突いている。


「コレ、ぼく達も食べていいぞす?(火)」


「勿論。メロンパンが完成したのは雫達のおかげだからね。火傷に気を付けて皆で食べて」


 言って、自分が火傷しそうになりながらもメロンパンを1つ取り、皿に載せる。

 それに「わ~」と4匹が集まる光景に微笑みつつも、杞憂きゆうの視線は厨房キッチンの入口へ。


「それじゃあ俺は琥珀こはく君を呼んでくるから――」


「呼んだか?」


「わッ!?」


 いきなり背中に飛びつかれ、吃驚した杞憂きゆうの肩から琥珀こはくが顔を覗かせる。

 「出来たら呼べ」と言っていたので今から呼びに行くつもりだったが、どうやら近くで待っていたらしい。

 結果的に呼びに行く手間が省けたが、まぁそんな些細なことはさて置き。


 出来たの香ばしい香りを放つメロンパンを見て、琥珀こはくの瞳が爛々と輝きを増す。


「おぉ、見た目は完全にふわふわのやつだ」


「うん、今度こそ上手く出来たと思うよ。レシピ本通りに作れたし、雫達も手伝ってくれたからね」


「「「エッヘンぞす!!」」」


 小さな手足で胸を張る小さな精霊4人(匹)組。

 そんな彼等に「よくやったぞ」と琥珀こはくが偉そうに褒めて、それから「スンスン」とメロンパンに鼻を近づける。


「……前食ったやつより匂いが強いな。もう食っていいのか?」


「出来立ての方が美味しいと思うし、冷めない内にどうぞ」


「よし、それじゃあ……」



 大きな一口ガブリッ!!

 躊躇いなく口一杯に頬張った瞬間――時が止まった。



「………………」


「あれ、琥珀こはく君?」


 時が止まったのは琥珀こはくだけ。

 杞憂きゆうの中に不安が生まれ、メロンパンの欠片を手にしていた雫達は「コハクー?」と覗き込んでいる。


 もしかして美味しくなかったのか?

 時間に比例して不安が広がった杞憂きゆうが、自分で一口食べてみると……


(あ、普通に美味しい)


 少しだけ柔らか過ぎる気もするが、そこは個人の好みの問題。

 お店で買って来たと言われても疑問は抱かないレベルの出来で、それを証明する様に、止まっていた琥珀こはくの美しい瞳が「ハッ」と大きく見開かれる。


「う、美味過ぎて吃驚した……」


 そんな嬉しい一言の後、無言でむしゃむしゃと完食。

 すぐさま2つ目のメロンパンに手を伸ばし、再び大きく頬張ってから琥珀こはくがチラリと視線を寄越す。


杞憂きゆう、やれば出来るじゃないか。少しだけ見直したぞ」


「それはどうも。だけどそろそろ、“見直す”レベルから脱してくれると嬉しいんだけど……」


「新入りが調子に乗るな」


 急に「キッ」と睨むも、メロンパンを頬張る顔では怖くもない。

 それは自分でもわかっているのか、琥珀こはくが「ふんッ」と鼻を鳴らして視線を外す。


「――まぁ、お前の頑張りは認めてやる。今後もその調子で精進しろ」


「うん、なるべく期待に沿えるように頑張るよ」


「おう。精々頑張って美味いモノを沢山作れ」


 変わらず偉そうな態度で、琥珀こはくが2つ目も完食。

 そのまま、杞憂きゆうが一口食べたメロンパンも強奪し、あっという間にほぼ3つを完食。

 更には雫達が食べようとしていたメロンパンに手を伸ばすも、流石にそれはやり過ぎだと思い直したのだろう。

 

 途中で腕を引っ込め、誤魔化す様に「う~ん」と背伸びをしたのだった。 


 ――――――――

*あとがき

次話、【2章:メロンパン編】の最終話となります。

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