🦊【1000階旅館の不思議な日常】 ~ 人生に絶望した青年が『あやかし』から引き継いだ辺境の旅館で、狐の美少年と一緒に暮らしながら来訪者を「おもてなし」する物語 ~

ぞいや@4作品(■🦊🍓🌏挿絵あり)執筆中

【序章】:出逢い編(全4話完結済み)

1話:絶望したら白蛇と遭った

※まえがき

最初だけホラーっぽい始まりですが、怖い要素は皆無と思って頂いて大丈夫です。


以下、本編です。

―――――――



(はぁ~、俺は何の為に生きてるんだろう……? 死にたい……まぁ本当に死ぬのは嫌だけど)


 残暑が秋風に吹かれ、冬の足音が近づいて来たこの日、青年は絶望していた。

 まぁ「この日」というか今日もまた、バイトに向かう電車の座席で青年はいつもの様に絶望していた。


 “漫画家になる”――そんな夢が潰えて早2年。

 自分の才能に限界を感じ、PCからイラストソフトをアンインストールしたあの日から早2年。


 25歳を迎えてアラサーに突入した青年:朝霧あさぎり杞憂きゆうは、大半の人間が何となく考えてしまう「人生の意味」、その深みに現在進行形ではまっている。

 考えたところで明確な答えなど出る筈も無く、考えている自分に酔うだけの虚無の時間を過ごし、そして最後には溜息を吐く、その繰り返し。

 何のいろどりも無い毎日を繰り返す日々の中で、杞憂きゆうは軽く精神を病んでいた。


 世の中にいる大半の人間が、自分と似たような人生を歩む。

 程度の差はあれど、大抵の人間が「最も望む夢」を叶えられずに一生を終える。

 自分だけが不幸な人間なのではない。


 それを分かった上で尚、彼は人生に絶望している。


「はぁ~、生きてても意味無い。もう死にたい……」


 半ば口癖になったこの言葉は、誰に向けた訳でもない独り言。

 乗客もまばらな電車の中では、走行音に紛れて誰の耳にも届かない――その筈だった。



『キミ、死ぬの? 死ぬくらいならウチに来ない?』



「……え?」


 誰かに聞かれているとは思わなかった。

 杞憂きゆうは反射的に顔を上げ――絶句。


 彼の前に、巨大な『白蛇の顔』が佇んでいたのだ。


(ヤバいッ、ヤバいヤバいヤバいッ……久々に見た。“見てはいけないモノ”を……ッ!!)


 巨大な白蛇。

 その顔だけでも杞憂の身体くらいの大きさがあり、太くて長い胴体は車両の中ぎゅうぎゅうに詰まっている。

 この日本に、というか地球上で、現実にここまで大きな白蛇は存在しない。


 となると。

 この白蛇の正体は、必然的に“この世ならざるモノ:『あやかし』”。


 見ることが出来ない大半の人間にとっては空想上の産物であり、逆の人間にとっては非常に厄介な存在。

 そして朝霧あさぎり杞憂きゆうという青年は、逆の――いわゆる「見える側」の人間だった。


『やっぱりだ。キミ、見える人でしょ?』


 その確信に至る“何か”が、杞憂きゆうという人間にはあったのだろう

 赤くて長い舌をチロチロと伸ばし、白蛇が人語を使って語り掛けて来る。

 対する彼は顔を硬直させたまま、ただ白蛇が過ぎ去るのを待つことしか出来ない。


(このサイズは無理だって……デカい『あやかし』はマジでヤバい。関わると絶対不幸になる)


『ねぇねぇ、見えてるんでしょ? 絶対見えてるよね?』


「………………(返事をしたら駄目だ。言葉を交わすと、この白蛇と“繋がり”が出来てしまう)」


 他の乗客は白蛇に気付いておらず、また、白蛇の身体そのものも他の乗客をすり抜けている。

 白蛇が「あやかし」に違いない証拠だが、だからと言って杞憂きゆうに出来ることもない。


『ねぇねぇ、返事してよ。本当は見えてるんでしょ?』


「………………(絶対に返事をしたら駄目だ。一度でも繋がりが出来ると、中々それを切ることは出来ない)」


『ねぇねぇ、返事を……あっ、そうか。この姿だから怖いのか』


 何かを一人で納得した白蛇。

 チロチロと出し入れしていた長い舌を、少し平たい口の中にしまった後に――“煙”。

 急に煙を吐き出し、杞憂きゆうの視界を真っ白に染めたかと思えば、その煙は幻の如くすぐに晴れる。


「……ッ!?」


 朝霧あさぎり杞憂きゆう、本日二度目の戸惑い。

 真っ白い煙が晴れた時、彼の前に居たのは「巨大な白蛇」ではなく、白髪で和装の「中年男性」。

 それも世間一般では「イケオジ」と言われそうな、清潔感と野性味の両方を兼ね備えた40代中盤くらいの男性だった。


「ふぅ~、この姿も随分と久々だ。これならそんなに怖くないと思うけど……どう? まだ怖い? それとも白蛇の方がよかった?」


「え、いや、その……」


「ほら、やっぱり見えていた。ようやく“明確な返事”を貰えたよ」


「あッ!!」


 不覚。

 とっさに口を閉じる杞憂きゆうだったが、今更な感じは否めない。

 周囲の乗客は、急に声を上げた彼に「何事か」と視線を寄越すも、「中年男性」が見えていないのかすぐに顔を逸らす。

 どうせ「変な人」とか、「スマホゲームで何かミスした」とか、その程度の事としか捉えていないのだろう。


 頼れる人間は居ない。

 杞憂きゆうは改めて「………………」と沈黙するも、既に起きた事象は変えられない。


「今更黙っても駄目だよ。キミが“見える”側の人間だと判明した以上、私も見逃す訳にはいかないからね」


「……お、俺を喰っても美味くないぞ?」


「ハハハッ、人間なんか食べないよ。キミには頼み事があって声を掛けたんだ」


「頼み事? 『あやかし』が、俺に……?」


 怪しまれないように小声で。

 他の乗客を気にしつつ杞憂きゆうが言葉を返すと、中年男性は「コクリ」と頷く。


「見える人じゃないと意思疎通に困るからね。それでさ、急な話で悪いけど――今日からキミには“私の旅館を継いでもらう”」


「……は?」

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