7話:宝物は缶の中に

 4日前の大雨により、未だ濁りの残る川辺にて。

 流された宝物は「絵本」だと、そう告げた後にカピバラの『あやかし』カピの助は言葉を続けた。


「以前、この写し世うつしよを訪れた人間がいまして。その方が写し世うつしよを去る時、私にくれた思い出の絵本なのです。時おり見返しては、あの頃の記憶に想いを馳せていたのですが……」


「カピの助は、この辺の『あやかし』の中で一番の人間好きだからな」


「いえいえ、それほどでは」


 狐の美少年:琥珀こはくの補足に、何故か頬を朱に染めるカピの助。

 “人間好き”を誉め言葉か何かと勘違いしているのかもしれないが、まぁ照れる理由はともかくとして。

 カピの助が探して欲しいと依頼した宝物が「絵本」だというのは、杞憂きゆうとしても想定外。


「流されたのが絵本となると、水に濡れてボロボロになってる可能性が高いぞ。何かで保護したりしてたのか?」


「一応、四角い缶に入れて保管していたので、蓋が閉まっていれば中身も無事だと思うのですが……」


「なるほど。ちなみに流された絵本のタイトルは?」


「無いですね」


「は? タイトルが無い?」


 そんな馬鹿なと杞憂きゆうが見返すも、カピの助は至って真面目な顔。


「その絵本は、先の人間が私の為に描いてくれた絵本なのです。表紙にタイトルは書かれておらず、中身を読んで自分で好きに決めろと、そう言われたまま写し世うつしよを去っていきました」


「はぁ~、随分と変わり者な人間が居たんだな」


「はい。いつも飄々としていて掴みどころのない人でしたよ。だけど人間だろうと『あやかし』だろうと、常に分け隔てなく接してくれるとても素敵な人でした。描いてくれた絵本も素敵なお話で、読み返す度にどんなタイトルにしようかと、ワクワクしながら過ごす時間が好きだったのですが……」


 しかし、それが大雨で流されてしまった。

 そこに善も悪も無い自然の行いだとは言え、大切にしていたモノをカピの助は失ったのだ。

 人間だろうと『あやかし』だろうと、大切なモノを失うのは辛い。

 夢を失い、絶望的な日々を送っていた杞憂きゆうにはそれが嫌という程わかる。


 だからこそ、宝物を失くしたというカピの助の依頼を受けた。

 意識せずとも無意識下で、自分と同じ想いをして欲しくなくて。


「――よし、それじゃあ始めるか」


 靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、杞憂きゆうは濁った川に足を踏み入れる。

 現世では紅葉が見頃を迎え、川に入るには随分と肌寒い季節だったが、この写し世うつしよは春の終わりか初夏の気温。

 水の冷たさは感じるものの、腰まで浸からなければ問題無い。


「ここから下流に向かって3人で探していこう。俺が浅瀬を探すから、カピの助は中央の少し深い場所を。琥珀こはくは川岸を頼む」


「了解です」とカピの助は短い腕でビシッと敬礼。


「ボクが見つけたら、ふわふわのやつ沢山な」と琥珀こはくは対価を要求し、3人による絵本探しが始まった。



 ――――――――――――――――



 ~ 半日後 ~


「おい、見つけたぞ」


 第一発見者は琥珀こはく

 彼の指差す先に、岩の間に引っ掛かっている20~30センチ程の缶が見える。

 お中元やお歳暮など貰うお菓子の詰まった銀色の缶で、杞憂きゆうは水中に潜っていたカピの助を両手で持ち上げ、琥珀こはくの元に駆け寄った。


 ――3人が探す川は周り山に囲まれている為、暗くなるのは平野部よりも早い。

 既に周囲は薄暗く、準備不足と言えばそれまでだが、懐中電灯などの明かりとなるモノは何も持って来ていない。

 スマホのライトでも多少は照らせるだろうが、写し世うつしよで使う機会は無いだろうと、着替えた部屋に置いて来てしまった。


 もうそろそろ引き上げようかと、そう相談していたタイミングでの発見だった。


「多分コレだ。違うか?」


「えぇ、間違いありません。私の缶です。蓋も閉まったままですね」


 少し興奮気味に喋るカピの助を地面に降ろすと、彼は急ぎ早にトタトタ歩き、岩に引っ掛かっている缶を「よいしょ」と持ち上げる。

 それを優しく河原に置き、小さな手で器用に蓋を開け――落胆。


 缶の中に絵本は入っていたものの、それは泥水に浸かっていた。


「あぁ、やっぱり駄目でしたか……」


 防水でも何でもないただの缶だ。

 蓋があったとはいえ、ここまで流される間に隙間から浸水したのだろう。

 取り出した絵本は水を吸ってブヨブヨになり、薄暗がりの中で判別し辛いが、泥水のせいで茶色に変色している。


「これは流石に、読めそうにも無いな……」


 泥水で完全にくっ付いたページを、それでも杞憂きゆうがいくつか捲ってみるも、インクは完全に滲んで最早まともに読むことが出来ない。

 何かの絵や文字が描かれていただろうことはわかるけれど、それだけだ。


「カピの助、元気出せ。ふわふわのやつ、今度ちょっとだけわけてやるから。でもちょっとだけだぞ?」


 励まし、なのだろう。

 琥珀こはくがカピの助の肩に手を置くと、カピの助は弱弱しい笑みを浮かべる。


「正直、私も心の何処かでこうなるだろうなと覚悟していたので……見つかっただけでも十分です。これで諦めも尽きますからね」

 泥水を捨てた缶に絵本を戻し、カピの助はペコリとお辞儀する。

「この度はお手伝い頂き、本当にありがとうございました」


 ――かくして、捜索を開始した上流まで3人は無言のまま歩き。

 靴下と靴を履き、河原でカピの助と別れた後、杞憂きゆうは暗がりの森を抜けて1000階旅館に戻った。



 ■



「お帰り二人共。随分と遅かったみたいだけど、初仕事はどうだった?」


 1000階旅館のロビーにて。

 ソファーに座った白蛇様に声をかけられ、杞憂きゆうは静かに脚を止める。


 ここから見える中庭は変わらずシトシトと雨が降り続けているものの、昼間に上から降り注いでいた眩い光が、今は月明かりの様な柔らかさに変わっていた。

 決して派手ではないものの下からのライトアップもされており、今ならSNSで映えそうな写真が撮れるだろうが、元よりそんな趣味は無いし、そもそもそんな気にもなれない。


「一応、カピの助の宝物は見つけることが出来た。でも、流されたのが絵本だったから、泥水に浸かってボロボロになってた」


「そう、それは残念だったね」


「見つけたのはボクだけどな」と後ろから手柄を主張する琥珀こはく

 彼は杞憂きゆうの横を通り、白蛇様の隣に座ってズイッと頭を傾ける。


 それを自然と撫でる白蛇様の柔和な笑みを眺めつつ、杞憂きゆうは思う。


(流石に、そこまで都合よく物事は進まないか……。まぁでも、俺に出来ることはやったし)


 陽が落ちて来ると川の水も冷たさを増すが、そんな中でも仕事として探すべきものは見つけた。

 最終的に見つけたのは琥珀こはくだけど、それで駄目だとなる訳でもないし、結果に関しても杞憂きゆうがどうこう出来る話でもない。

 己の仕事は完遂したと言っても過言ではないだろう。


杞憂きゆう、それに琥珀こはく、遅くまでご苦労様」

 報告を受けた白蛇様がソファーからスッと立ち上がる。

「お腹も減ってるだろうけど、冷えたままでは身体に悪い。温泉にでも浸かって、ゆっくり身体を温めるといい」

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