2話:イケオジは勝手に話を進める

 朝霧あさぎり杞憂きゆうは戸惑った。

 電車の中でイケオジ(あやかし)に話しかけられたと思ったら、何故か「旅館を継いでもらう」と言われた為だ。

 呆気に取られた顔を杞憂きゆうが返すと、イケオジはガシッと彼の肩を掴む。


「いや~、本当に丁度良かった。キミみたいな“見える系”で、いい具合に現世から離れやすい人を探してたんだよ。それじゃあちょっと“乗り換える”としようか」


「は? 乗り換えるって何を?」



 一拍パンッ



 イケオジが一回手を叩く――すると、彼を中心に“風景が塗り替わる”。

 白シャツに溢した墨汁が周囲を黒く染める様に、「電車」の景色が「列車」へと変化したのだ。


「……え?(何が起きた? 急に内装が変わったんだが……?)」


 杞憂きゆうが乗っていたのは、東京を東西に貫く「中央線」の電車。

 普通の利用者からすれば、特にコレといった特徴も無い現代的な普通の車両だったが、それが今や全くの別物。


 端的に言えば「和風の豪華観光列車」とでも言うべき内装で、「和」を基本としつつもテーブルやソファー席など「和洋折衷」の様相に仕上がっている。

 先程までポツポツとまばらにいた乗客の姿は消えており、今この空間に居るのは2人だけ。

 その一人である杞憂きゆうはソファー席に座り、目の前にいた筈のイケオジは彼の「隣」に座っていた。


(うおッ、このおっさんいつの間に……それにしてもデカいな)


 ゴクリと、杞憂きゆうが堪らず喉を鳴らす。

 彼自身も「日本人」としては割と長身な方だが、それでも2メートル近いイケオジが隣に座ると流石に「圧」を感じる。

 相手が『あやかし』である以上、あまり深く関わりたくは無かったが、既に「返事」をしてしまった今となっては無視する訳にもいかない。


「おっさん……アンタ一体何をしたんだ?」


「何って、さっき“乗り換える”って言ったじゃないか。それから、おっさん呼びは勘弁して欲しいね。私には『白蛇ハクジャ球磨クマ七曲ナナマガリカミ』という立派な名前があるのだから」


「はくじゃく、まがり……何だって?」


「『白蛇ハクジャ球磨クマ七曲ナナマガリカミ』。呼びにくいなら『白蛇様しろへびさま』でいいよ。私を知る者は大体そう呼んでいるからね」


 笑顔ニコリ

 目尻に皺を刻んで微笑む、イケオジ改め:白蛇様しろへびさま

 同性の杞憂きゆうが見ても「カッコいい」や「ダンディ」といった印象を覚えるその顔に、杞憂きゆうは何処か安堵しつつもブルルッと顔を振るう。


(気を抜いたら駄目だ。相手は『あやかし』……何を企んでるかわかったものじゃない)


 ゆっくりと流れる窓の外には、無数の紫陽花あじさいが壁の如く咲き誇っている。

 中央線から見える景色としては明らかに異常で、この異質な空間の中、白蛇様が何か良からぬことを企んでいる可能性は十二分にあるだろう。 

 改めて気を引き締めつつ、杞憂きゆうは恐る恐ると口を開く。


白蛇様しろへびさまって言ったか。この電車……列車は何だ? 何処に向かってる」


「それは勿論、私の旅館さ。まぁ正確に言えば旅館の最寄り駅だけどね。ちなみにこの列車は現世と写し世うつしよを行き来する為の乗り物で、九州にある豪華な列車を模倣してみたんだ。中々上手く出来てるだろう?」


「れ、列車の出来栄えはともかく、どうして俺をアンタの旅館に? さっき継いでもらうとか何とか聞こえた気がするけど……」


「そう、今ちょうど人手が足りなくてね。私もアレコレ忙しいし、旅館をやってくれる人を探してたんだ。いや~、ちょうどキミみたいな人が居て助かったよ」


「いやいやいや、『あやかし』が経営する旅館とか継ぎたくないし。帰してくれよ」


「今更そう言われてもねぇ。もう“着いちゃった”」


「え?」


 ゆっくりと速度を落とし、杞憂きゆう達を乗せた豪華列車が停止。

 窓の外には変わらず紫陽花の壁が咲き誇っているが、杞憂きゆうの背後は別。

 振り返ると、窓の外に「駅のホーム」が見える。


 『おかどめ幸福駅』。

 立て看板に書かれたそれが、十中八九この駅の名前に間違いない。


「さぁ降りようか。帰るかどうかの答えを出すのは、一度旅館でゆっくりした後でもいいじゃない。ねぇ――朝霧あさぎり杞憂きゆうくん?」


「ッ!! どうして、俺の名前を……?」


「キミのマイナンバーカードに書いてあったよ」


「あっ、俺のカード!! ってか財布!!」


 慌てて2つを取り返す杞憂きゆう

 どうやら彼の視線が窓の外に向けられている間に、白蛇様が勝手に鞄を開けて拝借したらしい。


(くそッ、マイナンバーカードを知ってるのかよ。名前まで知られたのは想定外だ。これで益々“繋がり”が強まったじゃないか……ッ)


 相手はただイケオジではなく『あやかし』。

 名前を使ってアレコレ悪さをする奴も居る中で、偽名でもペンネームでもない「本名」を知られたのはかなりよろしくない。

 キッと、杞憂きゆうが白蛇様を睨むも、睨んだところで怯む相手ではなかった。


「あはは、そう睨まないでよ。別に“悪さ”に使おうって訳でもないし、私だって先に名前を教えたじゃないか」


「こっちが聞いても無いのに、そっちが勝手に明かしただけだろ」


「そう、こっちが勝手にあかしただけさ。『あやかし』だけにね」


「………………」


「あれ、面白くなかった? 今の笑うところなんだけど」


「………………」


「……オ、オホンッ」

 何かを誤魔化すように咳ばらいを入れ、白蛇様が杞憂きゆうの腕を掴んで立たせる。

「ほら、いい加減外に出るよ。外に一人待たせてるし」


「え、他にもいるのか?」


 どうやらこの世界(白蛇様曰く「写し世うつしよ」)に居るのは、彼1人ではないらしい。

 力での抵抗は無駄だと判断し、杞憂きゆうは渋々と一緒に列車を降りる。


 そして狭いホームを歩き、無人の改札を出た先に「少年」がいた。

 子供ながらクッキリとした目鼻立ちで、腰まで届く長い金髪を後ろで結んでいる。

 上半身の右半分がはだけた甚平姿で無ければ「美少女」と間違えていただろうが、そんなことは些細な話でしかない。


(人間……じゃないな)


 杞憂きゆうの視線は、少年の頭にある「獣の耳」と、お尻から伸びる「尻尾」に釘付けだった。

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